第20話 訓練




大魔王と遭遇した後、アオは人型のまま海を泳ぎつづけた。


思いのほか鯵が美味しかったので、乱獲して備蓄してやろうと思ったのだ。


クジラの姿なら味わう隙もなく一瞬で終わる食事も、人型ならゆっくりいただくことが出来る。おなかいっぱいにはならないけど。


しかしなんでかな?5000匹捕まえたあたりから鯵を見つけることが出来なくなった。


絶滅させる訳にはいかないので程々にしていたのだけど...


超音波で調べてみると、現在地よりもはるか遠くにいることは分かったが、私が移動する間に相手も移動するだろう。私には関係ないが。


でもひとまずここらで終わりにしておこう。なんだかお肉も食べたくなってきた。


前回買い込んだ串肉は既に食べきってしまったので、別の店で買った串肉のソースの味が恋しくなってきたところだ。


決断後即行動!私は転移した。


王都は相変わらず騒がしく、道行く人は忙しそうに顔をしかめている。


串肉を買う前にギルドに顔を出そうと思い冒険者ギルドに向かうと、ちょうど宝石でゴツゴツした衣装に身を包んだ横に大きい男性がギルドから出てきた。


見るだけで不快になりそうなニンマリとした表情と歩く度に揺れる大きな腹、額には沢山の汗が浮かんでおり、少し顔を振ればこちらにまで飛んできそうだ。


「これが成功すれば吾輩も最高幹部の仲間入りだな!」


よく分からない言葉を零しながら仰々しい馬車に乗りこみ、そのまま走り去っていった。



「...あの肉は不味そう」


アオが去っていった馬車を見ながらそう呟くと、特に気にせずギルドに向かった。


冒険者ギルドに入ると中ではヒソヒソと話す声が聞こえる。アオが耳を澄ますと内容はとある依頼についてだった。


「海の巨大生物討伐だってよ」

「カマセイヌ侯爵の依頼だろ?ろくなもんがないじゃねぇか」

「でも羽振りはいいから、多少困難でもチャレンジしたいよな」

「侯爵の自領の兵士を全投入するらしいぞ。複数の冒険者と合同でいけるらしい」

「最大で300人か...B級以上ってそんなにいたか?」

「ランクが上がるにつれて少なくなるのは当然だからな。いないことはないが、これは受けないんじゃないか?割に合わないし」



アオは受付に近づくと初めて見る受付嬢に話しかけた。


「すみません、手頃な依頼ってありますか?」


「て、手頃な依頼ですか...」


ちょっと待ってくださいね...と受付嬢は慣れない手つきで資料をゴソゴソと漁り始める。


彼女の名札の横には『研修中』という札がついており、ここにきてまだ日が浅いことが伺える。そんな娘に『手頃な依頼』なんてオーダーしてしまうなんて...普通に嫌な客じゃん私。


「こ、これならどうでしょうか?『自主訓練の相手』です!」


「じゃあそれでお願いします。」


受付嬢はこれまた慣れない手つきで依頼の処理を行うと、訓練場の方向を指差す。


「地下の訓練場にて待機されてるみたいなので、そこに向かってください。」


「はーい」


彼女の言うままアオは地下へと向かっていった。


アオがいなくなると、受付嬢ははぁ、とため息をついた。


「ランクが高くて暇な冒険者はああやって手頃な依頼を受けるらしいけど、まさか私が初めて当番やる時に来るなんて...」


私よりも年下だろうに、と思いながら依頼書を眺めていると彼女のランクが目に入った。



「え...E級...?」


「お疲れ!あれ?この依頼捌けたんだ!依頼者がA級で生半可な実力じゃ太刀打ちできないからどうしようかと思ってたんだよね!受注可能ランクもA以上指定だし。誰が受けたの?」


「あ、あの...えっと...」


どうしましょう、私、今日でクビになるかも?










※※※




階段を降りるとそこには大きな闘技場のような空間が広がっており、数人の冒険者が訓練を行なっていた。


その中に、以前ギルド内で見かけたA級冒険者のおじさんがタンクトップ姿で立っていた。


「お!嬢ちゃん!もしかして依頼のやつか?」


「はい。訓練の相手ってことでいいんですよね?」


「あぁ、少し相手をしてくれればいいぞ。」


おじさんは「A級にこんな嬢ちゃんいたか?」と呟きながら訓練場の中央で腕を構えた。


アオも見様見真似で腕を構える。


「嬢ちゃん、あんたの力を知りたい。一発打ってくんねえか?」


彼は自分の頬を指で指し示すと、ちょいちょいと拳を打ち付ける動作をした。


「え?」


アオは素で聞き返した。


彼のことは以前鑑定EXでみたから知っている。人間の中では上位の実力者である。


いやでも、私が殴ったら消し飛ぶぞ?肉片しか残らない。


「...いいんですか?」


「おう!遠慮せずに思い切りきてくれ!」


彼がここまで言うのだ。クジラの大きさが凝縮された私の力にも耐えられる何か秘策があるのだろう。


それじゃあ遠慮なく。


「行きます!」


「おう!」


アオは拳をおじさんの頬めがけて振りかぶる。その瞬間、アオはあることを思い出した。




ーーあ、私魔力を《時空魔法》で押さえつけてたんだった。解放しよっと。ーー


拳が頬に触れる瞬間、アオの身体から爆発するように魔力が溢れ出す。アオの拳が彼の頬にめり込んだ。



「ぐほぉおおおお!!!!!」




ドゴオォォォォォン!!!!



空中を回転しながら吹き飛んだおじさんは、そのまま訓練場の壁に激突した。その場所からは砂煙がもくもくと立ち昇っている。


殴った体勢のままアオは顔を引き攣らせる。



(あちゃぁ..やってしまった...)


即座に魔力を押さえつけ彼の様子を見に行くと、彼は頬に拳の痕をつけた状態で気を失っていた。


「おいおいおいおい!!!なんの騒ぎだ!?誰だあんな魔力を放出したのは!?」


ギルドマスターが荒々しく声を上げながら訓練場に乗り込んでくる。そしてアオの姿を見るや否や、顔を引き攣らせ頭を抱えた。


「...今のは嬢ちゃんが?」


「....はい...」


「...本当に?」


「はい...」



ギルドマスターは「ちょうどいい、確かめるか...」と呟くと、アオに


「少し待ってろ」


と言い残しどこかへ向かっていった。



ーー5分後ーー




今、アオは全身鎧に身を包み巨大な戦斧を構えるギルドマスターと向かい合っている。彼の身体からは凄まじいほどの魔力を放出されており、普通の人ならばその威圧で動けないほどだ。私は微塵も堪えてないけど。



「嬢ちゃんの実力、見せてもらうぞ!!」



どうしてこうなるの!?



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