第109話 轟け! 今、必殺の!!

※今回の話は、よろしければ『例の熱いBGM(F〇y 〇igh)』と共にお読みください。オススメはスパ〇ボTのBGM




《ウヒョー。ビームにレーザー、ミサイルの雨あられ。おまけに接近して白兵戦しかけてくるのもいるゾ。同士討ちもお構いなしだナ》


(そんだけこっちを脅威と見たんだ。目に見えてガキどもに向かう敵がいなくなったぜ。狙い通りだ)


 飛来してくる敵は主に三種。ドラ焼きに足を三本つけたみたいなダッセェロボットと、より小型で青紫のやっぱりドラ焼きと似たようなヤツ。最後は胴体だけ太ったバッタみたいな戦闘機だ。


 いるわいるわウジャウジャと。それぞれドラ焼きが50メートル、青紫が40メートル、バッタが10メートルってとこか? さすがにデカいヤツほど少ない。


 てか増援で50メートルクラスと40メートルクラスで200機近く出してくんじゃねーよ! サイズ聞いて鼻水吹きそうになったわ!


 それでも200メートル級のこっち相手によくやるぜ。まあ向こうさんは無人だもんな。特攻上等だ。ガンドールで戦ったスーパーハイドザウルスみたいにヤバくなると逃げる敵のほうが珍しいんだ。


《敵機6。打撃ルート、ピタリ》


「くらえっ!」


 スーツちゃんが網膜に投影してくれた手足の軌道に沿って、1発で一番多く巻き込める打撃を叩きつける。


 スーパーロボットの花形サイズ、50メートル級だろうが200メートル級のザンバスターこいつに掛かったらガキ同然だ。


 肩部のブースターを吹かした巨大な拳は、ザンバスターの内蔵する二基の高出力炉による超エネルギーを受けて加速。複数の敵を巻き込もうと一切の抵抗なく振り抜かれる。


 一瞬にしてまき散らされた破壊による爆発と残骸は歪な散弾となり、近くを飛んでいた数機の小型機までにも襲い掛かり、諸共に打ち砕いていった。


Z2.<げ、撃破9! タマ! 好きにやってるけど、いくらザンバスターでもシールド無しで攻撃され続けたらヤバイわよ!? ちょっとずつだけど効いちゃってるわ!>


 そりゃそうだ。図体相応に装甲が厚いと言ってもカバーできるダメージには限度がある。どうしたって弱い箇所がある事はいなめねえし、一度ハッキリとしたダメージが入ればそこが弱点と敵に露呈しちまうのもうまくねえ。


 けどな、そんなトボけたこと言ってられるか!


「まだだ! 決めた退避時間まで何が何でも耐えろ! アスカは引き続き慣性装置の掌握を頼むぞ!」


 シャトルの申請から飛来までの時間は約5分。その間は物理装甲で持ち堪える必要がある。


 スーツちゃんに試算してもらった稼働時間はエナジー兵器を一切使わず可能な限りエネルギーの消費を抑えても、たったの10分に満たない。

 ラストの空母機動戦力相手にトドメの一発に使うエネルギーを考えれば、ザンバスターこいつのエネルギーシールドは簡単に使えないんだよ!


Z2.<ぐぅぅぅぅっ、っ、っ、……簡単に言ってくれるわね! あんたが手足をブンブン振り回すから調整が追っつかないのよ!>


 200メートル級のこいつを素早く動かすということは、その質量を動かしたことによる膨大な慣性が掛かるということ。これをただのシートベルトでパイロットが耐えられるわけはない。


 ザンバスターにはその巨体に相応しい慣性緩和装置が備わっている。だが、突貫の組み立てと緊急発進のために明らかな調整不足になっていた。これをアスカが現地で戦いながら調整している状態だ。


 大したもんだよ。オレがザンバスターを動かすたびにメチャクチャになる調整に四苦八苦しながらも、アスカは急激な負荷に耐えながらトライアルアンドエラーで最良のバランスを模索してくれている。


《助かるニャア。さすがのスーツちゃんでも低ちゃんのアシストしながら慣性制御までは無理でおじゃるからして》


(しかしラチがあかん! ホントに減ってるかコレ!? ループ映像見てるみたいだぜ!)


《アニメならこういうシーンはだいたい使いまわしやで。よくあるよくある》


(ボケっとアニメ眺めてるのと違って、こっちはやられたら死ぬんだがなぁ!)


