第94話 真剣勝負!? 唸れ必殺の〇ゼルパンチ!

<放送中>


「……やるぅ。いいデモンストレーションよ。会場が一発で黙ったわ」


 護衛と共に客席の最前列に陣取ったアスカは、玉鍵が会場入りした途端に巻き起こったブーイングが見る間に途切れる様を見て謎の優越感を感じていた。


 観客席に点在する織姫の仕込みらしい炎上役の何名かは静まり返った会場に戸惑いながらも再び野次を飛ばそうとしたものの、周囲から露骨に奇異の目で見られて口を開けなくなっているのが伺える。


 無理もない、この空気で野次を飛ばしたら買収されていますと白状するようなものだ。


「鮮やかすぎる。まるで、まるで全部見えている・・・・・・・みたい」


 隣の席でベルフラウが慄くような声を上げた。その手は激しい戦いを見たかのような高揚感によって強く握られている。


 玉鍵機の入場は壁際のエレベーターからの登場なので、客が投げ込んだゴミの中には選手に届くものもあった。しかし玉鍵の駆るアーマード・トループスホワイトナイトは、上空から投げ込まれ四散したゴミの欠片にさえ当たることなくすべてを躱している。


 その機動はまるでシャドーボクシング。俯瞰で見ている観客にさえ、彼女が対峙する対戦相手を思い浮かべさせるような迫真の動き。素人でさえ息を飲み、突如始まった勝負の行く末を見守ってしまうような迫力があった。


 こんな本物・・を見せられてはダメだ。金でも貰っていないかぎりブーイングなど誰も飛ばせはしない。


 そして白い機体から真っ白のジャージを着た少女が、静かにコックピットに片足をかけて立ち上がる。


 会場巨大モニターで抜かれたその姿に、観客たちの精神が漂白されたように白くなったのがアスカには分かった。


(私だって目がどっかに行くレベルの美人だもの。並の連中じゃねぇ……)


 玉鍵との初遭遇時はなんとか精神力とプライドによって耐え切ったアスカだが、やはり見れば見るほど尋常ではない美しさだと同性として戦慄する。アスカも自分の容姿にかなり自信があり事実相当な美少女であるものの、こいつの横ではカメラに写りたくないと思ってしまうくらいだった。


(そのうえでアレだもの。可愛げがないったら無いわ)


 ブーイングを受け、ゴミを投げられ、それでも玉鍵は観客に手を突き上げて選手として力強くアピールする。その健気な姿に会場の空気がまた動いた。この強く美しい留学生、玉鍵たまの側へと。


 あれほどの天才でありながら容易くできることでも軽視せず、どこか物事に生真面目に挑んでいる気配を持つ少女。玉鍵たま。


 恵まれた才能がある者は妬まれることが常であるが、どこか懸命な彼女の在り方は嫌味が無く、アスカも不思議と僻む感情が湧きにくいと感じていた。


「あら? 向こうも出てきたわね。遅れて来るとかチャンピオンのつもりかしら」


 対面のエレベーターから現れた5機のATを見たとき、アスカは持ち前の直感センスで即座に理解した。5機いずれも玉鍵より遥か格下だと。


 機体の挙動に現れる操作技術。統率が試される隊列取り。そして何よりコックピット越しに現れるパイロットの風格。いずれも洗練されているとはお世辞にも言えない。チンピラ、ゴロツキ、アマチュア。そんな印象しか受けない連中ばかりだった。


「……ちょっと、こんなのが優勝したワケ? なんか信じられないんだけど」


 同じ教官から教えを受けているだけで仲が良いわけではないが、なんとなく知り合いだからという理由で隣に座ることになったベルフラウに水を向けると、眼鏡の少女は眉を寄せたのちアスカのほうを見ずにボソリと呟いた。


「詳しくは知らないけど、大会では対戦相手にトラブル・・・・が頻発したんですって。さながらかすめ取るような優勝だったみたい」


 学園の名誉のためか教師やOBからはことさら賞賛されたものの、その内実を知る者たちは酷く冷ややかだったなんて話もある。運も実力のうちと言うには、あまりにも露骨にアクシデントが起きたためだ。


