学園都市モンジュ編

第28話 学園都市モンジュ

俺は光司。魔王を倒し、勇者と崇められている者だ。

だが、最近俺は恩知らずの王国に少し幻滅していた。

魔王を倒した直後はあれだけ救世主だともちあげていたのに、ちょっと金を使っただけで咎められ、勇者専用の無制限小切手帳を取り上げられてしまった。

このままじゃ、俺の可愛いメイドたちを養えなくなる。そう思って困っていたら、聖女であるマリアにいいアルバイトを紹介された。

そんなわけで、今日も俺は裏社会のボスであるボガードにつけられた手下と共に借金の取り立て屋をやっている。

「今日の取り立て先はここか」

俺は街はずれの屋敷を見て、資料を確認する。かつては豪勢な屋敷だったようだが、今は草が生い茂ってあきらかに手入れがされてない有様だった。

「へえ。間違いありません。うちの組から借金をしていながら、三か月も滞納しています」

手下たちからそれを聞いて、俺はうなずく。借りた金はちゃんと返さないとな。

「よし、行くぞ!」

勇者の剣をふるって、派手に玄関の扉を切り刻む。中に入ると、痩せかけた中年男と中学生くらいの女の子が怯えた表情で抱き合っていた。

「おうおう。借金の期日はとうに過ぎているんだぜ。いつまで居座る気なんだ。返せなかったら屋敷を引き渡す約束だったはずだ。とっととここから出ていきな」

まず手下が脅しをかけると、中年男は土下座をした。

「か、勘弁してください。もう元金はとっくに払ったはずじゃ……」

「何言ってんだ。借金には金利というものが付くんだぜ。うちは10日で10%だ」

手下たちが借用書を見せつける。

「で、ですが、金利は10日で1%という約束だったのでは?」

「何言ってやがんだ。ちゃんと10%と書かれているだろうが」

手下たちは金利の欄を指し示す。そこにはちゃんと10%と書かれていた。

まったく、借金が払えないからって見苦しいぜ。そんな苦しまぎれの嘘をついて返済から逃れようなんてな。

「うそよ!あなたたち、あとから書き足したでしょ!」

娘らしい中学生くらいの女が金利欄を指さして叫ぶ。あれ、そういえばインクの色が1と0でちょっと違うような気が……気のせいか?

よく見ようとした時、手下たちが慌てたように借用書をしまい、俺をけしかけた。

「先生!こいつらを懲らしめてください」

仕方ねえ。ちょっと脅しつけて筋を通させるか。

俺が剣を抜いてゆっくりと前に出ると、中年男と娘が驚いたような顔をした。

「あ、あなたは勇者光司様!」

「な、なんであなたみたいなお方が、ボガードの手下なんかに!」

うるせえ。俺はあいつの手下じゃねえ。ただアルバイトしているだけだよ。

俺が無言で剣をふるうと、炎が放たれて屋敷に火がついた。

「きゃぁぁぁぁ!」

「なんてことを!」

中年男と娘が悲鳴をあげるが、手下たちは喜ぶ。

「ははは、こりゃちょうどいいや。どうせこのボロ屋敷をぶっ壊して建て替えする予定だったんだ。どんどん燃やして下せえ」

そうか。なら遠慮なくやってしまうか。

「火炎剣(フレイムソード)」

俺の剣は屋敷を切り刻み、跡形もなく崩壊されるのだった。


「ああ……屋敷が無くなってしまった」

「ひどい……私たちはこれからどうしたらいいの?」

廃墟となった屋敷の前で、中年男と娘が泣き崩れている。さ、さすがにちょっとやりすぎたかな?