 だが、ここまではうまくいった。ガキどもから敵を引っぺがし、じりじりと立ち位置を調整し、フルパワーの一発を放つためのエネルギーも残せてる。


 ザンバスターのエナジー兵器のひとつに『ザンビーム』という、額から放つマイナス1億度の極低温のビーム砲がある。なんで絶対零度を下回れるのかは知らねえが、こいつで瞬間的に薙ぎ払えば一気に敵機をブッ潰せるはずだ。


 そして最初の命中箇所に空母を捉えておけば、こいつも一発のビームで喰える。これで帰還分のエネルギーを残してフィニッシュだ!


 基地を背後にふんぞり返ってるクソ空母が! ザンバスターのビーム兵器はそんじょそこらの破壊力じゃねーぞ!


(位置調整どうだ? 巻き込む数が減るほど残飯処理が大変になっちまう)


《ダイジョブダイジョブ。うまいこと並んでくれてるヨン》


 意図に気付かれて四方八方に散開され続けられたら困るんだ。ザンバスターの推力ならこんなヤツら簡単にブッ千切れるが、あまり逃げ回ると諦めてガキどもに向かっちまうかもしれねえ。


 敵が諦めない程度の間合いを維持しつつ、群がってくる敵を必死に迎撃しているように見える数だけをさばく。


 あと少しで袋叩きにできる、敵がそう判断し続けるよう微調整しながら戦う。


 ……クッソがぁ! いちいち面倒なんだよ! 制限時間やらエネルギーやら耐久力やらの心配ばっかり。オレの戦いはこんなんばっかだぜ。たまには初めから終わりまで気楽に思い切り戦わせろ!


《!? 低ちゃん、マズいぞ。基地から新たに50メートル級が発進、数80―――げぇ、ミズキちゃんたちのほうに行ってる》


「なっ!? 打ち止めじゃなかったのか!」


 しかも50メートル級!? どっから捻りだしやがった、もはや基地じゃなくて工場じゃねーのかココは! 今も鋭意製作中とかマジでやめてくれよ!


《こっちが手一杯で気付かなかったナ。あれだよ、数機の味方が隕石に隠れるようにして基地のほうに向かってる、あれが基地を刺激しちゃったんだ》


Z2.<タマ、何か言った!? 調整はもうちょっと待って!>


「基地からまた出た。味方のほうに向かってる」


Z2.<っ! ―――――がっ、ぐっ、あぁんのバカども! 助けに来たこっちを囮にして、欲張ってんじゃないわよぉ!!>


 一直線に飛来するロボット編隊を前に、見つかったと理解した何機かが慌てて反転して逃げようとする。


 ガキどもの乗ってるロボットは大きくても50メートルサイズで敵とどっこい。それが10倍以上の数で突っ込んでくる相手と戦えるわけがない。


 タコが、ほっとけばあの80機だっていずれこっちに来たろうに!


「…アスカ! ザンビーム準備! 急げ!」

 

《待った、低ちゃん! 相手の位置が悪いよ、まったく方向違いじゃん。援護に撃ったらこっちの敵も空母も巻き込めないし、もうエネルギーが足りない》


Z2.<ザ、ザンビーム準備! ちょっとコレ大丈夫なの!? 虎の子のエネルギーよ!>


「あれを引っ張っていかれたら勝鬨かちどきたちまで巻き込まれる!」


 クッソバカどもがぁぁぁぁ! オレの知り合いまでテメエらのバカに巻き込むなぁ!!


「できるだけ照射時間を抑えるぞ。うまく薙ぐ・・から、カットタイミングを間違わないでくれ!」


Z2.<簡単に言うんじゃないわよぉ、もう! そっちこそミミズがのたくったみたいに無駄にしたら許さないわよ!>


《あーもー。照射ルート算出するのはスーツちゃんなんですがー?》


「頼む!」


Z2.<しょうがないわね!>《しょうがないニャア》


 全周囲モニターの一角に照準付きのズーム映像が表示される。もちろんその間だってこっちの敵は元気にザンバスターを攻撃中だ。それを蹴って殴ってまき散らしつつ、最後の照準調整を行う。


 いやホント頼むぞ整備、BULLの時みたいに照準が狂ってるとかやめてくれよ!?


