LV20「理由」

「ジャックとなにを話していたんですか?」

「慈善活動」

「はぁ……」


「ンなことよりとっとと河岸を変えようぜ。早くふたりっきりになれるところに」

「話は歩きながらでも構いませんか?」

「邪魔が入らない場所ならどこでも」


 蔵人はアシュレイを伴って川沿いの道に向かった。

 早朝ということで行き合う人の数も少ない。

 柔らかな光を浴びながら木立の下をそぞろ歩く。

 密談にはもってこいの雰囲気だ。


「その前にまずご覧になってくださいませ」

「なんだなんだ? ラヴレターかな。恥ずかしがり屋さんめ」


 蔵人はアシュレイからA4サイズの用紙を受け取るとウキウキ気分で開いた。

 浮ついた気分はそこまでだった。


 緻密に描かれた似顔絵に金額の入った数字は紛うことなき賞金首の手配書である。ブルトン文字が読めない蔵人でもありきたりな構成は、ここ数カ月で見慣れたものであった。


「コイツは……」


 似顔絵とアシュレイの顔を見比べる。注意深く見なければわかりにくいが、目鼻立ちの輪郭から推察するに、目の前にいる本人そのものだった。


「島の文字は読めないが、コイツはアシュレイの手配書だな」

「はい」


「仔細を聞かせてくれるか」

「それを聞けば、もう戻れなくなりますよ」


 いままでにない鋭い眼光が仮面の下から蔵人を睨んでいた。感情を完全に消し去ったそれは蔵人が死線をくぐった際に幾度も浴びせられたそれだ。


 蔵人は土手をすべり降りると砂利と小石が入り混じる川の縁まで歩いて行った。

 ここまで道から遠ざかれば通行人に聞き耳を立てられるということはまずないだろう。

 軽やかな足音と共にアシュレイが歩み寄るのがわかった。


「言えよ」


 蔵人はしゃがみ込むと地面に落ちた枝を拾って小石を突きながら背を向けた。


「では――」


 アシュレイの陰鬱に満ちた長い話が始まった――。






「たまげたな」


 どれほどの時間が経ったのだろうか。太陽が頭の上に昇り切ったあたりでアシュレイの話はようやく終わった。


「それだけですか」

「長い」

「――」


「ンな顔するなよ。ま、よーするにだな。アシュレイちゃんはその混沌の魔女をぶっ殺して両親と一族の仇討ちがしたいってわけだ」


「私の話をそのような矮小なものに縮められては困ります。本当に聞いていたのですか。此度の一件はブルトン帝国の浮沈にかかわる難事なのです」


「かてぇなあ。ま、混沌の魔女をぶっ殺すには四季迷宮の魔女たちの力が必要なんだろ。だが、アシュレイちゃんはいままで強い味方がいなかったため二の足を踏んでいた。よろしい。幾多の修羅場を潜ったこの俺サマに任せんしゃい。ズバッと解決してあげちゃいましょう。そして命を懸けた日々で絆が深まったふたりはムフフなのだ」

「絶対理解していませんよね」


「な、なーんだよその目は。ともかくだ、そうと決まれば巧遅より拙速だ。グズグズしてないでとっとと出発。ところでその四季迷宮ってのはどこにあるってーの?」


「迷宮攻略はしかるべき仲間と充分な物資が調達してからと思っていたのですが、クランドの言うように決断することも必要かもしれませんね。最初は、この港町プリニスより北東に位置する場所にある春迷宮に向かおうかと思います」


「いーじゃん、いーじゃん。こいつは忙しくなってきたぜ。それじゃあ街で物資を調達してから出発だ!」

「春迷宮はここから歩いて二日ほどの距離にあります。クランドはロムレスから来たばかりではこのあたりは不案内でしょう。私にお任せください」


「おう、デートだな。お買い物デートだ。がはは」

「違います」


「なんでもいーからとっとと行こうぜ。道々ここよりデッカイ街にも寄るだろうし。そんときは冒険者ギルドで口利き頼むぜ。なんせオイラぁお尋ね者のバローズ三兄弟も捜さにゃならねーからな」

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る