LV09「危険な依頼」
依頼書は基本的に冒険者ギルドの掲示板に朝一番で張り出される。
依頼者から取り下げがない限り三カ月は張りっぱなしの状態が続くのだ。
依頼を受ける人間がいなければ順次撤去される決まりになっている。
しかしほとんどがそこまで残ることはない。
根無し草の冒険者たちはいつも金銭に飢えている。
実入りの悪い仕事でも底辺階級の人間が引き受けるのが理由だった。
「賞金首? オイオイ、こりゃ貼る場所間違えてんじゃねぇか? どう考えてもハンターギルドの分野だろ」
犯罪者にかけられた賞金首を専門に狩るハンターギルドはシルバーヴィラゴにも存在している。
蔵人は魔獣の討伐を行ったことはあっても、人間を捕獲するハンターの真似ごとは未経験だ。
「間違いじゃないわ。それに極まれだけどウチはこういうのも受けているの」
「報奨金二十万ポンドル。オイオイ、破格じゃねぇか。やったね。なになにぃ? 賞金首はギェルマン一家の四名。生死を問わず、と。なにやらかしたんだコイツは」
「要するに強盗紳士崩れね。職業的犯罪者。大将株のレアンドル・ギェルマン男爵は没落したロムレス貴族。領地を持っていても劣悪でロクに食えないのね。で、傭兵の真似ごとをして、このあたりでは結構な顔らしいわ。男爵の下についてるバローズ三兄弟ってのが主に実行部隊を率いていて、仕事がないときは押し入り・火つけ・強姦・殺人なんでもありって感じ」
「おいおい、こらまたひでぇな。ご領主さま代行のギルドマスターはなにをしてらっしゃるんですかねぇ。被害者の方々は地元の騎士団に任せておけばいいんじゃね」
「それが、ギェルマン一家の根城はアンドリュー州と隣領の境、いわゆる互いの不可侵領域にあって、ご領主さまも容易に手が出せないらしいの。神出鬼没でいざ騎士たちを討伐に向けるとパッと消えてしまう。少数精鋭の盗賊だからできる離れ業ね」
「ふぅん。んで敵サンの数は?」
「ねえクランド。けしかけておいてアレだけど、これ受けないほうがいいわよ。常に動いてる盗賊団の数は二十人そこそこらしいけど、根城の近辺には数百からのならず者がたむろしてるらしいわ。本拠地に攻め込めば生きて帰れないわよ。二十万は大金だけど、討伐に必要な兵員を考えると一個大隊は必要よ。員数をそろえたら割に合わないでしょう」
「でも、こいつら出張してるときなら数十人なんだろ。なになに、依頼者は地元の商人ロートレック商会の会頭ね。うし、ちくっと行ってくらぁ」
「あ、こら。待ちなさい! 心配して言ってるんでしょ!」
「なーに、お話を聞くだけよん」
蔵人はネリーの忠告を無視すると依頼書をひらひらさせながら冒険者ギルドを後にした。
「おお、ここが依頼人のウチか。栄えてんなぁ」
ロートレック商会の長であるジル・ロートレックの屋敷はネリーが言うように地元では有名であり蔵人の低い探索能力でもすぐに見つけることができた。
古びた塀で囲われた屋敷は時代がかっていたが、パッと見ただけで重厚な建築資材を使っており、庶民と隔絶した権威と格式を思わせるものだった。
「け、洋画のホラーに出てきそうな造作だな。ワタクシ金持ってますって感じだ。どり」
嫌がらせに門扉に向かって小便をしようとズボンの前を開けると、買い出しに出てきた若いメイドが悲鳴を上げながらペタンと尻もちを突く。
「ご、強姦魔!」
「ち、ちがっ。ああっ、放水が途中で止められねえええっ」
とりあえずメイドを言いくるめて小金を握らせると蔵人はことなきを得た。
よほど小金が利いたのか、リスのように愛くるしい顔をしたメイドは物欲しそうな顔でピンクの舌をチロチロと動かしている。
「むう、物欲しそうな顔をしやがって小娘が。だが、我が宝刀はそう簡単には抜かん」
――お遊びはおしまい。
蔵人がロートレック家の召使に依頼の件で訪れたことを告げると、ほとんど間を置かず丁重に控えの部屋に通された。
「お初にお目にかかります。冒険者ギルドからよくぞ来てくださいました。私は屋敷の主でジル・ロートレック。こちらは妻のルシールです」
「ども」
ジル・ロートレックは五十がらみの恰幅のいい男であった。品のよい焦げ茶の髪を撫でつけているが、目元には濃い隈が浮かんでおり瞳はどこかドス黒く淀んでいた。
妻のルシールはまだ若かった。
蔵人が見たところ三十そこそこの線の細い美人である。
だが、ルシールの頬は病的に削げており、退廃的と評するに相応しい陰気さだった。全身から発されるなんともいえない陰鬱なオーラが彼女の生来持ち得ていた美を損ねていた。
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