第4話

それから数日後、織に入れられたライトがモース村にやってくる。

「これがライト……なのか?」

ライトを見た俺たちは、そのあまりの変わりように驚く。

この村から出発する時のやつは、髪もフサフサしていて、村娘たちの人気者だった。

しかし、今のやつは頭はハゲ散らかし、体はあちこち傷ついてボロボロで、今にも死にそうだった。

「ひどい状態だな」

「これがライトなのか?」

幼いころからライトを知っている何人かの村人たちは、ちょっと同情したような視線を向ける。

しかし、俺はその声を遮るように、大声を張り上げた。

「みんな聞け!このライトは勇者の名を騙り、国宝を盗み、予算を着服し、仲間を危険にさらし、聖女を襲った罪人だ。罪人がひどい目に合うのは、当然の報いだ」

「そうだ!そうだ!」

あらかじめ言い聞かせていた、俺の子分たちが同調の絵をあげる。

「これからこいつには、奴隷として働いてもらう。俺たち村の青年部に任せてもらおう。もしこいつに同情して施しをしたものは、村から追放する」

村長の息子である俺の言葉を聞いて、奴に同情していた者たちも下をむく。

こうして、俺は良いストレス解消の道具を手に入れたのだった。


「おらっ!しっかり働け」

「ぎゃははは。てめえの仕事場はここだぜ」

俺の子分たちに連れられて、ライトが村はずれの湿地帯に連れていかれる。

そこは、村の生ごみや糞尿を肥料に変える「肥溜め」だった。

「てめえはここで、糞尿まみれになって肥料を作り続けるんだ」

俺が冷たく言い放つと、ライトは恨めしそうな顔で俺を見上げた。

「モ、モーリス、なんでこんなことをするんだ。俺の幼馴染なのに……」

「ああ?幼馴染だとぉ?身分をわきまえやがれ」

俺は思い切り蹴り上げて、奴を肥溜めの中に突き落とす。

「いつまで勇者気分でいやがるんだ。てめえは今や平民ですらねえ奴隷の身分だ。村長の息子である俺様とは、天と地ほど差があることをわきまえるんだな」

「う、ううう……」

俺の言葉を聞いたライトは、肥溜めの中で泣き始める。

「あははは、無様だな」

「村の女たちもつれてこようぜ」

子分たちは、村から以前は奴を勇者様ともてはやしていた女たちを連れてくる。

肥溜めの中で泣き続けるライトをみた女たちは、軽蔑の視線を向けた。

「なにあれ。汚い」

「私たち、あんなのを勇者だと思っていたの?騙されたわ」

女たちの嫌悪の声を聴きながら、俺は悦に入る。

「お前たちもこいつを見てよくわかっただろう。ちょっと魔法をつかえたり、勇者扱いされたからっていい気になって都会にいくと、足元すくわれてこうなるんだ。やっぱり、人間は大それた夢なんてみずに、こつこつと畑を耕すのが一番なんだよ」

「本当ね。こいつに憧れていたのがウソみたいだわ」

「やっぱり男は真面目なのが一番よね。モーリス様って素敵」

女たちの賞賛の声を聴きながら、俺はひたすらいい気分にひたっていた。



俺は檻に入れられて、どこかに運ばれていく

(今度はどこに連れていかれるんだ……)

そうおもって恐怖にふるうていたが、馬車から降ろされて周囲を見渡した俺は心から安堵した。

(ああ、モース村だ……故郷に帰って来たんだ……)

幼いころ、優しくしてくれた村人や幼馴染の顔が脳裏に浮かぶ。

(ここでなら、おだやかに過ごせるかもしれない)

しかし、そんな俺の期待は、村長の息子であるモーリスの目を見た瞬間に吹き飛んでしまう。

奴の目に浮かんでいたのは、俺に対する嫉妬を晴らせると喜びに満ちていた。

「偽勇者さんよぉ。よくこの村に帰ったこれたなぁ」

「てめえのせいでこの村は、偽勇者の故郷だなんて不名誉な汚名をかぶせられたんだ」

そんな言葉とともに殴りつけられ、血反吐を吐いて俺は肥溜めに突き落とされてしまう

彼らは幼馴染である俺に対してもまったく容赦せず、

それから毎日、モーリスの手下となった村の男たちに痛めつけられるのだった。

「あんたのごはんよ。わざわざ持ってきてあげたんだから、感謝して食べなさいよ。ほーら」

俺の世話を申し付けられた女たちは、わざわざ腐らせた残飯を肥溜めの中に撒いて、俺に食べるように強制した。

屈辱に身を震わせながら、糞尿にまみれた残飯を食べるをを見て、女たちは嫌悪の声をあげる。

「見て。本当に食べているよ」

「人間、あそこまで堕ちたくないよね」

「あはは。勇者を騙った偽物にふさわしいわ」

以前は俺の気をひこうと媚びへつらってきた女たちは、手のひらを返してあざけりの声をなげかける。

故郷にもどっても、俺に同情してくれる人は一人もいなかった。むしろ村の名前を汚した偽勇者として、より過酷な責め苦を与えてくる。

それでも俺は、自ら命を絶つことをしなかった。

(神はきっと見ていてくれる。いつかは冤罪が晴れて、俺の名誉が回復される。勇者とは神のしもべだ。神が見捨てるはずがない)