Z2.<エネルギー急速充填! ザンビーム発射口、開口。ロックオンは無し。こいつはあんたの狙いが頼りよ、タマ!>


《ちょっと遠すぎるからヘタッピ低ちゃんには無理ゾ。今回はスーツちゃんがなぞってしんぜよう》


(異論はえよ。ゼロコンマがつくとはいえ光年単位の狙撃は無理だ)


「エネルギー供給、確認! 消ぇぇぇし飛べぇぇぇぇぇ!」


Z2.「<《ザンッ、ビィィィィィィィィィィム!!》>」


 瞬間照射された極太ビームはスーツちゃんの誘導によって一瞬で80機を舐め尽くす。


 仮にも50メートルクラスの集団が、たった一発も持ちこたえられずに極冷凍を受けて分子が停止。素材ごと崩壊して消失していく。それは超高熱で溶けるのと変わらない光景だった。


Z2.<……エネルギー、残り8パーセント。ごめん、カットが遅れた>


「誤差だ。まだ・・8パーもある」


 ほぼジャストだ。ここからコンマゼロをつけた程度残しても大した違いはない。これでオレみたいなスーツちゃん頼りじゃねーんだから大したもんだ。スゲーよおまえ。


 欲張って仕留め切る前にカットするよか遥かにマシだ。こういう武装は最初の臨界まで持っていくのが一番エネルギーを喰うからな。2射するほうがずっと無駄が多いってもんだ。


《でも実際問題、これで手が無くなったよ。ここで敵を徒手空拳で倒しても、どれだけ効率よく動かしても全滅させるのはモー無理。空母はもっとむーりぃ》


(……そうかい、ならそれでいいさ。エネルギーが無いなら別から持ってくりゃいい)


「アスカ、慣性制御掌握を急げ。そろそろ潮時だ」


Z2.<逃げるにはまだ数が多すぎるわっ。それにザンバスターは平気でも、追走するシャトルはたぶんもたないわよ?>


「逃げやしないさ。敵を倒すエネルギーの充てはある」


Z2.<《えっ、どこに!?》>


「質量だ。ラストの一発はザンバスターこいつ頑丈タフさに賭ける。アスカ! 慣性緩和の調整が済んだら一気に行くぞ!」


Z2.<な……この状態で何する気か知らないけど、人間が耐えられる方法でやってよね。調整は―――いま終わったわ!>


「オーライ。潰れるなよアスカッ、歯を食いしばってろ!」


 両肩部、背面ブースターを全開。最小で最大威力を出せる間合いを目指してザンバスターを飛翔させる。


 細かいことはもういい。チマチマ残ったヤツは味方に倒してもらう。


 今必要なのは戦局を決定づける重い一発。覆すことのできない決定的な破壊力だ。


 弾が無い? エネルギーが無い? それが何だ。この200メートル級スーパーロボットには、何物にも代えられない最大の武器がある。


 それは重さだ。速度を乗せた質量という、万物が信仰する原始のエネルギー。こいつをブチ当ててやる!!


《ちょーっ、滅茶苦茶だよ! たぶん低ちゃんのしたいのは亜光速まで加速しての体当たりでしょ? 帰還のエネルギー残したらギリッギリだよ!? あらゆるエネルギー供給カットして、それでも砲弾と変わらない状態でまっすぐ叩きつけるしかできない。操縦席の安全基準までブッチ切って、やっとそれだけのエネルギーを捻り出せるレベル。マジで潰れかねないよ!》


(こっちには安心安全のスーツちゃんがいるさ! オレの操縦席分はスーツちゃん込みの値でいい。残りは全部アスカ側に回せ!)


 もう考えてる暇は無い。こっちはとっくにブースター吹かして距離を取ってんだ。今のエネルギー残量でザンバスターの指一本でも余計に動かしたら取り返しはつかない。


 わかるかバカども。こっちは最初はなっから覚悟決まってんだよ!


 天も地も無い暗黒の世界に映るのは、たったひとつの目標ターゲット


 ザンバスターがその巨体を切り返し反転する。その瞬間から6つの推進ノズルは亜光速目指して爆発的なエネルギーで動き出した。


 ――――推定される最終加重圧、約3千50万G。


 Sの世界のみに許された超技術によって、パイロットに都合の悪い・・・・・エネルギーだけが消失し、たったひとつの願い乞われた質量弾破壊力だけが、ここに顕現化する。


 質量も、空間も、物理法則さえも捻じ曲げて。今、たった一発きりの炎が宇宙の彼方を駆け抜ける!


「アスカァァァァ!! いぃぃぃぃぃくぅぅぅぅぞぉぉぉぉっっっ!!」


《脚部ザンリッパー展開! アスカちんは任せて。いったれ低ちゃん――――死ぬなヨ!》


 照準っ、敵空母!! 他は残らずついで・・・だ! ブッ壊れろォォォォォ!!


