第10話

 それから僕は、道井杏や武明、旭とも積極的に話す様になった……と思う。


 だが、所詮はコミュ症。いきなり武明の様に【杏ちゃん】などと呼べるはずも無く、自分から挨拶するくらいが精一杯だった。


「おはよう……」

「おはよ」


 優しい声で返事をする道井杏。

 何も変わらない、普段通りに日常が始まっただけだ。


「成峻くん昨日すぐに帰っていたけど、何処かに行ってたの?」

「うん、武明に誘われてね」

「そうなんだ」


 嘘は言って無い。だけど、油断すると後ろめたい気持ちが顔に出そうになる。そんな中、タイミングを図ったかの様に武明が話しかけてきた。


「お? 美女と野獣コンビは今日も仲がいいな!」

「ちょっと、誰が野獣なんだよ!」

「そうよ、成峻くんが美女なのは置いといて、せめて私は猫くらいで抑えて欲しいわ?」


 思わず武明と目を合わす。


「なに?」

「いやぁ、杏ちゃんも冗談言うんだなと思って」

「冗談? 私はいつも本気なのだけど……」


 武明のアイコンタクトに僕は彼が何を言いたいのかを察した。綾香さんとのやりとりを知らないはずの彼だけど、「考えすぎだろ?」と尋ねているのがわかった。


「美女は道井さんの方だよ」


 その瞬間、僕は武明の罠にかかったのだと気付く。彼女の反応で思わぬ展開になったものの、最初からこれが狙いだったのだ。


「あ、いや。変な意味はなくて」

「私が美女? 君はそう思っているの?」


 すると武明が「チャンスだ」と言わんばかりに軽くぶつかってくる。


「そりゃあ、まあ……」

「ふふっ、ありがと」

「お前ら何いい感じになってんだよ、羨ましい奴等だなぁ」

「それは武明がっ!」


 すると、盛り上がっているのを察したのか旭がひょこっと現れ武明の肩を叩いた。


「話している所悪いんだけど、今週日曜暇?」

「おう、別に予定はねぇよ?」

「最近人気の映画のチケット貰ったんだけど行かない?」

「それ今言うタイミングかよ?」

「もちろん、二人の分もあるよ?」


 そう言われ、僕はドキッとする。


「いいの?」

「うん、タダで貰った物だしね! でも恋愛映画だからペアじゃないと入りづらいんだよね」

「映画?」

「杏ちゃん、もしかして行った事ない!」

「うん。初めてだと思う」

「思うって、小さい頃はノーカン! それは行った事ないね!」


 思うと言った理由はもちろん分かっている。旭はまだ知らない事もあり、気にせず話を進められたのだろう。


「はい、チケット成峻に渡しとくから二人で予定合わせなよ!」

「おいおい、四人で……痛って。そう言う事かよ」


 どうやら二人は僕らをデートさせたいらしい。だが、武明も自動的にデートする事になり気が気ではないはずだ。


 チケットを見ると、【青と恋】と書かれている。旭は学校を舞台にした感動の恋愛ストーリーなのだと教えてくれた。


 武明たちが席に戻ると、道井杏の表情が憂鬱そうに見える。無理もない、絶世の美女が冴えないオタクの男と何が悲しくて恋愛ストーリーなど観に行かなくてはならないのか? それは容易に想像できる。


「道井さん、嫌だったら無理しなくていいよ?」


 デート出来なくなるのは残念だけど、僕の精一杯の優しさだ。


「嫌? そんな事ないよ、成峻くんこそ私で良かったの?」

「旭と行くわけには行かないでしょ!」

「そうだよね……」

「いや、旭と行きたいわけじゃないんだけど。それはそうと、何か気になる事でもあるの?」


 誤魔化す様に言うと少し違うのかも知れないが、彼女は僕の方をじっと見る。表情ではわからないのだけど照れてくれていたらいいなと思った。


「感動ものって見た事なくて」

「本当に? 家でも映画とか見ないの?」

「うん、テレビはあまり見ないかな」


 年頃の女の子は映画とか、ドラマとかが好きなイメージがあっただけに道井杏はやっぱり違うなと思う。ただ、彼女が感動したらどうなるのかというのは個人的に興味が湧いた。


「じゃあ、折角貰ったし行ってみる?」

「彼らはその気だし、いいよ!」


 自然な流れで約束してみたものの、つまりはダブルデートになる。二人で行くよりかは気が楽だけど意識せずにはいられなかった。


 ただ、武明達はそれでいいのだろうか。いや、同じようにダブルデートの方が旭が武明を誘いやすかったのだと気づく。つまり彼等は両思いなんじゃないかと思うとジタバタしたくなった。



 家に帰ると、僕は道井杏にメールを送る。

 内容は映画の事というより武明達の事だ。


『映画の日の事なのだけど、今大丈夫?』

『うん。今、【青と恋】について調べていたよ』

『それ、ネタバレにならない?』

『でも私は、ちゃんと感動出来る様にしておかないといけないから』


 不思議ちゃん発言がある度に、綾香さんの言葉が過ぎる。武明が言った味方というのは、彼女をあくまで不思議ちゃんだと思えばいいと気づく。


『感動って、湧き上がる物だと思うけどね』

『なら、宿題。今度は感動を教えて?』

『そうきたか。でも、もしかしたら身近にそれはあるかも知れないよ?』


 さらりと宿題を出されたものの、僕は武明達の恋バナに切り替えたいと思い促した。


『身近に?』


 彼女はやはり気づいていない。そういう所だけ察しが良くても困るのだけど。


『武明と旭だよ。あの二人、きっと両思いだと思うんだよね』

『好き同士って事? あんまりよくわからない』


 道井杏の返事は驚くほど早い。慣れているという事は普段から誰かとメールをしているのかと少し気になった。


『道井さんは好きな人いないの?』


 ふと、そうメールを送るとすぐ後に後悔した。なぜならその質問が僕に返ってくる事は容易に想像出来たからだ。


 だけど、道井杏は違った。


『パパ。次は成峻くんかな?』


 もしかして、彼女はファザコンなのか?

 さりげなく自分の事を上げてくれる嬉しさよりも道井杏の人間らしさが見えた事の方が嬉しかった。


『お父さんカッコいいんだ?』


 もちろん僕はヘタレた。話を変えながらも机の上に置いているお気に入りの銀色の髪のフィギュアの【アリス】を眺める。どことなく道井杏に似ている様な気がして僕は重症を通り越して瀕死状態かも知れない。


『うん。少し変わっているけど尊敬もしてるよ』


 普段なら絶対に素手では触れないフィギュアを指で突いていた。多分あの不思議な性格もフィギュアの雰囲気にリンクしてしまったのだろう。


 僕は【アリス】の写真を撮ると、彼女に送る一歩手前で思いとどまった。

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