第278話 とある、崩れ落ちた天才の話

 見える限りの砲台とドローンを潰し、スカルを研究ステーションに強制隣接する。


 海賊めいたシルエットは見せかけじゃない。敵の船なんかに乗り込むための装備もちゃんと持ってきているぜ。


《爆薬セット完了。これなら開くゼイ。ゴマダレー♪》


(それは宝箱の方だろ。エアロックをこじ開けるぞ)


 粘性のある爆薬に雷管をつけて起爆。エアロックの隙間に捻じ込んだ爆薬から一瞬オレンジの光が走る。爆弾っっても派手にドカンといくもんばかりじゃねえのさ。


 重厚な壁を塞いでいたドアを焼き切ってひとつ目の空間に入り、改めて壊した外側のエアロックを補修キットを使って応急処置を行う。こうしないと次の壁を壊したら空気もろとも宇宙に吸い出されちまうからな。


 まあこれに関しちゃ専門知識が必要な難しいもんじゃない。粘着性のある補修素材を隙間にすり込むだけだ。戻るときは剥離剤を打ち込めばすぐ取れる。


 次はいよいよステーション内部に通じる扉。だが――――


(――――開いた?)


 こちらが外のエアロックを塞ぐのを待っていたかのように内部扉が勝手に開いていく。まるで『これ以上壊すな』と言わんばかりに。


《孤立無援の宇宙で籠城しても意味ないしネ。大人しく捕まるつもりなんでナイ?》


(そんな殊勝なタマか?)


《抵抗するならもっと前の段階で『自殺するぞ、近づくな』とでも脅してたんじゃない? 人類にとって自分の頭脳の価値があるからこそこれまで無茶が出来たんだし》


 生まれつき痛覚が無いので拷問もきかないし死ぬのも構わない。欲や脅しによる制御がきかない無敵の中高年だもんなぁ。


(どうせならそのほうが面倒がなくていいがよ。いや、多少抵抗してくれたほうがいいな、せめて2、3発……5、6発……動かなくなるまでブン殴る口実がほしい)


《最終的にパンチの数が流星になるヤツ。まー脳さえ正常なら他は大目に見てくれるかもナー》


(だといいがな)


 細かい事を言うやつはどんな配慮をしても文句を言ってくるだろうよ。そんな雑音は適当に無視しときゃいいのさ――――それに、この宇宙でピエロは『事故死』するんだから。


《そう言えばブリテンちゃんはあのままでええの?》


(あん? ああ、やつのロボットはもう手足無しダルマだろ。操縦席の乗り込み口のある部分を壁に押し込んどきゃ身動きは取れんさ)


 あいつのスカルはザンバーで頭も手足もスラスターも残らず切り落とした。


 脱出するには胸の風防キャノピーを開けるか、もしくは背面ホリゾンタルから・イン差し込まれる形式ザ・ボディの小型戦闘機型の脱出機構を分離する必要がある。


 だがそれも背面スラスターの破損で使い物にならないだろうなるめぇ


 せいぜい窒息の恐怖に怯えてやがれ。戻るとき覚えてたらついでに連れ帰ってやるよ。


《呼吸に適する酸素あり。人体とおぼしき熱源なし。視界範囲に自動銃座タレットの類も無し》


(いつ何をされるかわからん。エアスクリーンはこのままだ)


 宇宙で毒ガスなんざ必要ない。密閉空間でちょっと酸素濃度を変えられるだけでも人間ってのは死んじまうからな。


《エコーマップはほぼ作製完了。今のところ提出されたデータとの相違無し》


(まあ現実の建築物だ。マッドな科学者だろうと早々弄り回すもんでもないわな)


 ましてここは宇宙に作った手狭な居住区だ。ちょっと変な事をして循環バランスが崩れればそれで死ぬことになりかねんし、そもそも何かするための資材だって多くはないはず。


 どんな天才でも超人でも材料がなきゃ何も作れねえ。


 こんなこともあろうかと、なんて展開はご都合主義の創作だから出来る話さ。オレだったら他のやつに秘密で貴重な資材をモリモリ使い込んでるクルーがいたら、その発明が役に立とうがまずブン殴るわ。


 カツンカツンと硬質な音を立てるヒール。この靴はパイロットスーツと同じくプリマテリアルで作られた付属物のひとつで、無重力状態でも磁石のように床に足を吸いつけてくれる。