ちょっとだけ後ろめたく思っていると、屋敷が燃えるのを見た衛兵たちが駆けつけてきた。

「貴様ら!何が起こったんだ!」

「ええと……」

俺たちが何か言う前に、娘が叫び声をあげた。

「あいつらが放火したんです!捕まえて下さい」

「なんだって?」

娘の訴えに、衛兵たちはいきり立って迫ってきた。

「ち、ちょっと待て、俺たちは……」

「問答無用。その恰好からみると、お前たちはスラム街のヤクザたちだな!話は駐在所で聞こう」

衛兵たちは手下たちの姿格好を見て、こちらを悪だと決めつけてきた。

ま、まあ確かにチンピラっぽい恰好はしているけど、俺たちの方が正義だぞ。借金を返さない不届き者から取り立てているだけだぞ。

俺が弁解しようとしたら、手下たちがしゃしゃり出てきた。

「控えろ!このお方を誰だと思っているんだ。勇者光司様だぞ!」

手下たちは俺を衛兵のほうに押し出してくる。俺は仕方なく、勇者の剣を掲げた。

「そ、その剣は、確かに勇者様!」

俺の正体をしった衛兵たちは、一斉に跪いてくる。

なんだこれ。ちょっと気持ちいいぞ。

「まさか勇者様に逆らうつもりじゃないだろうな」

手下たちがニヤニヤしながら煽ると、衛兵たちはお互いに顔を見合わせて、その場から退いた。

「めっそうもありません。世界の救世主である勇者様に逆らうつもりなど、毛頭ありません」

そういって頭をさげてくる。俺は改めて自分の権威を確認して、いい気分になった。

「そ、そんな!捕まえてくれないの?」

娘が絶望的な顔をするが、衛兵たちは顔をそむけて聞こえないふりをした。

「なら、こいつらは好きにしていいな?」

「は、はい。勇者様のご自由に」

そういって衛兵たちは帰ってしまう。中年男と娘はその場に泣き崩れた。

「さあ、立て。お前たちにはきちんと働いて借金を返してもらう」

手下たちが二人を拘束する。俺はふと気になって聞いてみた。

「こいつらはどうなるんだ?」

「ご心配なく。ちゃんと三食付きで働ける職場を用意しますから、10年も働けば自由になるでしょう」

そうか。まあちょっと気の毒だけど、金を返せなかったんだから仕方ないよな。

「お疲れ様でした。これで今日の取り立ては終わりです」

手下たちに丁寧に礼をされ、俺はスラムの裏ギルドに戻っていった、


スラムのアジトに戻ると、満面の笑みを浮かべたボガードに迎えられた。

「勇者様、お疲れでした」

そういってずっしりと重い袋を渡される。中を見ると、金貨が300枚入っていた。

ヒュー。数時間のバイトで金貨300枚、日本円で300万円相当の報酬かよ。こりゃ勇者としてモンスターと戦っていた頃より割がいいな。

「歓待の用意ができています。ささ、こちらに」

こうして、俺はアジトに併設されているカジノで酒と豪勢な食事をたしなみ、美女と戯れる。

いい気分になっていると、ボガードが話しかけてきた。

「勇者様はカジノなどには興味ございませんか?」

「ギャンブルか?そういえばやったことねえな。金ならデンガーナに言えばいくらでももらえたしな」

あの頃はモンスターとの戦いでいっぱいで、金のことなんて考える余裕もなかった。別に金に困っていたわけでもなかったし、カジノで遊んだって伝説のアイテムとか手に入れられるわけでもないしな。