「ふーん。ならタマにもトラブルが起きるのかしらね?」


 ―――――それはアスカにしてみれば何となく、本当になんとなく皮肉として呟いただけの言葉だった。


「っ」


 その言葉にビクリと体を震わせたのは、合流してから一言も喋らなかった花代ミズキ。その痙攣を見たベルフラウの目が無意識に見開かれる。


 ベルフラウの脳内に散らばり薄く漂っていた疑問、疑念のピースがひとつの形となって、瞬く間におぞましい像を浮かび上がらせていく。


 その像の名は、裏切り。


「ミズキ! あなた何をしたの!?」


 肩に指が食い込むほど強く友人を掴んだベルフラウに一瞬アスカが困惑する。だがその手に『痛い』とも『離せ』とも言わず蒼白の顔で押し黙る花代を見て立ち上がる。


「あんた! さっきどこに行っていた!? 家族の連絡じゃないわね!?」


「仕方がなかったんだもん! 仕方がなかったんだものぉッ!!」

 

 訝しむ他のギャラリーや護衛に構うことなく、アスカは頭を抱えて丸くなった花代の腕を捉えて頭から引き剥がし、その顔に強烈なビンタを食らわせた。


「言いなさい! 言え! タマの機体に何をしたの!?」


 頬を打たれた花代は一瞬だけ惚けたあと、滂沱の涙を流しながら織姫たちに家族への暴力を示唆され脅迫されたことを打ち明けた。


『反応促進剤は違法ではないし、パイロットがどうこうなるものでもない。もしかしたらなんの影響もないかもしれない。これはその程度の事――――でも、断ったら貴方や貴方の家族には……確実に何か起きるかもしれないわね?』


 彼女の取り巻きによって強引に連れ込まれたトイレで、織姫は花代に向けて笑顔を向けながらそう言って、織姫にとって『どうとでもなる人間』を脅した。


 パイロットに何かすれば『Fever!!』によって相手は破滅する。だが、その何かの基準は過去の調査から直接的・・・な事に限られていると、織姫の属する銀河派閥はかなりの精度で分析を成功させたと自負していた。


 直接暴力をふるえば出てくる可能性が高いが、例をあげればシカトのような行為に『Fever!!』は反応しないのだ。


 そして人は周囲から無視されるだけで簡単に人生が行き詰まる。まして一介の女子中学生がクラスで孤立するということは人生において大変な恐怖であった。


 だから花代は引き受けるしかなかったのだ。玉鍵機が不調となるような妨害工作を。


 機体を玉鍵から預かっていた天野は教え子を信頼しており、花代の挙動にまるで不信感を抱くことなく、織姫の指示通りの手順で薬品の注入は簡単に済んでいる。


 元より反応促進剤はATで扱われる正規の薬品であり、こういった薬剤を追加投入するためのスロットさえあるのだから。


〔……Ready?―――――Fight!〕


 そしてアスカの注意が逸れているうちに無情にも先鋒戦が始まる。


「ちょっと待っ、タマ――――――な!?」


〔Down! ―――K.O! WIN TAMA!〕


 掲示板の停止タイムは開始から6秒。敵の突進を躱してたった一発のキックを放っただけでホワイトナイトが初陣を勝利で終える。


 白く輝く騎士の静かな眼差しは、無様に地に伏せた邪悪な赤帽子の妖精を見下ろしていた。









<放送中>


〔Down! ―――K.O! WIN TAMA!〕


(…………つ、強すぎ。いや待ってよ、何スかアレ)


 先鋒に続き次鋒もまた、ものの数秒で戦闘不能にされてしまった。


 あまりにもあっさりとした先鋒の決着に浮足立ったまま会場に出た次鋒は、思わず警戒して試合開始からガードを固めていた。


 そこにすっと、無造作に間合いに入ってきた留学生機によって、まるで初めからスパイクを添えられるために停止したような姿勢のまま、先鋒と同様に鋼鉄の杭によって正面から股関節を撃ち抜かれてあっさりと次鋒戦も終わってしまった。


 マッスルチューブを損傷し、ビシャビシャと股間から零れるPR溶液はさながら恐怖で失禁したかのよう。


 すぐさま会場のスプリンクラーから中和剤が撒かれて火災を防止する様さえ、無様な決着に怒った観客によって敗者に水が掛けられたかのようで酷く惨め。


 対する留学生機の静かな佇まいとの落差は――――あまりにも大きい。


 俗に世間で選手ではなく『AT乗り』などと呼ばれ、他の選手と一線を画するダーティ実戦的なスタイルが売りのサイタマ学園バトルファイト部。

 この部活に嫌々ながら黙って従ってきた春日部つみきは、こんなスマートな佇まいで敗者を見下ろす選手を知らない。


 これまで自分たちが見てきた戦技、実践してきた戦法とはまったく違う。無駄のない戦い――――打たれることなく勝つ選手。


 ひたすらに殴り合い、鉄錆とオイルにまみれながら根性で押し切ることがナックルバトルだと思っていた。いや、そのくらいしか出来ないと思っていたと言ったほうが正しい。


(ATの手足、ううん。機体すべての間合いを完璧に掴んでるんだ……そうじゃなきゃあんな攻撃当たりっこない)