 それなのに足を床から離すときは普段と力加減が変わらないで済むって優れもんだ。ピカピカして目立つのと、踵がやたら高いのは気に入らねえがな。


(……宇宙か、ガキの時分にゃ憧れたが。何度も来てみると気持ちのいいところじゃないな)


 宇宙は生き物の住めるところじゃない。たったそれだけの事実があればもう夢も希望もありゃしねえ。


 周りは真空。有害な宇宙線が常に降り注ぎ、恒星の光が注ぐ場所は超高熱で、照らされていない場所は極低温。


 もちろん水も飯もない。居住するには不良物件もいいところだろ、こんなとこ。


 宇宙ここは人の、生物のいちゃいけない世界だ。どんな理由があろうとわざわざこんな死の世界に人間を送り込むやつの気が知れねえや。


《宇宙は深海より居住難度が低いんだけどネ。スーツちゃん的には海底都市にも憧れマス》


(パニック物の水没エンドしか見えねえなぁ)


 宇宙も海底も住むには安定性が悪すぎんだよ。絶対どっかで事故か戦争で潰れるわ。


《もちろん海なら女子のフォーマルは水着ッ。新技術でビキニでも快適生活》


(そこだとおっさんとかも海パンになんじゃねえの? あとビキニが似合わん年と体形の女はどうすんだ)


《遺伝子操作で全員美少女TS化すればよろしい。おお、これこそジパングに伝わるウラシマ=サンの見た幻のドラゴンキャッスル! タイやヒラメと称した性的な歓迎をする踊り子たちがレッツダンシン。男だ女だ、デブだハゲだとゴチャゴチャ言わずにみんな一緒。つまりTSこそ究極のポリコレでは?》


(ジャパンメルヘンのひでえ誤訳を見た……差別は絶対に無くならないさ、生き物ってのはその感覚で身を守って進化してきたんだからよ。何しようが重箱の隅をつつく神経質な野郎は出るもんさ)


 差別はミトコンドリア・イブの時代から続けてきた生物の本能なんだから、どうしようもないだろ。

 仮にその本能を消すような方法を使って消したのなら、それこそまともな生物じゃないと思うぜ? 感性で区別できないなんて無機質なロボットと一緒だろ。


 同調圧力で塗り潰すように敷いた平等なんざ、オレは差別と同じくらい気持ち悪りぃがね。


《そこは人類の英知と良心とゴリ押し乗り越えるのダヨ。主に英知でっ》


(その英知、アルファベット一文字で書くやつだろ)


《醜いものにお金を払わないクセに平等も無いでショ? なら最低水準のほうを平等に底上げするのデス。これぞコペルニクス的転回の妙案》


(コペルニクスが墓の下でズッコけるわ。まあ男ならブスに美人と同じ金払ってヤリたいかって話だよな。物事は原始の欲求がだいたい真理さ。バカバカしい)


 誰が金払って醜いものを見たいかね。さも『自分は正しいすべて人の意見の代弁者』みたいな顔で『自分の性癖』を他人にまでキーキー押し付けてほしくないぜ。


 ああいう団体は声のデカい一部が消えたら案外ピタリと止まるんじゃねえかな。


『参加はしてたけどホントはここまで大事にしたくなかった』、とか言い出すやつがゾロゾロ出てくると思うぜ?


 昔からある『組織には指導者が必要』って理念は、裏を返せばだいたい日和見だらけってことさ。大して団結なんざしてねえんだよ。


 世の中はみんな流されてるだけさ。それが集団で生きてる生物の習い。先頭が走り出したらみんな走る馬や牛と一緒だ。


 人間だって例外じゃねえよ。特別でもなんでもない。


 ただの生物。動くだけの蛋白質。


《お? 次の部屋に熱源。人間サイズ》


(いたか。資料だとこの先はミーティングルームだったよな……えーと、一応聞くがキシャーッとか叫ぶエイリアンじゃねえよな?)


