第47話



モニカside



聖女が南にあるデューデン国へ旅行に行ってから、数日がたった。


ノルデン帝国は、聖女の激しい浪費のせいで資金が底を尽き、それに比例するように軍事力も衰え、民衆は飢えていた。


このボロボロな状態の内部で、民衆による暴動が起こってしまったら、今のノルデン帝国は簡単に崩落するだろう。民衆だけでなく、敵国から攻められるのも時間の問題だ。


だが、皇族達は知ってか知らずかのんびりと日々を過ごしている。

もはや皇宮でまともと言えるのは私ぐらいだ。最初の頃は、聖女に楯突く者も居たのだが、漏れなくそいつ等は聖女に粛清されてしまったのだ。

そして、皇宮内に残ったのは聖女に従順な壊れた人間だけ。壊れているからこそ、今の現状に気付かないのだろう。愚かな人間め。



―いっそのこと、こんな国なんて滅んでしまえばいいんだ。



そう念じながら、静かにカモミールティーをいれる。これはアルベルトに出すハーブティーだ。

お嬢様が好きだったカモミールティーを、クソベルトの口なんかに入れたくはなかったのだが、他の茶葉が底を尽き、カモミールティーしかなかったのだ。「てめぇは雨水でも飲んでろよ!」と言ってあげたいところだが、それをぐっと我慢する。今の私は、皇族に仕える侍女なのだ。殺せる機会が来るまで、大人しく息を潜めなければならない。


カモミールティーを入れ終わった私は、そっと後ろへと下がった。


アルベルトはカモミールティーが入ったカップを持ち上げ、その縁に唇をつける。それを見て、飲み物に毒を仕込むのもいいかもしれないと考えていた、



――その時、



「ぐっ!?」



突然、アルベルトは胸に手を当て、苦しみだした。


私はカモミールティーが気管にでも入ったのだろうと思い、「そのまま死ね。」と冷めた気持ちで、苦しむアルベルトを眺めていた。



「ゴホッゴホッ。」



ところが、アルベルトは更に苦しみ椅子から崩れ落ちた。その異様な様子に私は目を見張る。

床で這いつくばりながら、苦しみに悶えているその姿はまるで毒を盛られたかのよう……



「捕らえろ!そいつが陛下に毒を盛ったんだっ!!」



呆然とアルベルトと眺めていた私は、2人の騎士に取り押さえられた。



「はぁ!?ちょっと、待て…ぐぇっ」



屈強な男が私の身体の上に乗っかり、男と床に挟まれた私は息ができない。

一体何が起こったのだろうか。突然の展開に状況を飲み込めず、混乱したままだ。



「コイツを牢屋に連れていくぞ!」



訳もわからず、私は二人の男に引き摺られる。



「待って!私は毒なんて入れてないっ!!」



#まだ__・__#入れていない。

ただ、私は飲み物に毒を仕込むのもいいかもしれない、と思っただけだ。


それが何故?


まさか、私の怨念がカモミールティーを毒に変えたのだろうか?そんな馬鹿な、有り得ない。魔力のない私がそんなこと出来るはずがない。もし、出来るのであればとっくの昔にアルベルトを殺していただろう。


では、何故こんなことに…。混乱する頭で必死に考えるが、考えれば考えるほどパニックに陥った。



そうこうしているうちに、牢屋の前に辿り着いてしまった。

必死に抵抗するも男2人に力で勝てるはずもなく、私は皇宮の離れにある牢屋の中へとぶち込まれた。



―…嘘だろ…。



絶望で目の前が真っ暗になる。

冷たい床に座り、頭を抱えた。このまま、私は殺されるのだろうか。何も成し遂げてないのに…?


悔しさで涙が滲む。泣かないと決めたのに、どんどん涙は溢れだしてきた。



「ちくしょう…ちくしょう…」



勝手に流れてくる涙を、腕の袖で乱暴に拭う。


泣くな、泣いても何も変わらないって、知っているだろ。泣いている暇があったら、考えるんだ。こんな所で終わるわけにはいかない。

だって、私はお嬢様に誓ったんだ。絶対にこの手で聖女とアルベルトを殺してやるって。


誓いを思い出した私の瞳に再び闘志の炎が宿る。

そうだ、まだ終わっていない。チャンスは幾らでもある。

見張りで来る奴らから鍵を奪って逃げればいい。同情でも、女の身体でも使えるもは全てを使って、私はここから出てやる。


決意を新たに、私は見張りのヤツらが来るのを待ち構えた。



※※※※※



牢屋に入れられてから1週間が経った。


何故、1週間経ったことが分かるのか。理由は簡単、ここに来て、7回太陽が登ったからだ。

日付の感覚が狂わないように、石の壁に傷を付けて数える。おかげで爪は削れボロボロだ。その手を見て思い出すのはお嬢様の手。不器用なお嬢様の手は、いつもタコだらけで、それを手袋で隠す姿は痛々しかった。


お嬢様を思い出し、胸が苦しくなる。だが、そんな心情なんてお構い無しに、私のお腹は実に素直だった。冷たい牢屋に空腹を知らせる音が鳴り響く。



「…クソがっ。せめて、1日1回ぐらいはメシ寄越せよ。」



思わず悪態をつき、冷たい床の上に寝そべった。

この7日間、不思議なことに誰も牢屋に来なかったのだ。

本来、様子を見るために見張りの奴らが来るのだが、誰も来ないとはどういうことだ?