「<《スゥゥゥパァァァッ! サ・ン・ダァァァァー!! キィィィィィィィクッッッ!!!》>」


 モニターの流れる速さに意味はない。亜光速に順応できる動体視力の持ち主などいやしない。世界が、宇宙が、何もかもが弾け飛ぶように消えていく。


 ザンバスターの終着点、その先へと。








<放送中>


「………っ、ぐ」


 どれほど意識を失っていたのか、数秒か、数時間か。あるいは到達した亜光速の先まで突き抜け、時間さえ跳躍したのか。


 バスター2の操縦席正面にはベッタリと血が付着していた。その血が自らの鼻から出たものだと気付いたアスカは、手首に巻いてあるリストバンドの右手側で乱暴に拭う。


 エースのゲン担ぎと称して、玉鍵に貰った左側のリストバンドは使わない。


「タマ……タマ! 生きてる!? タマってば!」


 バスター1のコックピットを映すワイプ画面では――――多くのスクリーンが潰れた全周囲式モニターに浮かぶシートの上で、手足をダラリと下げたままグッタリとしている玉鍵が映っていた。びっしょりと汗をかいて。


「タマ! 返事して! タマ、ダ゛マ゛ぁ゛!」


Z1.<……じ………ぶ、じだ>


「ダッ、ダ゛マ ゛ぁ゜! よが、よ゛がっ゛だ」


 鼻から垂れてくる血が混じった鼻水を思い切りすする。ツーンとする奥の痛みを感じながら、アスカは緩慢ながらも動き出した玉鍵の姿に安堵した。


Z1.<状況分かるかス……アスカ。こっちはあちこち機材がイカれてる。モニターも8割方潰れた>


「……こっちも酷いものよ。でもなんとか動くわ。エネルギーのゲージがあるのか無いのか分かんないくらいだけどね」


 エネルギー節約のために赤い非常灯に切り替わったバスター2のコックピットは、今回の出撃に合わせて別の機体から無理やり引っ張ってきた計器の半数近くが死んでいる。比較的無事なのは元からザンバスター用に備えられた、この機体専用の頑丈な機材だけだった。


(メッチャ鼻痛い……たぶんコンソールにぶつけたのねコレ)


 気付くといよいよジンジンと痛み出した顔に閉口する。幸い折れてはいないようだが腫れそうだった。


 それでもあの叩きつけられるような衝撃に見舞われて、大怪我せず痛いで済んでいるのは幸運だろう。


 仮にアスカの慣性制御掌握がほんの少しでも甘かったら、玉鍵とアスカはなんの比喩でもなくペシャンコ―――いや、最悪の場合は液状化を通り越して一瞬で人体が気化するレベルの負荷を受けていたはずだ。


(私よりタマよ。一番慣性に耐えられる姿勢を保てるこっちと違って、タマはモーショントレースのために立って・・・なきゃいけない)


 人体に於いてもっとも負荷に強いのは正面からの加圧。それも座って固定されているのが理想的な姿勢である。逆に真上や真下には弱く、正面の半分程度が限度とされる。


 こうしてコックピットの姿勢制御装置が正常に働いて、常に進行方向に対して正面を向いていなければ、アスカは今ごろ首の骨が折れていたかもしれない。


「タマ、ホントに大丈夫?」


Z1.<……ああ>


 やはり玉鍵の状態は自分より酷いとアスカは直感した。先ほどから通信に乗せて流れてくる呼吸音が浅く早く、明らかにおかしいのだ。


 苦しげでも美しいままの玉鍵の顔。その首まで垂れ落ちる汗の量は尋常ではない。


 あの無茶苦茶な戦闘機動で肺などの臓器を痛めた可能性もある。死ぬほど深刻ではないかもしれないが、アスカは相棒の弱った姿に一刻も早く帰還する必要を感じた。


「寝てなさい。操縦は私がやるわ」


 初め玉鍵が単座で出撃しようとしたことから分かる通り、ザンバスターは1人でも操縦は可能である。


 もちろん1人ではあんな無茶な戦い方は不可能だ。さすがの玉鍵でも敵の大軍と戦いながら、このやっつけ仕事の機体を短い稼働時間の中で掌握するのは無理だろう。


 それを思えば自分も相棒の役にたったと感じられて、アスカは胸の奥から込み上げるものがあった。


(でもホント……恐っろしい事を考えつくものね。いくらこの機体の中でも、私たちよく生きてたもんだわ)