《アハハハッ、さすがに無いジャロ。ゲームなら追い詰められたボスがドーピングしてクリーチャーになったりするのはお約束だけどニィ》


(あるなぁ。しかも真の黒幕はしれっと脱出してる展開な)


 絶対変なにおわせしてくるよなぁ。一番ヘイト稼いだキャラが生き残ったうえに裁かれなかったりよ。


 センサーに反応して自動で開いたドアの先は宇宙の設備にしては広めのスペース。ミーティングルーム。食堂やレクリエーションとしても使われる場所らしい。


 自動銃座タレットや地雷の類は見えない。代わりに片づけられた室内の中央には椅子がふたつだけ。向かい合うように置かれていた。


 そして椅子の片方には恰幅の良い女性が落ち着いた面持ちで座っている。


 ――――ピエロのメイクをきれいに落し、年相応の衣服と化粧を施したアウト・レリックがそこにいた。










<放送中>


 罠の警戒など一切することなく、まるで王者の如く威風堂々と入室してきた少女。その立ち振る舞いを眺めたアウトは心からの笑みを浮かべた。


 ――――王とは本来もっと姑息で臆病な存在だ。常に暗殺や反逆の恐怖に怯え、血を分けた親族でさえ信用しない。


 苛烈な粛清も弾圧も恐怖の裏返し。この世で二番目に滑稽で惨めな存在。それが王。


 少なくともアウト・レリックという人間はそう思っている。


 支配者のはずが不自由ばかりの着飾った奴隷。国を支配していたはずなのに、ある日を境に国という生き物を存続させるためだけの見栄えの良いパーツに過ぎなくなる。


 王の称号などただの記号。人の社会というパズルを形成する1ピース。


 人類の歴史に今日まで何人も生まれてきた、どこにでも湧き出る詰まらない職業の請負人に過ぎないと。


 ――――だが、それでも他者がカリスマを感じる人間というものは存在するのも事実である。


 例えば目の前の少女、『玉鍵たま』。アウトは彼女に『王』を感じていた。


「よく来てくれたわね、ワールドエース。少しだけお付き合い願えないかしら?」


 もう一方の席に促すアウトをジロリと睥睨し、白い少女はその場から動かず一言だけ告げた。


「……担保はなんだ?」


 担保という聡い一言にアウトは小さく口元を吊り上げる。


「すでに毒を飲んでいるの。中和剤の場所は私しか知らない」


 毒のカプセルが体内で溶け出すのは30分後。それまでに中和剤を服用しなければ死ぬか、体は回復することの無い深刻な障害を患うだろう。


 無論この頭脳にも。


 つまりは自らが人質。玉鍵の役目はアウト・レリックの身柄の確保であり、何よりその頭脳に害を及ぼしてはならない。


 しかしこれまでの玉鍵のデータから問答無用で黙らされ連行される可能性を考慮し、アウトは事前にこのような保険を掛けることにしたのだ。


 毒の服用は真実。死のリスクを含んででも、この少女と二人きりで本音で話す機会を設けたかった。


 普段の道化の姿も言動もすべては仮面。正真正銘、今の自分こそがアウト・レリックの本性である。


 溜息かどうかの微妙な呼吸を見せた後、玉鍵は黙って向かいの席に座った。席に罠が仕掛けられているのではないかと疑う素振りも無く。


 事実として本当に何も仕掛けてはいない。この部屋にもステーションにも。ここは玉鍵たまという少女と会話するためだけに設けた特等席なのだから。


「本題の前に少し。――――『クロス』は気に入って貰えたかしら? 若い頃に設計した物だから、少し恥ずかしいのだけど」


 クロス。CROSS。十字。それはとある団体が使う象徴でもある。


 そのはりつけ台の名を皮肉として与えたあのロボットは、かつてのアウトが設計した落とし子のひとつ。


 Sの技術に現実の技術で挑戦した――――否。挑戦を命じられて設計した忌まわしき遺物だった。


「こっちではスカルゴーストと呼んでいる。やはりあんたが設計者か」


 骸骨スカルの亡霊ゴーストとは。これまた皮肉な名前だとアウトは素で笑ってしまった。


 あれは当時の権力者の命令を誤魔化すために設計したペーパープラン。まさしくスカスカの骨のような置物。動くための肉などありはしなかったのだ。


 それが回りまわってあんな遺物に日の目を見せる日が来るとは。アウトの頭脳をもってしても当時は予想もしていなかった事である。


「データは破棄せず残していたし、今回のために要求される条件を探せば見つかる細工もしておいたの。あまり技術者に無理難題を言ってはダメよ? こういう風に動きを操作されちゃうから」


