LV42「軍務長ウィル」

「クランド卿よ! 彼女は僕の副官で実に気がつくテンプレ騎士団の紅一点だ! 実に有能であり僕は世話になりっぱなしなのだ!」


「あ、はぁ。とりあえずわかったからそうデカい声出すなって。にしてもアンタらって独特な馬の乗り方してんのね」


 アイボリーのカップを持ちながら蔵人はすぐそばで騎乗したまま整列する騎士たちを見ながらなんともいえない顔をした。


 騎士たちは馬一頭に三人騎乗しているのだ。

 そして一様に真顔である。


 ――異常に仲が良いのか? それともそういう関係なのか?


 疑ってしまう。

 蔵人は彼らに対して今後どのように振舞えばいいのか、かなり迷った。


「うむ。これはテンプレ騎士団独特の騎乗方法だ。それぞれが、剣、槍、弓を使い連携して敵に立ち向かう! かつて、資金に乏しく馬があまり買えなかったときの名残りなのだ!」


「にしては、アンタはひとりでせいせいと乗っていたような気がするんだが」


「背中に野郎がぴったりと張りついていては気色が悪い! 戦闘に集中できないだろう!」

「ま、まあ、そうなんだが。ワガママなやつだな」


「よくそう言われる! 卿はハッキリものを言うな! そういう男は好きだ!」

「アンタほどじゃねーけどよ」


 ウィルの真顔を前にすれば蔵人はほかに答えようがなかった。ウィルは蔵人が気に入ったのか、バシバシと肩を叩いてくる。馬鹿力だ。蔵人は痛みに顔を歪めた。シオドーラがすまなそうに小声で謝罪を繰り返すが、ウィルの大声で掻き消された。


(こいつメッチャワガママなやつだな。和を大事にするとかそういう気持ちはないのか?)


 ワガママ大王である蔵人に言われてはおしまいである。


「とにかく互いに情報交換といこうぜ――」


 ウィルという男はかなり変わっているが邪気というものがまるでなかった。蔵人は、とりあえずアシュレイとの馴れ初めから、先ほどの帝国兵との戦闘に至った経緯を噛み砕いて説明した。


「なるほど! つまりクランド卿は大陸からやってきた義士であるということなのだなっ! 気に入った! シオドーラ! 滅法、僕はクランド卿のことを気に入ったぞ!」

「あのさ、アンタちゃんと俺の話聞いてたか?」


「軍務長、横から話をまとめさせていただきますけれど、このお方はウォーカー家のご令嬢を助けて四季の魔女の加護を得るために奮闘していた途中、敵の卑劣な罠にかかって難儀しているということです。その点では我がテンプレ騎士団と共闘が充分望めると思うのですが」


「うむ! シオドーラの言うとおりだ。ところでクランド卿よ。これはまだ伝聞の域を出ないのであるが、ノワルキ皇子の婚約者が此度の帝国の混乱を招いているというのは真実なのか!」


「俺も詳しいことまではわからんが、アシュレイが言うとおりに、あのねーちゃんはタダの街娘じゃねぇな。相当なキツネだぜ」


「猛毒を持ったケダモノということですね」


「うむ! シオドーラの隠喩どおりだろう! とにもかくにも、我らテンプレ騎士団は総長のご指示通り、ウォーカー家のご令嬢であるアシュレイ殿をお救いして帝国の横暴に待ったをかける旗頭にせねばならない! 是非ともクランド卿には我々が行うアシュレイ殿を救出する作戦に協力してほしい!」


 ウィルはそれだけ言うと「決戦前の事前準備」と叫びながら、部下たちの最終調整をその場で行い始めた。

 蔵人はその場にシオドーラと取り残される。


「ええと、自己紹介が遅れて申し訳ございません。私はシオドーラ・フロスト。テンプレ騎士団では主計長を担当させていただいており、アレの副官でもあります」


「ほーん、ずいぶんあの兄ちゃんと親しいみたいだが」

「幼馴染みなんですよ。歳は私のほうがふたつ上ですが。ウィル軍務長は頭のほうはアレですが腕っぷしと戦闘指揮で成り上がっただけにそっちは心配ないのですが。はぁ、言葉足りずはいつものことですが、代わって謝らせてください」

「ンな大袈裟な。気にせんでも」


「どうせなにかしらしでかすに決まってますから、その分も含めて先に謝っておきます」

「……」

「……」


 両者の間になんともいえない沈黙が流れた。


「と、細かい作戦の説明は私のほうからさせていただきますよ。我らテンプレ騎士団は以前よりも粛清されたウォーカー家のご令嬢であるアシュレイさまを捜していたのですが、わずかに混沌の魔女の長い手には及びませんでした」


「いまいち政治の話はわからないんだが、そんなにおおごとなのか?」


「かなりザックリ説明しますと、ノワルキ皇子を煽って皇位を無理やり継承させようとしている婚約者ナタリヤ――ややこしいですね、蘇った混沌の魔女のことがわかったのは、つい最近なのですよ。上級貴族たちも阿呆ばかりではないですから、やんわりと混沌の魔女を討ってことを穏便に収めようとしたのですが、想定に反して混沌の魔女が復活させた裏切りの四騎士たちの力が強すぎて刺客は残らず返り討ちになってしまったのです。


 ノワルキ皇子を繰り人形にして混沌の魔女は理由にならない理由で有力諸侯を討って領土を取り上げ、直轄地に組み入れ力を増やしているのです。頼みであった帝国の三賢者も魔女によって討たれました。そして、言いにくいことなのですが、私はあなたと魔人シドの一騎打ちをみなに内緒で拝見させていただきました」


 シオドーラの肩にどこからやってきたのかセキレイのような小鳥がいつの間にかとまっていた。


「ま、あの数だからな。アンタら騎士団が強いっても真正面からは戦いにくいべ」


「そう言っていただけますとわずかですが救われます。私はこの使い魔で戦況を見、敢えて行軍を遅らせたのです。ウィル軍務長はあの場にアシュレイさまがいると知れば全滅覚悟で騎士団を突撃させていたでしょうから」

「マジか」


「アシュレイさまが連行されたのはここから一番近い贖いの塔でしょう。いましばらく待てば、騎士団の後続部隊とノワルキ皇子の専横を許せぬオズボーン侯爵を旗頭とした精兵三千が到着します。これならば、たとえ相手が混沌の魔女だとしても勝機は充分にあります」


「けど、それじゃあアンタとほかの上級貴族たちが帝国に宣戦布告したことにならないか?」


 蔵人がそう言うとシオドーラはほんのりと笑みを浮かべた。


「クランド卿はお優しいのですね。そのあたりはこちらも心得ております。混沌の魔女はノワルキ皇子にこの地にゆくことを黙っていました。諜報においては我らのほうが上をいっております。それに、贖いの塔に籠っているのは魔女が集めた私兵が主です。我が兵力と同数の三千ほどでも質がまるきり違います。我らが夜半に攻め寄せれば必ず落とせますよ」


「てことは、あとはアシュレイの父ちゃん母ちゃんだよな。人質になってるんだろ?」


「残念ですがウォーカー公爵と夫人は冥途に旅立たれております。混沌の魔女は最初から約束など守るつもりはこれっぽっちもありません。あの者こそ、諸悪の根源そのものでしょう」


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