 ――――火器もエネルギーも無い状況で玉鍵の取った最終手段。それはザンバスターを亜光速まで加速して一種の強大な質量弾と化し、敵に叩きつけるという荒業だった。


 空母のあった・・・方向にはもう何もない。録画されていた命中インパクトの瞬間を映像で見る限り、空母はザンバスターの貫通した風穴からまるでブラックホールにでも吸い込まれたような勢いで一瞬だけ内側に巻き上がるという現象を起こし、最後は派手に爆発していた。


 そしてザンバスターを追いかけていた600近い敵編隊もまた、肉薄してきた大型機はもちろん、推力不足で後れを取った小型機さえ跡形もなく砕け散っている。


(……タマは破れかぶれで空母を倒そうとしたわけじゃない。インパクトミサイルによってバラまかれた疑似エーテルによって、この宇宙に薄いながらも衝撃波の通る空間を広く作っていた―――あれは、雑魚狩りこのための布石だったんだ)


 アスカは戦慄する。開幕のミサイル投入は味方を助けるための、目先の危機に焦った一手ではなかったと理解して。


 もし不測の事態でエネルギー不足に陥った時のために、玉鍵は最後の一手をあの時点で用意していたのだ。


 ザンビームの代わりたりえる必殺の一撃。超加速したザンバスターの余波によって、群がる敵編隊を丸ごと食い散らかすために!


 もちろん玉鍵をしても賭けの要素があっただろう。疑似エーテル界の広がりなど戦闘中に計測する余裕はなく、そもそもこの衝撃波を生み出すザンバスターによる飛び蹴りの威力など想定しているわけがない。


 だが、玉鍵はきっと信じていたのだ。


 彼女にサンダーキックを伝授したという、高屋敷法子を。アスカの教官である天野和美とペアを組み、エースへと昇り詰めた先達から受け継いだ、あの必殺技を。


(フフッ、ノリで私も叫んじゃったわ。これは和美に毒されたわね……タマと一緒に、ね)


 いつもクレバーなようでいて誰よりも熱い。それが玉鍵たまの戦い方。まさしくアスカの認める真のエースの生き様がそこにある。


 それはアスカの叔母である、ラングの戦い方にも似ているかもしれない。


 それに気付いて少女は少し苦笑した。もしあの叔母と実力以上に性格でコンビを組める者がいたのなら、天野たちはエースになれなかったかもしれないと思って。


 ここからは自分の役目。あの過酷すぎる戦いから玉鍵はアスカを無事に生還させてくれた。なら今度は体力を残している自分が無事に相棒を送り届ける番。


 そう確信して可能な限りのエネルギーロスを抑えつつ、アスカは自分たち用のシャトルを呼び出す。


 計測される時間から判断し、バスター2の生命維持装置さえカットしてエネルギーを節約する。冷却装置が止まったコックピット内は、基地に帰るころにはサウナと変わらぬ温度になっているだろう。


「もう少しの辛抱よ、タマ。必ず無事に帰すからね―――って、ウソ、まだ残ってるっての?」


 火器管制や索敵装置を担うバスター2の光学観測装置はバスター1を上回る。その機器がひとつの不穏な光点を捉えた。


 外観は半壊している。しかし、いまだに動くそれは40メートル級の敵ロボット。


 青紫のボディのあちこちから火花を散らしながらも、Sワールドの敵機らしく健気に200メートル級のザンバスターへと懲りることなく向かってくる。


 その愚かさが今は何よりも恐ろしい。こちらの機体にはもはや迎撃の余力は欠片もないのだ。血を絞るようなエネルギー節約のため、手足さえ動かすのが困難なのだから。


―――しかし、分離してバスター2で体当たりすることさえ考えていたアスカは、敵機を追い掛けるようにして飛来したふたつの光に口元を緩めた。


 そのノズルから生まれる光と波紋はアスカにも見慣れたもの。


Z1.<どうし、た? ア……スカ>


「……なんでもないわ。タマ。あんたは帰るまで休んでなさい」


BM2.<――――た―――カ――――――アス―――玉鍵さん!アスカさん! 生きてる!?>


 故障しかけの通信機が発信対象が接近したことで、なんとか機能を始める。それを内心でガッツポーズを決めながらアスカは応答した。


「無事よ。でもさすがにキツイわ。悪いけどそいつの相手はお願い」


BM2.<了解。ミズキ、行くわよ>


BM1.<オッケー、仕掛けるよ!>


 2×2のノズル光が急激な機動を描いて別れ、40メートル級を中心に次々と交差する。そのたびに2機のバスターモビルが持つ電磁ロッドから青白い放電が巻き起こり、敵の機体はスパークを起こしては破損していく。