 技術者たちは権力者に命じられて必死に頭を捻り、それでも出ないアイディアを埋めるためにデータバンクを彷徨って『見つけ出した』と飛びついたのだろう。


 それがもともと誰の設計かなど念入りに調べもせずに。


 時間が無いとはそういうものだ。命じられた納期のために端折ってはいけない事を端折り出す罪とは、大昔から続く現場の懊悩の産物である。


「なぜこんな事を?」


「複数ね?」


 やや場違いな白いジャージ姿だというのに、まるで法廷官のような威厳を出す玉鍵の問い。そのたった一言の中にいくつもの回答を要求しているとアウトは察する。


 なぜ巨大ロボットを奪って逃走したのか。


 なぜ大勢の人間に災害を見舞おうとしたのか。


 なぜ同型のロボットで迎え撃ったのか。


 なぜ抵抗を止めたのか。


 ……なぜ、このような場を設けたのか。


 おそらく他にもあるだろう。例えば玉鍵の友人たちにした行為についても。むしろこそれこそ彼女は聞きたいかもしれない。


 ならば答えよう。聞きたいならば答えよう。 


「天才として悩める凡人の願いを叶えてあげるため。それが私、『アウト・レリック』が世界から求められた役割よ――――どんな事よりも」


 アウト・レリックは正しく天才であり、その頭脳で多くの不可能を可能とする。


 事実としてアウトは大勢の漫然とした願いを叶え、いつくもの権力者たちからの命令をこなしてきた。


 初めは純粋に……興味本位と言い換えてもいい。悪意の混じらない天才ゆえの気まぐれの行いだった。他が不可能と言い出す事をアウトは出来たのだから。


 ――――そんな生き方がある日を境に真逆となったのは何時の頃だったか。


 狂ったピエロの姿に身をやつし、明確な悪意を持って悩める凡人に近づいては歪んだ形で願いを叶える存在に成り果てたのは。


 常人と違えど自分も生き物。恋という衝動を知ったこともある。客観的に見ればなんの取柄もない相手であったが、ただ横にいるだけでよかった。


 人材としての価値が釣り合わぬと周りから妨害も受けたが、それこそ燻りに油をかけるようなもの。


 しばらくして若気の至りという言葉の元に、秘密裏に小さく新しい命を育んだ。


 結論から言えば、命は生まれても来れなかった。親の片割れとなるはずだった相手は事故に見せかけて殺された。


 ある一族が権力と血脈に取り込むために用意していたレール。その道筋をアウトが外れたと知ったとき、彼らはその軌道修正を図ったのだ。


 何もかも振り出しに戻して。


 送り込まれた伴侶候補は言った。『もっと良い相手が見つかるさ』と。


 アウトに降りかかった不幸を傷む素振りを見せ、気遣うフリをして。一族の命じるままに傷付いたアウトに取り入ろうとした。


 銀河。すべては彼らが仕組んだ事。あらゆる証拠を消そうとも、アウト・レリックの頭脳にはあの下劣な一族の手口が鮮明に浮かび上がった。


 ――――だがそれは決定打ではない。


 アウトをもっとも傷つけたのは、事情など何も知らぬ周りの檄と励ましだった。


『どのような事があろうと、天才に立ち止まる事は許されない』『人類のためにも立ち直ってほしい』『君なら乗り越えられるはずだ』


 天才だからと勝手に人類の未来を担わされ、天才だからと勝手に折れる事を許されず、天才だからとその血を勝手に求められる。


 凡人我々の願いを叶え続けろと求められる。命尽きるまで。


 ……あの日、エキセントリックな変わり者程度で済んでいたひとりの天才の、すべてが狂った。


 叶えてほしいなら叶えてやろう。この天才が。相応の努力も見返りも持たずに、ただ願望を口走る凡人の願いを。


 その怠惰と傲慢にふさわしい形で!


 努力も対価も支払った者も叶えてやろう。この天才が。その先に何が待っていようとも。


 叶えてやる、叶えてやる、叶えてやるぞ。その欲望願い


 大儀だ、人類の未来だと叫んでは、誰かの小さな幸せを摘み取る愚者どもの願いも。その理想とやらの価値に見合うだけ。


 叶えよう! 人類の存亡ゴミの対価と同じで良いのなら!

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