 これはATに限らずロボット操作全般に言えること。近接戦、特に手足を用いた戦いの間合いを肌の感覚で実感・・するのは存外難しいのだ。


 ただでさえ自分の体ではないうえに、見れる映像はカメラを通した『空間として把握しずらい』正面のみの映像。その奥行きを映像だけの感覚で掴むことは困難で、さらに左右の視界も映像では見えていても、やはり空間・・として把握するのは難しい。


 多くの場合、機体にはこの距離感の問題を解決するために様々な補助機能が搭載されている。


 一般的には物体との距離を数値として表示したり、敵が相手ならば攻撃が届く間合いで照準レティクルが赤く表示されるなどの視覚補助がスタンダードだろう。


 しかし、『攻撃が届く距離』と『触れられる距離』とでは意味がまったく違ってくる。


(留学生は蹴ってない・・・・・。キックという攻撃アクションじゃなく、足を添える・・・・・だけのアクションを実践した……これって、あーしはできないよ)


 一見すると何でもない地味なアクション。だがその何でもない『蹴らずに触れる』事だけで済ませるアクションなど、つみきにはとても不可能だった。


 ATでの戦いとは殴るにせよ蹴るにせよ、相手を打ち抜くつもりで突進しての機体のぶつけ合いである。でなければ動く相手に当たらないし、当たってもダメージが十分入らない。


 それでも玉鍵の戦法自体は理屈として分かる。要はズームパンチと同じだ。ホビー型には搭載されていないこの虎の子の攻撃手段の代わりに、脚部につけられたターンスパイクを使って必殺の一撃を繰り出しただけ。


 実際、街の治安部隊で使用される機体にはズームパンチの機構をより攻撃的なパイルバンカーとして転用した機体もある。


(けど、足での攻撃は難しすぎる)


 ただでさえ片足となるためバランスを崩しやすく、蹴れたとしてもズームパンチほどの威力にもならない。たしかにスパイク部を当てることができればパイルバンカーと同様の効果を得られようが、そもそもATの足の裏・・・を敵に当てるというのがまず困難だ。


 まして悠長に添える・・・時間など無い。相手だって動くのだから。


 人間同士の格闘技であればまだ当てやすいだろう。しかし、ATはロボット。脚部にはグランドホイールという走行機構が備わっている。


 走る・・ことなく脚部につけられたタイヤを使い、構えた姿勢のまま走行・・だってできるのだ。そんな相手に片足を上げてまで不安定な蹴りを行うリスクは計り知れない。


 どう動くかわからない相手をATで蹴りつける。どうすればそんな隙だらけの攻撃が当たるというのか。


(操作技術だけじゃない、戦いのを読むのが恐ろしくうまいんだ。相手の心理を完全に読み切ってるから、あんなゆっくりの攻撃さえ当てられる)


 この2戦で留学生は性質のまったく違う二つの戦法を示した。先鋒相手では恐るべき反応速度と機体制御能力を駆使した一撃を。次鋒相手では心理を読み切っての致命的な一撃を。


 静と動。いずれも一流のテクニック。2戦を合わせた戦闘時間――――わずか11秒。


 いつのまにか乾き切ったつみきの喉が、ゴクリと鳴る。


 これほどか。スーパーロボットのエースとはこれほど隔絶した存在なのかと。自分たちの部活をお遊戯と口走るのも納得だ。ここまでの差があったなら無理も無い。だが―――――


 ――――だが立ちはだかる絶望的な壁を前にこうも思った。


 戦いたいやってみたいと。


(本物だ。この留学生、ううん、……玉鍵たまというパイロットは本物だ。ただひたすら、純粋に強い。どっかの誰かみたいにルールの外で勝とうとする女とは違う!)


