LV46「三ツ首竜」
スペンサーが矛を使って最後の一体を叩き壊すと骸骨剣士との戦闘は終了した。
「みんな、負傷者はいないか」
クレイグが汗で濡れて額にへばりついた金色の髪を手の甲で拭いながら叫んだ。
乱戦である。
通路のあちこちに破壊されて動かなくなった骸骨剣士たちの骨がバラバラになって散らばっていた。敵は死者なので血肉は伴わないが、それでも三十体は斃しただろう。地下における初めての戦闘である。騎士たちの体力はまだまだ余裕があるだろうが、精神の消耗は中々のものだ。蔵人が松明の向こう側に見た騎士たちの顔色はお世辞にもよいとはいえないものだった。
蔵人が先頭に立って騎士団を鼓舞しながら進んだ。
一時間も歩かないうちに、やや開けた空間に出た。
松明をかざして回り見ると、側面の壁も天上も無数の白骨で埋め尽くされている。気分はよくないが、こんなもんだと割り切れているだけ蔵人だけは平気の平左だった。
「それほど歩いていないのに、やけに身体が重い気がしますよ」
途中で雑談を交わし、馴染んだスペンサーが愚痴を吐いた。
「だいぶへばってるみたいだが、地上に出れば元気は自然と出るさ。ドンドン行くぜ」
「クランド卿は元気ですね」
クレイグが感心したように言った。
「おうよ。てか、ハイキングはここまでみたいだな」
蔵人の言葉と同時に騎士団全員が身を固くした。みな、前方の闇から発せられる異様な殺気に自然の摂理として身体が反応したからであった。
突如として降り出したゲリラ豪雨のような強烈なオーラのうずだった。
逃げ場のない強烈な鬼気を叩きつけられ、全員が一様に身体を硬直させる。
(コイツは割とヤベェな)
蔵人自身も剣の柄を握り鍔に当てる親指に力が籠った。背筋の毛が逆立ち、いままで何度も経験した強烈な命のやり取りになるであろう予感に武者震いが起こった。
それは闇を割って現れた。
地下空洞そのものが震えるような叫び声と共に、地響きが鳴り響き、顔を背けたくなるような強烈な生臭さがムッと湧き起こった。
「火!」
蔵人が事前に打ち合わせていた合図で騎士たちが手持ちの油壷を正面に投げつけ、数人が手にした松明を投げつけると、空間が昼間のように明るくなった。
三ツ首の竜――。
天井にまで届きそうな体躯を持つ、大蛇のような三本の首を持つ竜が地獄の底から響くような雄叫びを上げて目の前に立ちはだかっていた。
「げ、キングギドラか。こやつは」
体高は少なく見積もっても十メートルを超えている。凶悪な顔つきの首が三本ほど胴体から生えており、それぞれが大蛇のように不規則にうねりながら、強靭な牙を剥き出しにしてひと呑みにせんと威嚇を行っていた。
「さあ、久々に大トカゲ退治と洒落込むべぇか」
蔵人は長剣を抜き放つと脇構えを取った。
「大物だ。騎士たちよ、いまこそ神に対する信仰心が問われるときぞ」
クレイグが鼓舞のために激しく叫んだ。
騎士たちは三ツ首竜をぐるりと囲むように散らばった。
呼吸の合った見事な動きだ。
騎士たちはそれぞれ長剣を構えて一斉に間合いを詰めた。
それを合図に三ツ首竜はたかった蠅を追い散らす馬のように激しく鳴いた。
大空洞に響き渡る雄叫びは凄まじく、その場の全員が反射的に身体を縮こめた。
一瞬のことだった。
三ツ首竜の真ン中の首が激しくうねって巨大な顎を限界まで開いたかと思うと、暗闇が裂けて巨大な炎があたりをカッと照らし出した。
オレンジ色の炎が地面を伝ってゴーゴーと音を立てて走った。
直線状に立っていた三人の騎士は三ツ首竜の吐き出した獄炎に呑まれると絶叫を上げた。
純白のマントごとあっという間に火達磨になるとあたりを転げまわる。
それを救おうと竜の左脇にいたふたりの騎士の意識が離れた瞬間だった。
三ツ首竜の左が鎌首をもたげて口内から真っ白な冷気を放出した。あまりに一瞬過ぎて、どのような防御態勢を取ることも敵わない。ふたりの騎士は剣を振り上げた中途半端な格好で氷のブレスをもろに浴びて凍てつき動けなくなった。
停止したふたりの騎士の身体を三ツ首竜の頭が横薙ぎに払った。完全に凍りついていた騎士たちの身体は音を立てて木っ端微塵に砕かれると虚空に舞った。
残った一番右の首は蔵人のいる方向に向かって、口元から真っ黒な煙を吐いた。蔵人は本能的にそれをよけるために、かなり余裕を持った距離を空けるために後方に飛び退った。
だが、炎とも氷とも違うと判断した騎士のひとりが無鉄砲にも長剣を上段に振りかざしたまま突進してゆく。
「わ、馬鹿ヤロ」
蔵人が止める暇もなかった。
真っ黒な煙に巻かれた騎士は長剣を振りかざしたまま両眼を見開くと、激しくえずいて口元から多量の血の混じった吐瀉物を滝のように噴出させた。
煙は強烈な毒の霧であった。
騎士は毒煙をまともに浴びるとその場に両膝を突いたまま激しく断末魔の痙攣を起こし、横倒しになって転がると穴という穴から出血してこと切れた。
蔵人のやや前にいたふたりの騎士も剣を取り落として激しく咳き込んでいる。即死は免れたようであるが、この先の戦闘に耐えられないのは明白であった。
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