「いかがですか?少し遊んでいきませんか?」

「いいだろう。ちょっとやってみるか」

こうして、俺はカジノに足を踏み入れるのだった。

そして数時間後‐

ルーレットで、俺のかけたマスに球が放り込まれた。

「あっはっは。また勝ったぜ!これで金貨1500枚だ!」

「すごーい。光司様」

俺の両脇についているバニーガールが感嘆の声をあげる。俺は勝ちに勝ちを積み上げ、元手の金貨を五倍にまで増やしていた。

「さすが勇者様だな」

「ああ。勇者とは神に愛された特別な人間だ。その運も常人とは違うのだろう」

俺を見て、羨ましがっている貴族たちの声が心地いい。

さらに倍プッシュしようとした時、慌てたボガードがやってきた。

「ゆ、勇者様。これ以上はカジノのお金が用意できません。なにとぞ、今日のところはご勘弁を」

「なんだよぅ。面白くなってきた所なのに」

俺はちょっと不満をもらすが、奴は卑屈に頭を下げ続ける。

「お願いします。次はもっとお金を用意しておきますので」

「仕方ねえなぁ。今日の所は帰ってやるか」

こうして、俺は大量の金貨を袋に入れて機嫌よく屋敷に帰っていくのだった。


私はボガード。王都のスラムの闇ギルドの顔役をしている者だ。

勇者光司の姿が帰った時、カジノの支配人が話しかけてきた。

「勇者様の懐柔はうまくいきましたな」

その言葉に、私はニヤッと笑って応じる。

「ああ。勇者とはいえ所詮は小僧だ。簡単にこちらの手中で踊ってくれる」

勇者光司を使って没落貴族の借金取り立てを行った儲けは、金貨3000枚になる。その半分をそのまま渡してしまうのでは芸がない。奴をもっとこちら側に引き込むのは、もう一工夫必要だ。

そう思った私は、直接渡すのは本来の1/10程度にして、残りはギャンブルでの勝ち分で還元するといった方法をとった。

思った通り、奴はギャンブルでの勝利による快感を覚えたようだ。これで奴はギャンブル中毒になり、このスラムに足しげく通うようになるだろう。

何回かアメをしゃぶらせた後に回収してやれば。奴に払った取り立ての報酬も取り返せるしな。

さらに勇者の権威を借りることができれば、今後は王国の衛兵におびえることもなくなり、わが闇ギルドは大いに発展するだろう。

「まさに勇者サマサマですな」

「ああ。勇者を紹介してくださった、マリア様に感謝を」

私と支配人は、都合のいい手駒を手に入れたことを喜び合うのだった。

俺は魔法学園がある、学園都市モンジュにやってきた。

モンジュは王国中の貴族の子弟が、教育の名目で人質として成人するまで生活する場所であり、国内でも屈指の規模の都市として知られていた。

彼らを守り、また逃がさないため、都市には何重もの深い水堀で囲まれ、王国の中でも最精鋭の第一騎士団が駐屯している。

しかし、モンジュに到着した俺が見た者は、その周囲にちらばる無数の騎士の死体だった。

「これは、間に合わなかったかな。エルフたちはもうモンジュを滅ぼしてしまったかもしれん」

騎士たちの魂を吸収しながら進んでいくと、一番奥の水堀の前まで来たところで意外な光景を見た。

「なんだこれは。エルフたちが全滅している」

大勢のエルフたちが死んでいて、その体は溶けかかっている。そのことに俺は驚愕した。

俺の魔力を分け与えたエルフたちは、固い防御力を誇る特別なモンスターになったはずだ。いかに第一騎士隊といえども、対抗できるはずはない。

その時、目の前に倒れていた一人の女エルフが体を起こした。

「魔王様……申し訳ありません」

「しっかりしろ。何があった」

その女エルフーララ―シャを抱え起こして聞いてみる。彼女は無念の表情を浮かべていた。

「魔王様、お気を付けください。この都市には、霧状になった聖水による結界が張られています」

「聖水だって?」

それはモンスターの体を酸のように溶かしてしまう聖なる水。清らかな水を教会の秘宝「輝きの球」に漬けて作り出すもので、大量には作れないはずなのに。

そう思っていたら、いきなり学園都市のほうから光り輝く霧のようなものが噴き出してきた。

「危ない!」

ララ―シャは俺を突き飛ばし、自らの身でその霧を受け止めた。その体が霧に触れたとたん、溶けていく。

「お前……俺を助けたのか?」

「魔王様……私たちの同胞を、わが妹ルルをお願いします。何とぞ、人間たちからすくってやってください」

ララ―シャはそう頼むと、静かに消えていった。

俺はララ―シャに対して、心の中で謝罪する。

「すまなかったな。お前たちを利用して」

もしララ―シャたちが先行して戦いを挑まなかったら、罠として用意されていた聖水による結界にひっかかって、魔王である俺も大ダメージを負っていたもしれない。

ただ復讐のためにエルフたちを利用しただけの俺を、ララ―シャはかばってくれた。

ある意味、借りができたも同然だった。

「わかった。なんとかしてお前たちの同胞も助けだしてやろう」

俺はそうつぶやくと、正門に視線をむける。

内堀の向こうの学園都市の正門からは、勝ち誇った顔をした魔術師コーリンと、その隣で複雑な顔をしている王国の第一王子が出てきた。

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