第17話 歌声山

 やや赤茶けた肌色の山肌を踏みしめ、ケヴィンら冒険者一行は山道を登っていく。


 早朝から登り始めて、もうすぐ昼前という頃。

 温暖で湿潤なこの地域には季節があり、今は春の時期だ。


 真っ青な晴天から降り注ぐ陽の光はまばゆくとも、その陽気は気持ちがいい。

 ケヴィンらはときおり休憩を挟みながらも、順調に登山を続け──


 やがて、問題の地形へと差し掛かった。


「さて、厄介なのはここから先やな」


 先頭を進んでいた盗賊のジャスミンがそう口にして、足を止めた。

 彼女が見すえるのは、これから向かう先にある地形だ。


「足を踏み外したら、真っ逆さまですね……」


 ケヴィンもまた足を止め、そう感想を漏らす。


 ケヴィンたちが見すえる先には、切り立った断崖絶壁に沿ってぐるりと伸びる、狭い岩棚の道があった。


 その道の右手側は、天高くそそり立つ崖。

 道の左手側は、ケヴィンが口にしたとおり足を踏み外したら真っ逆さまな、逆の意味での崖っぷちだ。


 道幅はおおむねのところ、両腕を左右に伸ばしたよりは広く、一人ずつ歩いていくならば、何事もなければ問題なく進めるだろう。


 ただし山頂も近くなってきて、風がびゅうびゅうと吹きすさんでいる。

 何が起こるか分からない怖さはあるなと、ケヴィンは感じていた。


「一応は、軟着陸フェザーフォールの魔法がありますけど……」


 魔導士のルシアが、そう言って言葉を濁す。

 それに口を挟むのはワウだ。


「ああそれ、高いところから落ちたときに、落ちるのがゆっくりになる魔法だったな。だったら落ちても死なないな」


「うん。でも誰かが落ちたときに、私がすぐに反応できるかどうか……」


「ま、あてにしすぎは良くないってことな」


 そんな先輩冒険者たちの言葉を耳にしつつ、ケヴィンは考える。


 あの崖沿いの道は、道幅に余裕はなく、前衛と後衛が入れ替わるのはやや困難かもしれない。

 彼は先輩冒険者たちに向かってつぶやく。


「ここはジャスミンさんでなく、俺が先頭に立った方がいいかもしれません」


「ああ、そうかもね。ここでモンスターに襲われるとか、あまり考えたくないけど」


「とはいえ、ここは『歌声山』ですからね。むしろ前衛も後衛も、あまり関係ないかも」


「「「あー」」」


 ルシアの言葉に、ケヴィンら残り三人が、何かを察したような声を上げた。

 ここ「歌声山」は、その名前の由来となったモンスターが出没することで有名なのだ。


 ともあれ、何かあってもなるべく対応しやすいように、ケヴィンたちは隊列を組んで崖沿いの道へと進入していく。


 先頭はケヴィン。

 その後ろにジャスミン、ルシア、ワウと続く形だ。


 風がびゅうびゅうと吹きすさぶ中、ケヴィンは崖沿いの道を慎重に、しかし勇気をもって進んでいく。


(剣の腕だけではどうにもならない相手もいる、か……)


 彼は冒険者ギルドのギルドマスター、ヒューバートから言われた言葉を思い出していた。

 自然の地形もまた、冒険者が立ち向かうべき相手と言えるだろう。


 一方で、聖騎士見習いの訓練には、こんな極地での行動を想定したものはない。

 体力づくりや型稽古、あるいは模擬戦形式の決まりきった訓練がほとんどである。


(なるほど、父さんの言うとおりだ)


 ケヴィンは、冒険者の道へと踏み出してみて正解だったなと感じていた。


 あのまま正規の聖騎士に推薦されてそれを受けていれば、地位は安泰だったかもしれないが、自分は才能に増長するばかりの井の中の蛙になっていたかもしれないな、と。


 だが冒険者が戦うべき相手は、自然の地形ばかりでもないのも確かだ。

 もう一つの脅威が、崖沿いの道を進んでいる途中のケヴィンたちに襲い掛かる。


 ──どこかから「歌声」が聞こえてくる。

 それは耳に心地の良い、とても綺麗な歌声だった。

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