LV52「処刑台」

 ちかちかと目蓋の向こうに光が躍っているのをアシュレイは感じ取った。


 頭がボーッとする。

 移動の際に薬を使われたせいであろう。


 身体中の節々に鉛でも埋め込まれているかのように、酷くだるい。


 意識が表情に上るにつれ、次第に、周囲で多数の人間がざわつく気配が明瞭になった。


 目隠しをされている。

 アシュレイは身体を前後左右に動かしてみた。


 ――きっちりと拘束されている。


 呼吸が苦しいのは、両腕が背後に絞り上げられ強制的に無理な体勢を取らされているからだ。


 オーラを込めて脱出しようと試みるが、拷問室に囚われていたときと同様に、枷に呪力が施されておりアシュレイの力が発揮できぬようになっていた。


 後方からするすると手が伸びてきた目隠しがはずされた。アシュレイの視界には固唾を呑んで自分を見守る無数の兵士たちの目が飛び込んできた。


 ワッと耳を聾する叫び声が同時に放たれた。かろうじて修道服を着させられているが、胸の部分を絞り上げるような形の木枠が嵌められており、否が応でもアシュレイに恥辱を感じさせるのには充分だった。顔だけはわずかに動く。視線を左右に振った。察するにアシュレイは贖いの塔の外にある広場の壇上にもっとも恥辱を与える方法で拘束されていた。


「いい恰好ね。私ならば即座に舌を噛んで自決しますわ」


「その耳障りな声。混沌の魔女ですか」


 アシュレイの後方にはダークエルフのサンディーを従えた混沌の魔女が、嗤いを口元にたたえたまま静かに立っていた。


「この状況で口が減らないこと。私が用意した処刑台はお気に召したかしら、アシュレイ。貴方はいまこれより群衆の中で私が用意した奴隷たちによって純潔を散らされ、その神聖さを穢され一匹の雌犬に堕ちるのです」


 混沌の魔女が扇で指し示すと、処刑台の下に控えていた巨躯の奴隷が階段を踏み鳴らしながら登って来た。


 病的に肥満した奴隷の男は樽のような太鼓腹を狂ったように叩きながら、異様な雄叫びを上げて口元からどろどろと病を得た狂犬のようによだれを垂れ流しにしている。男は目をギラギラ光らせてアシュレイを射抜くように睨んでいた。暗い波動。男が欲しているものが自分であることは明白であった。アシュレイは唇を歪めて小さく呻いた。


「ああ、それと貴方を助けようとして侵入してきた愚か者がいましたから生き残りを捕らえておきました」


 ――クランド?


 視界の隅に血塗れになった男たちが物のように積まれているのを見た。だが、幸か不幸か男たちは白い装束を纏ったアシュレイには見覚えのない者たちである。気の毒に思ったが、心の中で安堵のため息を吐く。同時に言いようのない淋しさと不安を覚えた。


 アシュレイは、心のどこかで、こんな窮地に彼がやってくると期待していたのだ。


 無論、そんなことはあってならないことだ。


 このように、十重二十重に敵兵で取り囲まれた場所に乗り込んで来れば死を免れることはできない。さすがに、この期に及んでアシュレイは自らの死を覚悟せざるを得なかった。


「そこの者たちはテンプレ騎士団とかいう愚かな集団ですの。こともあろうに、我が主であるノワルキ皇子の貴い行いを理解せずに、不穏分子たる諸侯を支えるためにあなたを旗印に掲げようとした狂信者たちです。ああ、そこからでも処刑台の下に用意した鍋が見えるかしら。アシュレイ、あなたが私が用意した奴隷の愛を受けて不自然に快楽や声を我慢したりすると、この者たちをあの鍋の中にひとりずつ投じることにします。せいぜい、いい声で啼くがよいでしょう」


 混沌の魔女がいうように、処刑台のすぐ下にはぐつぐつと沸騰した油がなみなみと注がれた巨大な鉄の鍋が用意されていた。


「よいですか? これが私に逆らった者の末路なのです。アシュレイ、地獄の時間をたっぷりとお楽しみになって。もっとも私にとっては、このひとときの無聊を慰める余興にしかすぎませんけれど、ね」


 嘲りの籠った混沌の魔女の声が虚ろなアシュレイの脳に響いた。


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