情報源が何も無いこの牢屋では、空腹に耐えながら、ただ悶々と過ごすことしかできない。誰かが来れば、そいつから色々と聞き出せるというのに…。


ふと、視界に入り込む自身の鉄錆色の髪の存在に気付く。



―…髪食えば、少しは腹の足しになるかな。



髪は肉と一緒でタンパク質から出来ていると、誰かが言っていたような気がする。私は髪の毛を1本抜き取り、口に運んだ。



――その時、



「ひぃぃぃぃぃっ!!!」



1人の屈強な男が情けない声を上げながら、牢屋に転がり込んできた。見張りの男だっ!!

獲物を見つけた猛禽類のように、目を見開いた私はすぐさま起き上がり、柵をつかんだ。



「おい!お前っ」

「くわばらくわばら…」



男はその大きな身体をガタガタと震わせ、顔面蒼白になりながら、ブツブツとまじないを唱えている。

その男の尋常ではない様子に、ただならぬものを感じた私は男に話しかける。



「おい!モブ!一体何があったんだっ!」

「も、モブ?」

「そこに突っ込むんじゃねーよ!脇役!質問に答えろっ!」

「ひぃっ」



思わず怒声を張り上げると、男はその勢いに怯みメソメソと泣き出した。

大の男が膝を抱えて泣くだなんてみっともないっ!!私は舌打ちをして、鉄の柵を蹴り上げた。



「泣いてたらわかんねーだろ!しっかりしろっ!」



ビクリと肩を震わせた男は、「陛下が……わからない、何故…恐ろしい…聖女様…あぁ、…うっうっ……殺さないでくれ………」と途切れ途切れに話すが、何の話なのかさっぱりわからなかった。



―まさか、暴動が…?



男の錯乱した様子は私の予感を裏付ける。

もしくは、敵国にでも攻められているのだろうか。どっちも有り得る話だ。

背中に嫌な汗が流れた。



「おいっ!モブ!!私をここから出せっ!」

「くわばらくわばらくわばら…」

「出さねーと、お前を呪い殺すぞっ!魔力のある私にかかれば、お前なんて一捻りであの世行きだっ!!」



吠えるように虚言を吐き出す。完全なはったりだ。だが、冷静さを失った男には効果てきめんだったようで、震える手で鍵をこちらに投げてきた。いや、そこは開けろよ、と思いつつも私は柵の間から腕を伸ばし、鍵を拾い上げた。そして、鍵穴に鍵を差し込み、乱暴にガチャガチャと動かすと、解除を知らせる音が小さく鳴った。


私は勢いよく牢屋から飛び出した。その勢いで、鉄の柵の扉に顔面をぶつけた男が「ぷぎゃっ!!!」と叫んでいるが、それに構っている暇なんてない。そのまま外へと駆け出す。


だが、1週間ぶりの空を見て、思わずその足を止めた。



「何だ、あれ…。」



皇宮の空は、真っ赤に染まっていた。今まで生きてきて、こんな空、見たことがない。

唖然と空を見上げる私の鼻に、きな臭い匂いが漂ってきた。…何が燃えている…?

視界を巡らせると、皇宮の北の方角に黒煙が上がっているのが見えた。



―火事だっ!



確かあの方角は、皇宮の中庭がある場所だ。考えるよりも先に、足が中庭へと走り出した。



―急げ急げ急げ…!やめろ、やめろっ!アイツを殺すな…!



中庭の方角から逃げて来た人々の波に抗いながら、私は必死に前に進む。殴られようとも、足を踏まれようとも、突き飛ばされようとも、私は決して足をとめなかった。



―アイツを…アルベルトを殺すのは私だっ!



1週間も飲まず食わずでいた私の身体はとっくに限界を迎えている。立っているのもやっとだというのに、アルベルトを殺すという執念だけが、私の身体を突き動かしていた。


そんなボロボロの私は、無我夢中で中庭に飛び込んだ。



「―っ!?」



熱風に襲われ、咄嗟に目を瞑る。

熱いっ!!今まで経験したことの無い熱さに、皮膚が爛れてしまいそうだ。


腕で顔を庇いながら、ゆっくりと目を開ける。



そして



目の前に広がる光景に、言葉を失った。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る