第23話 家族との食事

「──まさか、希空あなたに食事を御馳走になる日がくるなんてね」


 ここは、とあるしゃぶしゃぶ食べ放題の店。

 俺は久しぶりに顔を合わせた母と妹をつれ、日頃の感謝の気持ちを表すために、初任給を手に外食へと来ていた。


「本当、最近は驚かされっぱなしだわ。借金もそうだし、この事も。何より家の前に警察が立っていて『日輪さん、おかえりなさい』って言われる日が来るなんてね……」

「あ、あぁ……あれには俺も驚いたよ」

 

 シロルの計らいにより、手配されたのだろう警察が。

 今日の昼までは居なかった筈の、が!

 母さん達を家に向かい入れるとき、普通に玄関先に立っていて「こんばんわ」してきたのだ。


 アイツのしたり顔が目に浮かぶ……。

 遊び半分で国家権力を使うのは、本当にやめていただきたい。


小夜さよもね、ずっと帰ろう帰ろうって心配してたのよ?」

「だ、だって……。私だって心配するよぉ。ノアにぃ一人で心細いだろうし」


 俺の一個下で、学校の後輩でもある可愛い妹、日輪小夜ひのわさよ

 天使の輪が見えるほど綺麗な黒髪で、髪型の一部以外はショートヘアー。

 目は若干つっていて、なんとなく猫っぽい顔立ちをしている。

 今は久しぶりで照れているのか、俯向きながら唯一伸ばしている、こめかみからもみ上げにかけての髪を、指でいじっているのだが……。

 

「ふふっ。じゃぁ、食事が来る前に少し化粧室に行ってくるわね」

「あぁ、いってらっしゃい」


 向かいの椅子から立ち上がる母さんを見送り、テーブルには俺と、すぐ隣に座る小夜の二人になった。


「あー……小夜は大丈夫か? 借金の件、聞かされて心配になったろ」


 借金そのものは両親が背負ったものだ、それでも家族である以上、何かしらの心配はしてしまう。俺もそうだったから……。

 しかし、


「ノアにぃは優しすぎるよ……。自分が一番大変だったくせに」


 俺の質問に、小夜は想定していた回答とは別の答えを答えた。

 てっきり「不安だった」「今後大丈夫なのかな?」みたいな事を聞かれると思ったのに……。


「お母さんから聞いたよ。家に一人っきりなのに、取立ても来てたんでしょ?」

「まぁな……」


 妹を気遣ったつもりが、逆に気遣われてしまった。

 そんな彼女の成長が妙に嬉しく、ちょっと泣きそうだ。


「多少は怖い思いをしたけど、警察が動いてくれてるみたいだし大丈夫だよ。今は小夜の方が心配だ」


 涙をぐっと飲み込み、俺は小夜の頭をそっと撫でる。


「ちょっとノアにぃ!? もう子供じゃないんだから……」


 そう言いながらも、小夜は気持ちよさそうに目を細め、俺の行動を受け入れた。

 さわり心地の良い艷やかな髪を、優しく撫でる。

 少しでも、ほんの少しだけでもいいから、彼女から不安が消えますようにと。


「──あら? 貴方達、随分仲良しね」


 母の登場と共に、顔をトマトの様に真っ赤に染めた小夜によって、俺の手は弾かれた。

 そして捲し立てるように、


「べ、べべ別にそんな事ないよ!! ノアにぃがどうしても私を撫でたいって言うから撫でさせてただけなんだから! あ~、料理来たみたい!」


 っと無理やり話題を差し替えたのだ。

 やっぱ小夜も思春期だな、人の目を気にするなんて。

 兄妹なんだから、あれぐらいで慌てること無いだろうに……。

 ──ってまてまて! 人をダシに使って言い訳しやがった!?


 小夜は何食わぬ様子で、スマートフォンをいじりだす。

 その中、母の冷たい視線がこちらに向けられる。

 この理不尽な状況に、多少の居心地の悪さを感じたので、俺は異議申し立てを行おうとした。


 したのだが……。


 小夜は突然、母さんに見えないようにテーブルの下でスマートフォンで俺の足を小突く。

 何事かと下を見ると『ごめんね、ノアにぃ。ごめんね』っと、画面には映し出されていた。

 

 ……さて、どうするか。


 母さんは、さほど気にした様子もなく、店員から料理の品々を受け取っている。

 俺も俺とて、小夜のスマートフォンに映し出された文字を見て、抗議する意志が消えていた。


「まぁいいか、悪役になるのは仕方がない。なんたって兄だからな!」


 そもそも頭を撫でたのは、俺の意志で行ったこと。

 多少の汚名ぐらい甘んじて受けよう。

 

 ポケットからスマートフォンを取り出し、指で画面を弾く……。

 SNSアプリを起動し、小夜へとメッセージを送った。


『別に、怒ってないよ』


 返事を送り終わった時には、母さんも、小夜も箸を取り、食べ放題の肉をしゃぶしゃぶしていた。

 俺もスマートフォンをポケットに入れ、箸を手に取り食事をする。


 そんな時だ、返事に気付いたのか小夜は箸をおき、再びスマートフォンを取り出す。

「食事中はスマフォ禁止」っと母さんに注意されるものの。

「少しだけだから」っと言って操作をする。


 その後、横目で俺を見てはにかんだ笑顔を見せた。

 

「……何が『もう子供じゃないんだから』だ。十分子供だろ」


 テーブルの下でこっそり見るスマートフォンの画面に、つい小さくツッコミを入れてしまった。

 何故ならそこに映し出されていた文字は、


 『また、二人っきりの時にナデナデしてね』


 と言う、可愛らしいオネダリだったのだから……。


 


 


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