 緋色のパイロットスーツに押し込んだつみきの体を、例えようもない不思議な高揚感が包み込む。


 これだ、こういうヤツを待っていたんだ。戦うとはこういうことなんだと。感情を殺して押し込め続けた心の奥が、殺し続けたAT選手としての自分が蘇る様に絶叫している。


 そして次は中堅戦。つまり春日部つみき、自分の出番。あの白く美しく、何より悪魔のような強さの機体の前に自分が立つ番。


「き――――みき――――つみきさん! ちょっと、聞いてらっしゃる!?」


「っ! な、な―――んスか。パイセン?」


 苛立った声の織姫に肩を殴られ、その衝撃でつみきは我に返ると一瞬の間を置き『いつものチャラい後輩』の顔に戻った。本当の自分から引き戻され、従順な後輩に戻らねばならない事にいつもよりずっと不快感を感じながら。


「忌々しいけど……あの地底人そこそこやるようね」


「あー、そっスね…」


 あれがそこそこ・・・・だったら自分たちはヨチヨチ・・・・だ。そう口走りたくなる。目の前のクソのような女と、その後ろで他人事のように構える男子も含めて。選手の中でも上位と思っていた二人の先輩は、今やつみきのなかでランク外となってしまった。


 玉鍵というランクがあまりに高すぎて、2位以下の印象がすっかり暴落してしまったのだ。


「だからあんたに作戦を授けるわ。必ず実行しなさい」


 つみきが内心でダサいと思っている頭のリボンを揺らした織姫ランが嗤う。そこに浮かんでいるのは蛇のような笑み。


 つみきは知っている。この先輩が口を出すのは後輩へのアドバイスでは決してない。自分の番に有利になるよう味方を使い潰すためだと。


「時間を稼ぎなさい。15分くらいでいいわ」


「いや無理っしょ。逃げ回っても難し――――」


「死ぬ気で逃げ回ればいいでしょう? 捕まったら組みなさい。戦うなんて考えなくていいわ。とにかくやられないように立ち回るのよ」


「あの、そんな消極的だと減点されますって」


「ポイントなんていらないわ―――あんたが勝てなくても、別にいいでしょ?」


〔中堅戦。選手は前に〕


 じゃあお願いね。当たり前のようにそう言った織姫はすぐにつみきに興味を失くし、周囲からの死角に追いやっている先鋒と次鋒の選手をいびるのに戻った。


 ……それはある意味で、織姫から見たつみきという後輩への信頼でもあったろう。自分の言うことをなんでも聞き、命令を実行するだけの実力もあると考えている態度であると。そう、見えなくもない。


 使い捨ての人材として。使い潰す人間として。織姫ランは春日部つみきを便利に使えるコマとして信用している。


 ひとりのスポーツ選手としての成績も、プライドも、自分の要求以下と心の底から信じている。つみきの人格など欠片として考慮していない。


 背後で汚い罵声と平手打ちの音が聞こえたとき、つみきは耳を塞ぐようにコックピットを閉じた。


 ATの中はいつも押しつぶされそうな闇の世界。無言のまま手探りでゴーグルをつける。


「…………きれい」


 頭部に備わるターレットカメラの映像は正しくつみきのゴーグルに表示されている。


 立ちはだかる機体は2戦していまだ傷ひとつない白いスコープダック。会場のライトに照らされたそのボディは、まるで世界の闇を払うように白く輝いていた。









 中堅戦。飛び散った装甲の破片や薬液が雑に洗浄された舞台へ3機目の赤帽子がやってくる。


(……前二人と気配がずいぶん違うな)


 この場の空気を感じながら相手を見れば、たぶん素人でも分かる。この選手はイイ感じに気合が乗ってやがると。


 初めのヤツはオレをナメ腐っていた。次のヤツはこっちにビビっていた。でもこいつは違う。自分の全力で戦ってやるって面構えが出来ている。なるほどな、ここからこっからが本番ってトコか。


〔中堅戦、レッドキャップス春日部つみき、ホワイトナイト玉鍵たま〕


 操縦席カバーを閉めても会場アナウンスはわりと聞こえてくる。ほとんどのATは気密性が無いらしいから当たり前なんだがよ。人が生身でATと戦うなら対物ライフルなんかよりガスでも撃ち込んでやったほうが楽に倒せるかもな。いや、酸素マスクでも持ち込まれたら無意味か。


〔……Ready?―――――Fight!〕


《おやん? 罠かな?》


 開始の合図と同時に、その場ですっと突き出された相手の右アーム。同じくこちらも右腕を前に出してマニピュレーター同士を破損しないようゆっくりと触れ合わせ、やはり双方が申し合わせたようにバッと距離を取った。


 ここから仕切り直しと言うように。


《危ないことするなぁ。今のでズームパンチされたら右拳が潰されてたゾイ》


(まあな。けどなんとなくそんな気配じゃねーなと思ってよ――――そら来た)


 こういうのは理屈じゃねえんだ。まあ、まるっとオレの勘違いかもしれねえけどよ。


 試合用に調整されたPR溶液の出力を存分に生かして、両脚部のグランドホイールを猛回転させた赤帽子が突っ込んでくる。左手は盾を構えるようにガードの体制。右手は弓を引くように後方に絞り上げて。さながら突剣で突かんとする構え。


