第35話 取材とデマカセ

 新しい魔法を教わってから、数日がたった日の昼休み。

 最近ではゾーオの出現もなく、俺は食事を取り終え、自分の席で元の平和な日常生活を過ごしていた。


 はずだったのだが……。


「──ねぇノア、あんた何かしたんでしょ?」


 いつものように茜は一樹の席に座り、すぐ裏の席の俺に話しかける。


「な、なんだよ唐突に」

「相澤ちゃんの事よ。あの子の突然の人気、あんたが一枚噛んでるんじゃないかって思ってね」


 髪飾り事件からもうすぐ一週間。

 相澤の人気は中々衰える事はなく、俺に対してのストーキング被害も減っていた。

 だからこそ今も、平和な時間を満喫出来ていたのだが……。


「可哀想だと思わないの? あの子、変に人気が出ちゃってるから、学校での自由も制限されてるのよ?」

「自由って言ってもストーキングだろ、それを言ったら俺の自由はどうなるんだよ。ずっと相澤の目を気にして生活してたんだぞ」


 実際、相澤が隠れてないか確認するために、つい振り返るのが習慣づいてしまってるぐらいだ。


「ふーん。罪悪感、感じてないんだ?」

「……多少は」


 感じて無いわけではない。むしろかなり感じている。

 最近では、相澤が家に帰ってくるたび元気がなく、口々に「今日もノア君を見守れなかった……」っと言っているのを、何度も聞かされているのだから……。


「あれー、相澤ちゃんじゃん。今日も何かようがあるとか?」


 廊下から、一樹の声が聞こえた。


 ほら、今もあーやって来るとすぐに分かる──って、懲りずに来てるのかよ!!


「はぁ、罪悪感があるなら、あんたも少しは協力しなさい。それにしても本当、あの馬鹿は……」


 協力って、何のだよ?


 茜は突然席を立つと、廊下に向け歩き出す。

 そして教室から出ると、鈍い音と一樹の「いてぇ!?」の声が響き、その後相澤の手を引いて教室の中へと戻ってきた──。


「に、西野先輩!?」


 そして真っ直ぐと、俺の方に向かってきて、


「ほら、ノア立って。相澤ちゃんはノアの席に座って、取材させてよ」


 俺は自分の席を追いやられようとしている。

 どうやら、彼女を新聞の記事にするらしい。

 

「相澤、嫌なら断っても良いんだぞ?」


 俺の問いかけに、本人ではなく一緒に居る茜が先に口を開く。


「そう。でもそれじゃ、このまま椅子に座らずに戻って貰うのが自然よね」


 こ、こいつ。相澤のストーキング癖を知っていて……。


「わ、私……取材受けます!」


 ほら見たことか!!

 自分で言うのもなんだが、彼女が俺と言う餌を目の前に、我慢できるわけがない。


 仕方なく諦め、自分の席を明け渡す。

 すると茜は相澤の背を押し、彼女を俺の席へとエスコートした。


「ふふっ、そうこなくっちゃ。大丈夫、悪いようにはしないから」


 茜も一樹の席に座り、相澤と向かい合う。

 完璧に取材ムードだ、相澤もチラチラとこちらを気にしてるし、ここは。


「じゃぁ、邪魔になると行けないし俺は──」


 逃げるが吉だ。

 その場を立ち去ろうと、身をひるがえした時だった。

 誰かが、俺の服の裾を掴む。


「あんたは残りなさい」

「いや、なんでだよ……」


 犯人は茜だ。

 どうやら、逃しては貰えないらしい。

 逃げるのを諦め、立ったまま肩を落とす。


 こんな状況で彼女に服を掴まれ、まんざらでもないと感じてしまってる俺も、相澤の事を馬鹿にできないかもしれない……。


「では早速。最近、校内でも凄く人気な相澤ちゃんに質問です」

「そんな、人気なんて……」

「でも、告白も後を立たないって噂を聞いていますが?」

「えっと、それは……」


 腕を組んで机の隣に立つ俺を、何度もチラチラと見る相澤。


 やめてくれ、見てみぬフリをするのも辛い。


「なるほどねぇ、相澤ちゃんには好きな人がいると」

「──なッ!」


 茜が突然踏み込んだ質問をして、俺は声を上げそうになる。

 口元を手で覆ったまま相澤の顔を見ると、顔を赤く染め上げた彼女と目があった。


「ちょ、ちょっと西野先輩!?」


 茜はニッコリと微笑んだ。


「その人の告白以外は受ける気が無いので、気持ちは嬉しいけど困ります。って書いてもいいかな?」

「おい茜、相澤はそんなこと一言も……。あっ」


 俺は茜の意図に気付いた。

 彼女は暴露記事が書きたいんじゃない。

 相澤が以前の日常生活を取り戻せるような、そんな優しい記事を書きたいんじゃないだろうか?

 協力しろってこう言う事かよ。


「……趣味は人間観察だから、なるべくならそっとして欲しい。ってのも記事に加えた方が良いんじゃないか?」

「なるほど、ノアそれ中々面白いわね」


 俺の発言に、自分のストーキング癖がバレたのでは無いかと思ったのだろう。

 相澤の目は泳ぎ、手元は落ち着き無く椅子を撫で回す。


 ……ってやめい!!


「まぁ落ち着けよ、これはデマだから」

「デマ……。えっと、デマカセの事ですか?」


 状況を理解しきれていないのだろう。

 相澤は俺と茜の顔を、何度も見返した。

 その挙動不審で、小動物のような彼女を見て俺達の口元は自然と綻ぶ。


「どうかしら相澤ちゃん。多少のイメージダウンにはなるかもだけど、これが広まれば少しは動きやすくなるんじゃない?」

「わざわざ振られたり、嫌われたりするのがお望みの変態はそう居ないからな」


 流石の相澤も、ここまでの説明を聞き理解したのだろう。


「あっ、なるほど……。是非お願いします」


 両手をパンッと鳴らし納得した表情を見せた。

 そんな相澤に「かしこまり」っと茜は返事をし、ノートに記事の内容を次々と書き込んでいく。


「それじゃ、後は記事の内容確認ぐらいだろ? その間に俺は、飲み物でも買ってくるよ」

「そ、そんなの悪いです。私も……」


 そう言って立ち上がろうとする相澤を、俺は手で制止した。


「良いんだよ、何度も足を運んでもらうのも悪いし、何よりマネージャーにはいつも世話になってるから。今はそっちに専念しとけ」


 格好をつけた俺は、その場を後にし自動販売機へと向かう。

 そしてその道中の廊下で、自分のアホさ加減にうんざりする。


「ってか、なんで俺は相澤のストーキングを手助けしてんだよ」っと……。

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