第8話
彼が「どうしたい?」と尋ねた後、僕は「助けたい」と答えたのだと思う。いや、そんなに綺麗に纏まってはいない。そもそも助けるという表現が正しいのかもわからない。
ただ、何かはしたいと思っている。
このもやもやとした感情をを武明は理解したのか、放課後彼と待ち合わせる事になった。
「わりぃな、遅れて」
校門の側で待っていると、彼は小走りで現れる。
「それじゃあ、行きますか!」
「えっ、どこに?」
てっきりどこかファーストフード店などで話すのかと思っていると武明は意外な事を口にした。
「決まってんだろ? 『
「えーっ? 乗り込むの?」
「あれ? 俺の人脈を舐めてもらっちゃ困るな。学区は違えど隣町なんだから知り合いに聞こうと思ってな!」
武明が言うには、隣町の友達の友達がそこに通っているのだと言う。友達の友達ってほぼ他人じゃないかと思ったものの、彼はそんな事は全く気にしてはいない様子だった。
「彼女の事を聞いてどうするの?」
「まぁ、杏ちゃんはあんまり自分の事話したがらないからな。成峻にさえ詳しくは話してないんだろ?」
「まぁ、そうだけど」
「元の学校の奴なら原因とか、事情とか何か分かるんじゃないかと思ったわけよ」
「それだけ?」
「それ以上に何があるんだよ?」
正直、彼の行動に動揺した。
確かに原因は知っているかも知れない。だけど、僕は病気だったり、事故だったりと予想の範囲は超えられないと思っている。そのためだけに電車で30分以上もかかる場所に行き、ほぼ他人の知っているかもわからない女の子に話を聞きに行くというのが、非効率に感じていた。
駅に着き、電車に乗る。迷う事無く乗り場や出口に向かう武明は慣れているのだと思う。目的の駅に着いた頃には少し空が赤く染まっていた。
「ここで待ち合わせの筈なんだよな」
「相手の顔とかは?」
「ん? 知らね、というか聖ルイスの制服すらわからないんだよなぁ……」
「それ、大丈夫なの?」
「まぁ、なんとかなるだろ!」
武明の勢いにぐったりしていると、反対側に明らかに私立の制服と言った清楚な女の子がいる。ふと彼女ではないだろうかと思いスマートホンをいじっている武明をつつく。
「ん?」
「あの子じゃない?」
「あぁ、着いてるみたいだしな。ちょっと声かけてみるか」
連絡し合っているなら確認出来る筈なのに、彼は躊躇なく話しかけに向かう。僕もひっそりと武明の後ろに着いていく事にした。
「ねぇ、もしかして
「ちょっとラフすぎるって!」
すると彼女は少し驚いた顔をする。綺麗にアレンジされた髪と少し長いスカート。いまにも「ごきげんよう」と言いそうな雰囲気に対して武明はほぼナンパしているみたいな物だ。
「君が武明くん? うわぁ……噂どおりのイケメン、結構モテるでしょ?」
「どんな噂だよ。という事は正解でOK?」
流石にお嬢様学校だから所作は綺麗だけと、見た目の雰囲気からは想像もできないフレンドリーな返答。対して武明は何の違和感も無く話しかけている、友達の友達というだけあって彼女も学校ではリア充なのだろうか?
「彼は?」
「ああ、俺の友達の成峻」
「あ、よろしくお願いします。思っていたより気軽な感じでホッとしました」
「やっぱり? うちはお嬢様学校のイメージが強いからね。でも、女子校だから思っているよりは騒がしいと思うよ? 男子と話す事も少ないからね」
そう言うと綾香さんは武明を見つめた。彼女には悪いが、武明には旭という最強の幼馴染がいるのだと心の中で呟く。
「そういえば武明くんは何か聞きたい事があると聞いたのだけど? 私のこと?」
「アイツ、どんな説明で紹介したんだよ……」
「彼女がずっといなくて、聖ルイスのかわいい子の事が聞きたいという話で」
「いや、全然違……わなくもないけど、多分その伝わり方は誤解してるわ」
確かに、旭が好きで彼女がいないのは事実だし、道井杏は聖ルイスのかわいい子という風にも取れる。だが、綾香さんの言い方だとお嬢様とお近づきになりたい様にしか聞こえない。
「綾香さん美人だからね、」
「成峻は話をややこしくする気か!」
「違うの?」
彼女はしょんぼりした表情になる。こんな美人な人とも付き合えそうな武明を少し羨ましく思う。
「綾香は美人だけど、今日は元聖ルイスに通っていた子について聞きたかったんだよ」
武明がそう言った途端に彼女の表情が曇った。
「道井杏……の事?」
「そう、なんだけど何かヤバい事聞いたか?」
綾香さんは美人だけど、人間離れした道井杏はそう言う問題じゃない。一瞬、武明が彼女の話を持ち出した事で嫉妬したのかと考えたが、彼女の表情は別の意味がある様にみえた。
「道井さんには関わらない方がいいよ」
「は? 何でだよ、学校で問題児だったとか?」
彼女は首を振る。
「問題は起こしてない。成績はトップでスポーツ万能の優等生だったよ」
「聖ルイスでもそうだったのか。アレが普通なのかとびっくりしてたから良かったよ」
しかし、彼女は自分の肩を抱き少し怯える様に震えている。
「優等生なんてものじゃない。彼女は異常よ、何もかも負ける事が無いなんてあり得ないから」
「よくわかんねーけど、天才だっただけだろ? そんな奴いくらでも居ると──」
「ちがうの! 道井さんは、人間じゃない。感情もない淡々と命令をこなしているだけのロボットよ」
すると武明は聞いたことが無い様な冷たい声で彼女に言った。
「なんか俺、すっげー悲しくなった。お前の事いい奴だと思ったんだけどな……」
「違う、聞いて!」
「いいよ。つまりは虐めてたんだろ?」
「虐めてたわけじゃない」
「友達の事。いや、友達とも思ってねぇか、そこまで言える奴見たことねぇよ」
武明の静かな怒りは、普段のギャップもあってか余計に怖かった。ただ、綾香さんの言った事は少なからず僕も感じていた事だ。
「ちょっと武明。聞いてみよう」
「何言ってんだよ。俺たちの友達を虐めていた奴の話なんか聞きたくねぇよ」
「ちょっと違和感を感じるんだ。もしかしたら誤解しているかも知れない」
「まぁ、成峻が言うなら。ただ、俺はもういいからあとはお前が話してくれ」
美人だった綾香さんが今にも泣きそうな顔になっている。近くのベンチに座りスマートフォンをいじり始めた武明を他所に深呼吸をしてから話しかけた。
「ごめん。道井さんは僕らの友達だから、武明は怒っちゃったんだ。誤解があるなら教えて欲しいのだけど?」
綾香さんは、ゆっくり頷くと泣いてしまいそうな気持ちを落ち着けようとしているのが分かった。
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