第61話

 少しの後、エメラインは村を出て、近隣の森の中へと足を踏み入れていた。


 木々が立ち並ぶ森の中を、下草を踏みしめながら、エメラインはとぼとぼと歩く。


 村を出てきたのは、何か考えがあってのことではない。

 心の向くままに足を動かしたら、ここに来ていただけのことだ。


 そろそろあたりも暗くなってきたが、その暗さも今のエメラインには心地が良かった。


 このまま闇に溶け込んでしまえたら、どんなに気持ちがいいだろう。


 そんなことを考えながら歩いていると──


「ん……?」


 エメラインの耳が、ふと、自分以外の足音を聞きつけた。


 彼女の背後から数人が、下草を踏みしめてエメラインのあとをついてきている。


 振り向いたエメラインの視界に映ったのは、数人の男たちの姿だった。


 エメラインは目を丸くする。


 薄闇の中を近付いてくる男たちの中には、見覚えのある顔が二つあった。

 酒場でやり合った、チンピラ風の二人組だ。


 そのほかにも似たような雰囲気の男が三人いて、全部で五人。

 彼らの仲間だろうか。


 エメラインの全身に、一気に緊張が走る。


 なぜ彼らがここにいるのか。

 まるで自分のあとをつけてきたようではないか。


 と、ここでエメラインが危機を察して逃走に徹していれば、まだしも違う結果になっていたのかもしれない。


 だがフード姿の少女の脚は、震えて動かなかった。


 あんなやつらに怖じ気を見せてはいけないという気概と、今すぐ逃げるべきだという本能とがぶつかって、彼女をその場に押しとどめていた。


 男たちが、いよいよ間近までやってきた。


 酒場でやり合ったうちの一人が、ニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべて声をかけてくる。


「よう嬢ちゃん、さっきぶりだな。わざわざ自分から、こんな人気のない場所まで来るなんて、何を考えてんのかね。誘ってんのか?」


「あなたたち……どうしてここに……!」


「はっ、『どうして』だって? そりゃあ一人で歩いてるお前を、たまたま見かけたからだよ。あの生意気をしたガキが一人で歩いてんのを見かけたら、今度こそワカらせてやろうと思うのは当たり前だろ?」


 そしてほかの男たちも、下卑た笑い顔で口々に声をあげる。


「それにしても情けねぇなお前ら。こんなメスガキ一人にやられたのかよ」


「違うって。あんときは妙な冒険者たちに邪魔されたんだよ」


「けどこの女もちったあやるから、甘く見ると痛い目に遭うかもな」


「言ったって五対一だろ。無理無理」


「さあ子猫ちゃーん、今度こそお楽しみの時間でちゅよー」


 男たちはやんややんやと囃し立てながら、エメラインを包囲するように動いていく。


「くっ……!」


 エメラインは戦う構えをとった。

 その視線を油断なく周囲へと走らせる。


 自分は強いんだから大丈夫、こんなチンピラたちなんかには絶対に負けない。

 エメラインはそう、自分に言い聞かせていた。


 護身術の教師が口を酸っぱくして言っていた、「最大の護身は逃げることだ」という教えだけは、彼女の心にまったく響いていなかったのだ。


「よぅし、それじゃさっそく──抗ってみせろよ、お嬢ちゃん!」


 男たちのうちの一人が、立ち上がった熊のような姿勢でエメラインに襲い掛かってきた。


 迎え撃つエメラインは意識を集中し、感覚を研ぎ澄ませる。


 多勢に無勢の状況で、寝技や拘束技の類は使えない。

 打撃技で対応するしかない。


「──はあっ!」


 エメラインは襲い掛かってくる男の手を素早くかいくぐり、男のあごに鋭い掌底を撃ち込んだ。


「がっ……!」


 下あごを綺麗に撃ち抜かれた男は、エメラインにもたれかかるように倒れてくる。


 エメラインは素早く横に跳んで、倒れ込んでくる男の体を回避した。


 自分の横でどさりと倒れた男の姿を見て、エメラインの心は奮い立つ。


(──よし! やれますわ!)


 所詮はチンピラだ。

 慎重に動きを見ていけば、太刀打ちできない相手ではない──そう思う。


 一方でほかの男たちは、少し驚いたような様子を見せていた。


「あー、もう。だから言ったのによ」


「へぇー、結構ガチじゃん。おもしれぇ」


「おらテメェら、さっさと囲むぞ。痛い目見たくなかったら油断すんなよ」


「オーライ」


 四人の男たちは、四方からエメラインを包囲する形に取り囲んでくる。


 エメラインはなるべく死角を作らないよう位置取りしながら、周囲へと注意深く視線を配った。


 ──が、そのとき。


「くそっ……! 痛ってぇな、このガキ!」


「えっ……?」


 エメラインの足首が何者かにつかまれ、その体が勢いよく引きずり倒された。

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