第5話 部活中

 授業が終わり、俺は自分が所属している野球部へとやってきていた。

 そして今は、グランドをランニング中。


 走るのは嫌いじゃない。苦しくても、がんばっただけ結果に繋がるし、苦しい間は余所事を考えずに済む。


 予定の周回を終え、一番にベンチへと戻る。

 するとそこには、タオルを持ったマネージャーが待っていた。

 三人のマネージャー。そのうちの一人、相澤が待ち構えて……。


「せ、せ、せ、先輩。どうぞ、タオルです」

「あ、あぁ、ありがとう……」


 彼女から、汗を拭くためのタオルを受け取る。

 そして俺は、条件反射的に彼女から視線を外した。


「ゴクリッ」


 以前までは、前髪のせいで視線がどこを向いているか分からなかった。

 しかし、今は不思議と視線を感じる、そんな気がした。


 特にこれと言った会話もなく、時間が過ぎる。

 俺はグランドを見つめながら、次々と出てくる汗をタオルで拭った。

 少し経つと、続々と走り終わった他の部員も帰ってきて、謎の沈黙は終わりを迎える。


「に、日輪先輩。タオル、おわずかりしますね」

「あ、うん。よろしく」


 彼女が持つ、洗濯カゴにタオルを入れた。

 チームメンバーの大半が戻ってきたので、今度は守備練習を始める準備をする。

 俺はグローブを手にし、逃げるように走って自分のポジションへと向かった。


「よし、気持ちを切り替えよう……。ってあいつ、何してんだ?」


 俺はポジションまで辿り着くと、ふとベンチを見た。

 いや、見てしまったと言った方が正しいかもしれない……。


 視線の先ではなんと、相澤の奴が周囲を確認後、タオルを一枚だけファスナー付きのビニール袋、ジッパロックの中へとしまったのだ。

 そして自分のバックから、新たに新しいタオルを準備していた。


「おいノアどこ見てんだよ、行くぞ!!」

「あ、うっす!」


 他所見をするな今は練習中だ、集中しないと。


 打席から打たれたノックの球を、捕球してバックホームへと送球する。

 そして元のポジションに戻ろうとした時だ──。


「──って本当、何してんだよ!?」


 ついベンチに居る彼女が気になってしまう俺。

 そこで、更にとんでもない物を目撃してしまった。


 なんと相澤の奴、ジッパロックの中身をクンクンしているではないか。

 一瞬の出来事だが、間違いない。

 だってジッパロックを手に持ったまま、彼女の表情はうっすらと上気し、恍惚こうこつとしながらも何処か遠くの空を眺めているのだから。


 見たくなかった、知りたくなかったこの事実……。


 どうやら花の女子高生である相澤のストーキング癖は、盗撮だけには収まらず収集癖もあり、なおかつ匂いもたしなむらしい。


 それ以降は目立って奇行は見られなかったものの、俺の心を打ち込めすには十分過ぎるものだった。

 そして意気消沈したまま、部活は終わり時間を迎える。


「──疲れた。本当に疲れた……」


 普段から、毎日やっている練習がこんなにキツイとは。

 寝不足もあるだろうが、精神が及ぼす肉体的疲労は、こんなにも大きいものなのか……。


 俺はぼーっとのんびり、部室で椅子に座って着替えをしていると、終わった頃に一樹が現れた。


「おいノア、お前今朝も変な事言い出すし、今も様子がおかしいぞ。練習中も心ここにあらずだったろ?」

「あ、あぁ、すまない、心配かけたな。ただの寝不足だから大丈夫だよ」


 そう、寝不足だ。だから練習中も知らないうちに居眠りでもしていたんだよ。

 今日見たものは、白昼夢か幻の類の何かに決まっている、そうに違いない。


「ほら、しっかりしてくれよな」


 頭の中で現実逃避をしていると、一樹が俺に手を差し出す。

 その手を取ると引っぱられ、俺は立ち上がった。


「頼むぜ相棒。森下が出した数学の課題、お前の当てにしてんだから」

「また写す気かよ、いい加減金取るぞ……って、そう言えば」


 俺はすぐさま、自分が通学に使っているバックの中身を確認する。

 しかしその中に、課題のプリントは入って居なかった。


「しまった……。プリントを教室に忘れたみたいだ」

「ったく、マジでしっかりしろよな」

 

 写そうとしてるお前が言うな。っとも思ったが、あえて何も言わないことにした。

 課題を見せてやらないだけだからな、明日地獄を見るがいい。


「すまないが一樹、先に帰っててくれ」

「あぁ、また明日な」


 着替えを終えた俺は荷物を背負い、一樹に挨拶をする。

 そして、急いで校舎に向かうのだった。



 

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