第27話 帰り道

「おい、誰も居ないやんけ……」


 俺は、終わりの見えないランニングと言う、折檻一歩手前の罰を受けていた。

 そして気づく。

 暗くなったグランドに、ポツンと一人残されて居ることに……。


「あ、あの人──本気で止めていいって言わずに帰りやがった!」


 分かっていた。

 こうなる事は分かっていたけれども!

 それとも何だ、明日の朝まで走ってろってか?

 いや、あの人なら言いかねないけど。


 …………もう知るか、帰ってやる!!


 半ばヤケクソになり、足を震わせながら部室へと向かう。

 入るやいなやドアに鍵をかけ、意気消沈した俺は、電気を付け小汚い床に突っ伏した。

 

「はぁ、なんでバカ正直に走り続けてんだろうな」


 本当何でだ?

 手を抜くことだって、その気を出せば逃げ出す事も出来るのに。


 仰向けになり天井を見上げる。

 そして、手で顔を隠すように、蛍光灯の明かりから逃げた。


「……プレゼント、相澤にはあげたのに、自分が貰って無いから怒ったのかな?」


 そんな想いが、頭の中を駆け巡る。

 手を抜けない事や、逃げ出さない理由。

 その答えは、はっきりと自分の中で出ていた。

 姫乃先輩が口にした『苛立ち』……。

 それを考えていたから、俺は彼女の課した罰に、手抜きができなかった。


「それがもし、俺に対しての嫉妬だったなら──」


 窓のない、鉄筋コンクリート構造の部室に、独り言が響く。

 それを聞き、俺は妙に冷静になった。

 自分が口走った内容が恥ずかしくなり、誤魔化すように勢いよく体を起こす。


「思い上がりも良いところだよな。聞かれたら『貴方はナルシストなのかしら?』なんて言われるに違いない。さて、外はもう暗いはずだ、いい加減帰るか」


 俺は床に手をつき、立ち上がろうとする。

 足が痛くてスッと立てない。

 これはどう考えても、オーバーワークだな。


「いてて。早くしないと相澤が心配するな」


 ロッカーを支えに立ち上がると、フォームをチェックするのに使う姿見鏡に、酷く疲れた自分が映し出されていた。


「メタモルフォーゼ」


 周囲の光を飲み込むように、闇が鏡に映る俺を包み込む。

 そしてそれは、徐々に小さくなると、一匹の黒猫の形を成した。


「猫の姿の方が比較的楽だ、これなら今すぐにでも帰れそうだけど」


 でも、不安要素は残っている。

 言うまでもなく、許可なく走るのを辞めてもいいのか? っと言う物なんだけど……。

 

「出来る限りは頑張ったんだ、きっと許して──」


 今日の様子を見る限り、許してはくれはしないだろうな。

 でも流石に限界だ、走ってぶっ倒れるか、悪魔に折檻されるかの二択だが。


「……帰ろ、後の事は明日の自分に任せて」


 不幸を明日に持ち越して、帰る決意を固めた。

 自分でも切り替えが上手になったと思う。

 おかしなトラブルに慣れつつある証拠だ。

 慣れたくないけど。


 俺は部室の出口で立ち止まった。


「変身前にやっとけば良かった……」


 ぴょんぴょん跳ねて部室の電気を切り、ぴょんぴょん跳ねて鍵とドワノブを開ける。

 無駄な体力を使った俺は、グランドを横断して校門を出た。

 そこで俺は気付く。

 校門横の茂みに魔法の力、略して魔力の痕跡がくっきりと残っていることに。


「……はぁ、疲れに追い打ちかよ。おい、相澤」


 すると彼女は「ひゃぃ!?」っと可愛らしく声を上げ立ち上がった。


「もう暗くなってきてるぞ、こんな遅い時間まで何やってんだよ」

「え、えっとね、日輪先輩を待ってて」

「それは待つとは言わない。待ち伏せているが正解だ。そもそも一緒に帰る約束でもしたか?」


 してるはずはない。それは、俺が一番よく知ってる。


 俺の質問を、てっきり誤魔化すのかよ思いきや、相澤は「約束はしてないよ」っと素直に答えた。

 気のせいか、どこかしょんぼりしているようにも見えるけど。


「日輪なら、しばらく前に帰るところを見たぞ。残念だな、あてが外れて」

「そっか、そうだよね……」


 どうしたんだ?

 いつものような無邪気というか、能天気な笑顔が見えない。


「相澤、もしかして体調でも悪いのか?」

「ううん、大丈夫。少しノア君成分不足なだけだから」

「そんな成分、初めて聞いたな……」


 なるほど。

 今までとは違い、今日は人の目を引いていたからストーキングが出来なかったんだな?

 俺にとっちゃ喜ばしいけど、


「昼間見てたけど、その髪飾りが原因だろ。外さないのか?」

「うん、これはノア君が私を心配して着けてくれた物だから」

「そっか……。じゃぁ、外せないな」

「えへー」


 夕暮れも終わりを迎え、辺りは薄暗くなってきている。

 町では所々、ポツポツと明かりが灯り始めていた。

 そのせいなのか? 相澤の笑い顔が若干影って見える。

 俺にはそれが、妙に寂しく感じた……。

 

「ほら、夜道は危険だぞ。俺も一緒に帰るから元気出せ」

「ふふっ、可愛いボディーガードだね」


 軽口叩きながら、相澤は茂みから出てくる。

 そして制服についた木の葉を、手で払い除けた。


「じゃぁノアちゃん、エスコートお願いね」


 そして相澤は、普段家で俺を抱きかかえるときの様に、しゃがんで両手を広げる。

 いつもなら嫌がる所だが、今日だけは恥を忍んで彼女の手にすり寄った……。


 ──しかしッ


「えっ、停電!?」


 相澤の指先が、俺の体に触れたときだ。

 突如帰り道に当たる方角の電気が、前触れもなく一斉に消えたのだった……。





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