 ショートカットに入れたアクションプログラムを呼び出し、中腰の姿勢を取ってこちらもホイールで加速。右のナックルパートを躱しながら相手の足めがけて、地面スレスレからすくい上げるようにラリアットをかます。


 思い切りよく突き出した分だけ上半身の泳いでいた赤帽子は踏ん張れず、足元をかっ攫われて派手に転倒した。


〔Down! 1、2―――〕


 ギシギシという駆動音を立てながらも赤帽子はカウント8で立ちあがった。さしてダメージの出るような殴り方じゃないからな。ダウンさせるための攻撃だ。


《スパイクはもう使わないの?》


(気合の入ってるこいつには簡単に決まらない気がする。それに―――)


〔Fight!〕


 次はこちらから接近する。ATのパイロット防御機構は粗末な代物、転倒すれば中の人間に脳震盪なんかの酩酊を伴うダメージがあるはずだ。こういうときに畳みかける。


 相手の振り払うような拳をタイミングをずらしてやり過ごし、タックルをかます。寸前で調整した分だけ勢いが足りず、そのまま転ばせることは出来なかったが、これ・・は懐に入れればそれでいい。


 掴んだ相手の脚部、膝関節を引きつけて文字通りのタックルに移行する。レスリングで使う相手をリングに引き倒すためのタックルだ。


 試合用と都市用。PR溶液からくるパワーの違いは顕著でも同じスコープダック。重量はどっこいどっこい。体重乗せつつ片足持ち上げられたら踏ん張れめえ。


〔Down! 玉鍵離れて! 1、2―――〕


《3ダウンを狙うとは、どういう心境変化かニャ?》


(前2戦で時間は十分稼いだし、こいつが真面目に戦うかぎりこっちも受けて立つってだけさ。スパイク戦法は所詮奇策の類、正攻法でぶつかってくる相手には当てにくいしよ)


 AT内は狭いこともあって激突や転倒の衝撃がモロにくる。向こうさんはAT用らしいパイロットスーツとヘルメットをしているから大怪我はしないだろうが、これでしばらく目は回すだろうな。


 けどよお、ここで終わりじゃねえだろう? 正面張った意地を見せてみな。


 無情に続くカウントの中、ダークグリーンの装甲が痙攣するように蠢く。固い外殻に押し込められたマッスルチューブがパイロットの操作に呼応して駆動し、ミシミシと小さな悲鳴を上げながらも赤帽子のロボットは再び立ちあがった。


《……うわー、PR溶液の調整がピーキー過ぎて人工筋肉が勝手に痛んでるんだ。戦闘時間をかけて排熱させ続けたら自然発火するかも》


〔Fight!〕


 そうかい。まあ、どうロボットのコンディションを作るのかも試合の内だ。こっちもハンデを抱えている以上、そっちをかわいそうとは思わねえよ。アクシデントなんざ戦っていれば付きものさ。


 両腕を上げてピーカブーとかいうガード姿勢を取り相手に向けて直進する。相手の『なんとか立った』というだけの直立姿勢は棒立ちも同然。迎撃にも回避にも移行するのが致命的に遅い体勢だ。押せば倒れ――――


(うおっ!?)


 こちらに反応してわずかに持ち上げた赤帽子の右腕、その機械の腕が急激に伸びた・・・


 ズームパンチ。内蔵した火薬カートリッジを撃発させて加速させる拳の一撃。


 その拳が到達する直前、ショートカットから降着姿勢を呼び出し機体をヒットの寸前でしゃがませる。


 手首から骨格に該当するシリンダーを伸ばしてスライドしたパンチは両腕のガードをガリガリと滑りながらも上に抜け、そしてこちらのカメラが捉えた映像にはガラ空きとなったダークグリーンのボディがあった。


 その胴体――――よりも上をめがけ、降着姿勢を解除した脚部の勢いもつけてアッパーを繰り出す。高所からの着地の衝撃を緩和する事にも使用されるほどの、この強力な降着装置ギミックを使って。


《おぉう、ATのが》


 ATの全高の5倍以上の高さまで打ち上がったのは赤帽子・・・。やがてガシャリと床に落下し、タイヤのように跳ねて転がっていった。


<T.K.O! WIN TAMA!>


 テクニカルノックアウト。頭部のカバー、つまり操縦席のカバーが脱落してパイロットが剥き出しとなった相手は、戦闘続行不可能として立っていても審判ジャッジに敗北と判断された。


 ……なんだよ、結構やるヤツもいるじゃねえか。ヒヤリとしたぜ。


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