俺達は夢(仮想世界)に囚われる
@akaneironofude
進編
序章 憂鬱な朝
「・・・・・はぁー・・・
つまんねー・・・
もうSNS見るのも飽きたなー・・・」
春野 進(はるの すすむ)は、鮨詰め直前の電車の中で、誰の耳にも聞こえるような大きなため息をつきながら、ボソリと呟く。
季節は冬を迎えようとしている10月の初め。まだ若干慣れない長袖を指で擦りながら、電車内の微妙な空気に息苦しさを感じていた。
寒いような、暑いような気温が、電車の中でも電車の外でも猛威を振るう。
この時期になると、この温度差と季節の変わり目に体がついていかず、体調を崩しやすい。
進の通っている高校のクラスでも、既にその影響を受けている生徒が数人いる。
進は元から体調を頻繁に崩す体質ではないものの、影響が全く無いわけではない。
若干ジメジメとした空気の中、長袖が異様に進の両腕にへばり付いている。
電車に乗っている学生の中には、何人かが持って来た長袖を脱ぎ始めていた。
進の右手には、ニュースのまとめサイトが映し出され、コメント欄には賛否両論の討論が行われている。だが、進の興味を示すものは何処にもなかった。
討論が盛り上がっても、可愛い動物のニュースでも、グルメや芸能人のニュースでも、彼の親指を止める程の魅力はなかった。
学校までの通学時間を有意義に過ごせそうもない進は、手すりに寄りかかりながら、電車に乗っている周囲の人間を観察する。
人間観察をしながら時間を潰す手段に出たのだ。
進の真横に立っているのは、今にも倒れそうな、青白い顔をしたサラリーマン。いかにもブラック企業感がむき出しだった。
座席の一番端、多くの人にとっては特等席になる場所には、違う学年ではあるものの、同じ高校に通っている女子高生が、スマホに釘付け状態。
その女子高生、SNSで友人とメッセージのやりとりをしていた。その内容は、至ってシンプル且つ、平凡な内容。
もう時期訪れるテストの話や、バイトの話、先生の愚痴・・・等、数分で話の話題が変わるくらい、やりとりは盛り上がっていた。
その光景を見て、進もSNSを開いて見るが、そもそも彼は頻繁にメッセージを送らない為、「暇」という文字を打つだけでも億劫になってしまう。
クラスメイトのグループチャットには、今も頻繁にメッセージが飛び交っている。
それを見た進は、「羨ましいな・・・」と、心の何処かで思っていた。
揺れるつり革を見ていると眠くなってしまう進は、過ぎ去っていくいつも通りの風景を見ながら、憂鬱な気分を抱えるしかない。
まだ進が降りる駅まで4つも通過しなければいけない、その時間をどうやって過ごそうか、彼は真剣に悩んでいた。
ついこの前までは、知人他人問わず、様々なSNSを渡り歩いていた。だが今の彼にとって、その行為自体が『苦行』であった。
何故なら、見ているだけで羨ましくなり、自分の置かれている境遇が、更に哀れに思えてしまうからである。
SNSには、パートナーと一緒に満喫する投稿や、子供やペットと戯れる投稿、友人と一緒に大騒ぎする投稿等、とにかく世界中の様々な人が、人生を満喫している投稿が目立つ。
微笑ましく思う反面、心の何処かで嫉妬心が芽生えてしまうのは、もはや人間のサガである。
だからこそ、現代ではあえてSNSを見ない人も多くなった。
だがそれもそれで問題が発生してしまう事もあり、ネットやSNSとの付き合い方は、現代人にとって大きな課題である。
進が通っている高校でも、年に数回は集会が開かれ、『ネットの正しい使い方』や、『SNSトラブルの対処法』等の講習が開かれる。
だが、子供達にとっては耳にタコができる話であった。
そもそもネットの犯罪に巻き込まれるのが全員子供というわけでもなく、むしろ大人がSNSを悪用しているニュースですらも、耳にタコができる話である。
そして、今の時代スマホがなければ何もできないと言っても過言でない。スマホには、どんな状況でも必ず必須になってしまう。
進も、ポケットの中に眠っている自身のスマホを手にはするが、取り出して画面を見る事はない。
友人からのメッセージを待っている間は、ぼんやりと過ごすしかないのだ。
少しでもSNSにのめり込んでしまうと、また嫉妬心が芽生えてしまうからである。
そうこうしている間に、進が降りる駅が見えてくる。進は足に挟んでいた鞄を背負い、急ブレーキに備えて身を構える。
電車の運転手によって、駅ギリギリで急ブレーキをかけるか、はたまたゆっくりとブレーキがかかるのかは分かれる。
だが、立っている乗客は、ある程度反動に耐えないと、すぐ転んでしまう。
若干の満員電車な為、倒れても他の人が支えてくれるものの、トラブルになりかねない。
男性なら誰もが恐る『痴漢』と勘違いされる事も多々ある。
そうゆう情報は、男である進もよく耳にしていた。だからこそ、手すりをしっかり掴んで反動に備える。
今日の運転手は、ギリギリで急ブレーキをかけるタイプだったらしく、進の体が突然体が右へと傾いた。
さっきまで椅子に座りながらぐっすり眠っていた人も、その衝撃で目を覚ます。
反動に負けてしまった人は、よろめきながら千鳥足で体制を整える。
もう一年もこの線路を利用している進にとって、これ程の反動は既に慣れていた。そのまま右足に力を入れ、完全に止まるまで待つ。
電車が完全に閉まり、ドアが開くと、進は颯爽と電車から降りる。進の周りでは、彼と同じ制服を着た学生達が数十人流れ出てた。
そのまま進は、握っていたスマホを取り出し、改札口に当てると、いつも通り軽やかな音声が聞こえる。
進は、その勢いでスマホの画面を見ると、友人からのメッセージが届いていた。
「『月下』
やっぱり、今日も暇・・・?」
「『進』
そうなんだよ・・・これから俺どうすればいいんだよぉぉぉ!!!」
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