心の中で神に祈りながら、自らの勇者の血によりいつか奇跡が起こることを信じて歯を食いしばって耐える。

そんなある日。俺はモーリスたちに連れ出された。

「なあ、こいつを照明係として、最近見つかった村はずれのダンジョンにつれていかねえか?」

「え?でもダンジョンの中にはモンスターがいるんじゃねえか」

モーリスの言葉に、取り巻きたちは尻込みする。

「バカめ。勇者様が魔王を倒してくれたおかげで、モンスターはこの世界からいなくなったんだぜ。今なら宝を漁り放題だ」

「あ、そうか」

こうして、俺は照明係としてダンジョンに連れていかれる。

久しぶりに入ったダンジョンは、当然のごとく真っ暗闇に包まれていた。

「ぶ、不気味だな……」

「ひびってんじゃねえよ。ほら、明かりを灯せ!」

モーリスに尻を蹴とばされた俺は、残された魔力を振り絞って頭から光を放つ。

「ははは、ハゲ頭がよく光っているぜ」

モーリスたちに小突かれながら、俺はダンジョンに潜っていくのだった。


俺たちは、ダンジョンを進んでいく。

モーリスの言う通り、モンスターなどは一切出ず、最初はビビっていた村の男たちも、だんだん緊張が解けて雑談を交わしながら進んでいった。

「このダンジョンは。できたばかりだから誰も入ってないよな」

「ああ、俺たちが一番乗りだ。きっとすごい宝があるぞ」

そんな風に軽口をたたきながら、どんどん深く戻っていく。

やがてダンジョンの最深部にたどりついた。

「ここにお宝があるんだな。せーの」

モーリスが扉を開くと、広い漆黒の中間に玉座があり、そこに一枚の黒い衣がかけられていた。

「あ、あれは……もしかして魔王が着ていた「復讐の衣」か?」

俺のつぶやきに、モーリスたちは目を輝かせる。

「なに?魔王のアイテムなら、きっと高く売れるぜ」

俺を突き飛ばし、我先にと玉座に群がるモーリスたち。彼らが衣を手に取った瞬間、部屋の床に魔法陣が浮かび、中から狼型の巨大モンスターが現れた。

「ば、馬鹿な、モンスターはこの世界からいなくなったはず」

「ま、まさか、この衣が異界から呼び寄せて……うわぁぁぁぁ」

『復讐の衣』を放り投げ、モーリスたちは逃げ出していく。

「ま、待ってくれ……」

「うるせえ!てめえがおとりになれ!」

なんとか立ち上がった俺の前で、モーリスにより部屋の扉が閉められてしまう。

絶望のあまり振り返ったおれが見たものは、よだれを垂らして塚寄ってくる狼の姿だった。


俺の名前はライト。勇者の血を引く存在だ。

そんな俺は現在、モーリスたちにおとりにされて、狼のモンスターに体を齧られている。

すさまじい痛みと共に、俺の胴体から血が流れる。

そんな俺が感じていたのは、手を差し伸べてくれない神への怒りだった。

(なぜだ!なぜ神は助けてくれない。冤罪をかぶせられた時にも、家族が処刑されたときにも、神に救いをもとめて祈ったのに。なぜ神はこんな理不尽をゆるしているんだ)

体を襲う激痛の中、どれだけ神に祈っても救いはもたらされない。勇者の力に覚醒することもない。俺の思考は闇に染まっていった。

(それとも、勇者たちが正しいというのか?皆に愛され、支持されているからといって、どんな理不尽でもまかりとおってしまうのか)

俺の中で、「正義」への信頼が揺らいでいく。

(誰でもいい。俺に復讐のチャンスをくれ!俺はどうなってもかまわない。奴らに復讐を!誰でもいい!)

神への絶望から、存在するかどうかもわからない何かにい祈りを捧げ続けるライト。

すると、突然体を襲っていた痛みが消えて、何かがふわりと自分の体を包んだ。

「こ、これは……?」

それを見ると、漆黒の闇が具現化したような黒いローブだった。

いつのまにか狼のモンスターは消えており、闇の力によって体の傷がいえていく。

『我が名は『復讐の衣』。次の宿主は貴様か?」

自らを覆う衣から、そんな思念が伝わってきた。

「宿主だって……?」

「そうだ。我は神々が作り出した、ただ一つの「正義」を制する為の伝説のアイテム。『正義に立つ側が行った理不尽』に対する是正としてこの世に存在する。我と契約するなら、汝の望みをかなえよう」

衣から歴代の宿主ー『魔王』と呼ばれた者たちの無念が伝わってくる。

それによると、先代の魔王は数百年前に人間族に理不尽に滅ぼされた『魔族』という種族の最後の生き残りだったという。その復讐のために、人間たちを襲っていたのだった

「魔王にそんな事情があったのか……」

今まで人間こそが正義であり、それを苦しめる魔王が絶対悪だと思って勇者パーティに協力していたライトは、心から後悔した。

「人間なんてクソだ!もし人間が正義だというなら、俺はその正義を否定する。俺は魔王の跡をついで、人間に復讐する」

「いいだろう。ただし……」

衣から冷たい思念が伝わってくる。

「復讐を果たした後、汝も自分が為した理不尽の報いを受けて滅びるだろう。それを受け入れるか?」

「望むところだ」

俺がそういったとたん、「闇の力」が体内に流れ込んでくる。

「光」と「闇」が融合し、やがて一体化していく。やがて俺の体はダンジョンの闇と同化していった。

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