第37話 いい人では?

 商人ハロルドの馬車は、午前中の早い時間に街を出立した。


 荷馬が蹄の音をかっぽかっぽと鳴らしながら、初夏の街道を進んでいく。


 護衛の冒険者たちも、それに徒歩で同行した。

 目的の村までは、まる三日ほどかかるという。


 馬車はやがて大きな街道を逸れ、細道へと進んでいく。


 出立した日、明るいうちは特に問題なく旅が続いた。


 夜になるとハロルドは、使用人たちを使って野営の準備を始める。


 彼は護衛の冒険者たちも働かせて、たき火作りや料理、テントの設営などを行った。


「よし、夕食の準備ができたな! では食事をしたまえ諸君! 料理は十分にあるから、おかわりがほしい者は遠慮なく言うがいい! ワッハッハ!」


 ハロルドは自分でも料理をよそいながら、冒険者たちにも料理が盛られた器を渡していく。


 ソーセージがたっぷりと入った具だくさんのシチューに、香ばしく焼かれた柔らかいパン。

 旅先で食べる料理としては、十分すぎるほどに上等だった。


 それもそのはず。

 ハロルドは荷馬車に相当な量の食料品を積んでおり、それを惜しげもなく使って、彼の使用人の一人である料理人に調理させていたのだ。


 食費はすべてハロルド持ちだ。

 昼食でも、かなり豪勢なサンドイッチが冒険者たちにふるまわれていた。


 夜の闇の中、たき火の周りに集まって、商人の一団と冒険者たちがともに食事をする。


 ジャスミン、ルシア、ワウ、そしてケヴィンの四人は、たき火を囲んでおいしい料理を口にしながら、ほんわかとしていた。


「ハロルドさん、ええ人やん……」


「いい人ですね」


「ああ、いい人だな! おかわり!」


「あ、俺やります。──勝手によそっていいですか、ハロルドさん?」


「ワッハッハ、構わんぞ! あとワシはいい人ではない。護衛の冒険者に旅先で襲われてはかなわんから、快適な護衛環境を提供してワシを最後まで護衛したほうが得だと思わせているだけだ。ワシは金儲けのためなら小銭は惜しまんのだ。ワッハッハ!」


 ちなみに使用人たちも同じ待遇なので、彼らはおおむねハロルドのことを慕っていた。


 一方でもう一つの冒険者たちも、団欒の様子で食事をしていた。


 特に目を引くのは、銀髪の魔導士ローナと、体格のいい斧使いの戦士ダリルとのやり取りだ。


「うっ……にんじん……」


「なんだお嬢、まだにんじん苦手だったのか。どうしても無理なら、残しといたら俺が食ってやるぞ」


「はぁっ……!? バ、バカじゃないのっ!? ボクの残したの食べるとか、ほんっとあり得ないし! キモいしっ! ていうかボクのこと、人前でお嬢って呼ぶなって!」


「おおっと、悪い悪い。でもお嬢、『キモい』はひどくねぇ? 俺だって傷つくぜ?」


「自業自得! ていうかボクの話聞いてるダリル!? 右の耳から左の耳に抜けてるよね!? 頭の中身どこに落としてきたのさ!」


 頬を赤らめて突っかかるローナと、それをいなすようにあしらうダリル。


 ダリルは二十代前半という年頃で、ローナよりいくぶんか年上だが、二人はいいコンビであるように見えた。


 そんな二人の様子を、一緒に食事をする盗賊の少年は羨ましそうに見て。

 もうひとりの神官の男は、少年の様子も含めて微笑ましげに眺めていた。


 ローナたちのパーティは、魔導士のローナだけがCランクで、戦士のダリルと神官はDランク、盗賊の少年はEランクなのだという。

 デコボコ具合では、ケヴィンらのパーティともいい勝負であるかもしれなかった。


 そんな調子で穏やかな夕食を終えて、全員で片付けを始めた頃──


 ピクリと、盗賊のジャスミンが反応した。


「しっ、みんな静かに……! これは──」


 食事の片付けをしていた周囲の使用人や冒険者たちが、その場で麻痺したかのようにぴたりと動きを止める。


 ジャスミンは耳元に手を当てて、聴覚に意識を集中させる。


 ローナたちのパーティの盗賊の少年も、遅ればせながら聞き耳を立てはじめた。


「……何か近付いてくる……右手の森の奥からやな……数は五体ぐらいか……?」


 ジャスミンが盗賊の少年に、確認の意味で視線を送る。


 少年は自信がなさそうにしながらも、こくりとうなずいた。


 索敵の専門職である盗賊が、かろうじて探り当てられた程度のかすかな物音だ。

 ほかのメンバーにはまだ察知できない。


 ハロルドが、おそるおそるジャスミンに聞く。


「モ、モンスターかね……?」


「音だけじゃはっきりとは分からんけど、多分そうです。こっちに近付いてきてるんで、このままだと鉢合わせですね」


「よ、よし、分かった! では護衛の冒険者たちよ、モンスターを倒してきたまえ! こんなときのために諸君らを雇ったのだからな!」


 依頼人の言葉に、八人の冒険者たちは互いにうなずき合う。


 そして思い思いの武器を手に、森の中へと踏み込んでいった。

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