 仕掛けて4度。10メートル級の2機は4倍もの大きさを持つ敵機に何もさせず爆発させた。無論、仕掛ける時点で半壊していたこともあるだろうが、アスカの目で見ても二人のコンビネーションは見事だった。


「助かったわ。こっちはもうエネルギーのエの字も無いから」


BM2.<玉鍵さんは通信機の故障ですか?>


 先程からバスター1への通信はアスカ側でミュートにしている。これ以上玉鍵に負担を掛けることを相棒として認められなかったのだ。


「……そうね、でも無事よ。見ての通り終わったから、さっさと帰るわよ――――そっちでまだ撃破してない連中、こっちにリンクしなさい。あれだけ倒せばこっちとまとめても『帰還条件』はクリアしてるでしょ」


 帰還のゲートは基本的に倒した者しか通れない。だが『Fever!!』なりの救済措置なのか、チームとして登録されれば撃破していなくても通る権利が与えられる。


 ただし、パイロットの数に対して5の倍数ごとに必要な最低撃破数は多くなるため、通常は参加メンバーが多くなるほど条件が厳しくなるという欠点もあった。


 しかし今回の敵は総数にして1000機以上。死んだエリートたちが倒した数を差し引いても、間違いなく過去最高の撃破レコードだろう。これなら全員をチームとして登録し、ザンバスターで得た戦果で連れて帰っても問題無いはずとアスカは判断した。


BM1.<よ、よかった、アスカ! よかったよぅ……もう初めからメチャクチャで……やめろって言ったのに>


 ミズキたちは秘匿基地を発見してすぐ退避を決断していた。しかし、そこに遅れて現れたエリート連合が早い者勝ちと言わんばかりに浅慮にも攻撃を仕掛けてあの有様である。


 その後は脆弱な10メートル級のバスターモビルでは大群相手にどうしようもなく、腹を立てつつも彼らに守ってもらうしかないという状態。


 気分的には罵りたいが、元凶とはいえ守ってもらった恩もあるということで、ミズキたちはグッと堪えていた。


 同じく、その場の連合たちも数機がバツが悪そうに謝罪と感謝の通信を入れてくる。


 だが、逆にここまでされても頑なに口を閉ざす者たちも少なくなかった。


 彼らにとってはもう理屈ではなく感情の問題であり、向こう見ずな十代の少年少女らしい反発心が完全に悪い方向に出てしまっていた。


「謝ったヤツはまだしも、残りは今後何があっても助けないわ。いいわよね? ―――特にあの連中、おまえらは勝手に死ね!」


 アスカは先程からレーダーの離れた位置に映っている光点を睨みつけ、込み上げる怒りに任せてそう吐き捨てた。


 その光は―――――機動戦力を完全に失い沈黙している秘匿基地へと向かっている。


 だがもう関係ない。あの光点が味方のロボットだったとしても。


 ザンバスターの活躍で丸裸になった基地を、卑しく横取りするために動いているのだとしても関係無い。こちらにこれ以上の戦闘継続は不可能であり、どうしたってザンバスターであの基地を潰すことは不可能という現実もある。


 それに今のアスカに大事なのは、戦い抜いた大切な相棒を助けることだけ。こんな風にシャトルを待っている時間さえ惜しいくらいだった。


BM2.<……アスカさん、そっちの通信機の調子が悪いみたいだから、私が通信を経由するわね>


「なによ、もうこっちはカツカツもカツカツ、何もできないわよ?」


BM2.<―――え、いえ、伝えてはみますが。『基地に向かったマグネチームを援護してほしい』って>


「無理に決まってるでしょ! って、そいつラングじゃないわね? 絶対違う、和美でもない。誰の通信よ? この状況で頭おかしいんじゃないのっ!?」


BM2.<無理―――無理です。いい加減にして―――あ、はい。ありがとうございます>


「……どこのクルクルパー?」


BM2.<マグネロボを開発した博士だって。今ラングお姉さまがブン殴って黙らせた>


BM1.<すごいストレートだったよ。小太りの鼻デカおじさんが1回転したわ>


 やがて現れたシャトルによってゲートが形成され、彼らは無事ザンバスターと共に帰還した。


 ……なお基地の防衛施設に迎撃されて逃げ帰って来たマグネッタ率いる数機は、理由をつけては収容を後回しにされた。ヘトヘトのパイロットたちがコックピットを出たのは日付が変わる直前の事である。

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