偽勇者扱いされて冤罪をかぶせられた俺は、ただひたすらに復讐を続ける

大沢 雅紀

冤罪編

第1話

ここは「地獄への道インフェルノロード」と呼ばれる深い深い地下へと続くダンジョンである。


本来、真っ暗闇に覆われているはずの地下だが、なぜか真昼のように明るかった。

「ライト、びびってないでさっさと行かねえか」

一人の軽薄そうな少年が、俺の尻を蹴ってくる。俺は恐怖に震えながらも抗議した。

「だ、だけど光司。ここは魔王がいるラストダンジョンだぞ。戦闘力がない俺が最前列って……」

「……情けないな。戦えないにしても、せめて勇気だけでもみせたらどうだ。どれだけ経験をつんでもレベルアップもできない無能め」

俺の言い訳を聞いた戦士レイバンが、軽蔑に視線を向けてきた。

「皆さんそんなこと言わないでください。ライトも光魔法で地下を照らしてくれているじゃないですか」

幼馴染にして婚約者の聖女マリアがフォローするも、隣にいた魔術師コーリンにバカにされてしまった。

「光魔法ったって、伝説の勇者みたいにそれで敵を倒したり、傷をいやしたりできるわけでもなく、明かりにしかならないじゃない。勇者の末裔があきれるわ」

「まあまあ、だからこそ真の勇者光司はんが異世界から召喚されたんやで。勇者の血をひくだけの偽勇者とちがって、光司はんは本物の勇者や」

アイテム鑑定士にて、この旅の資金面をずっとサポートしてきた大商人の娘、デンガーナが勇者光司に尊敬の目を向ける。

「おう。俺に任せろ。必ず魔王を倒してやるぜ」

光司は鼻高々で勇者の証である輝く剣を高々と掲げる。そこからは、炎が猛々しく燃え上がっていた。

ほかのパーティメンバーはその姿をうっとりと眺めていた

俺はみじめな思いを感じながら、「勇者の剣」を見つめる。

(なぜ俺は勇者の剣に認められなかったんだ。本来、俺こそが正当な勇者の末裔なのに)

俺の恨めしそうな視線に気づいたのか、勇者光司はせせら笑って再び尻を蹴り上げてくる。

「おら、なんか文句あんのか。さっさといけ」

「…わかったよ」

俺は頭から光を放って周囲をてらしながら、地下深くへと進んでいった。

「いよいよ、魔王の間だな……」

おどろおどろしい装飾が彫られた扉の前で、勇者光司が緊張した声をあげる。

「マリア、終わったら、二人で故郷のコルタール領に帰ろう」

俺はマリアにもらった、婚約者の証であるブレスレットにそう誓う。

「……ええ」

俺の言葉に、マリアは口ごもりながらも同意してくれた。

「俺は照明係に徹するから、みんな気をつけて……」

「おっと。てめえにはまだ役目が残っているんだ」

「光司は俺の言葉を遮り、道具袋から光り輝く球を取り出す。

「これは……」

「そうだ。伝説の勇者ライディンがつかったといわれる「輝きの球」だ。子孫であるお前なら使えるだろう」

光司は嫌な笑みを浮かべながら、俺に手渡してきた。

「でも、俺に使えるかどうか……」

躊躇する俺を、マリアが励ましてくれた。

「大丈夫ですよ。あなたならきっと使いこなせます」

そういわれて、俺は気力を取り戻す。

「そ、そうだな。頑張ってみるか」

そんな俺を、光司たちはニヤニヤと笑っていた。


魔王の間

真っ黒いローブをきた背の高い男が、玉座に座っている。

「よくぞ来た。勇者光司とその一行よ……。正義を名乗る虐殺者どもよ。ふふふ、ついにこの時が来たか。これがわが報いか」

魔王が何か続けようとしたとき、いきなり光司が俺の尻をけ飛ばす。

「今だ!やれ!」

前に押し出されて、俺は恐怖に震えるながらも『輝きの球』に意識を集中する。

しかし、やはり『輝きの球』は何の反応も示さなかった。

「やっぱり、俺じゃダメなんだ…」

くじけそうになる俺の手を、マリアがそっと取った。

「頑張ってください。いまからあなたの力の封印を解きます」

マリアが俺の手につけられたブレスレットを外すと、いきなり俺と「輝きの球」の意識がシンクロする。

気が付いたら、俺はひとりでに呪文を唱えていた。

「灼光波動」

俺が掲げた「輝きの球」から聖なる光が発せられ、魔王に向けて放たれる。

俺の放った光は、魔王が着ていた「衣」をはぎ取った。

「ぐぬぬ。わが衣をはぎ取るとは、まさか、貴様は勇者の血筋の者か?」

魔王が歯ぎしりしながら俺を睨みつけた時、急に後ろから強い力で蹴り飛ばされた。

「てめえの役目はこれでおしまいだ。さあ、魔王よ。この勇者光司が相手してやる」

床に倒れた俺を見向きもせずに、勇者パーティが武器を構える。

それから、すさまじい戦いが始まり、俺はただ傍観することしかできなかった。


長い戦いが終わり、ついに勇者光司の一刀が魔王を切り裂く

「ぐぉぉ……ふ、ふふ。これでいい。これでやっとわが復讐の日々も終わらせることができる」

魔王はなぜか満足した表情で、最後の言葉を漏らした。

「く、くくく……だが、勇者たちよ。忘れるな。そなたたちが「正義の立場」にたって理不尽をふるう限り、やがて報いを受ける。この「復讐の衣」があるかぎり、いつかきっと新たな魔王が闇から現れるだろう……」

「うるせえ、死ね!」

光司の剣が魔王の首を跳ね飛ばす。魔王は不気味な笑みを浮かべながら息絶え、同時にその着ていた「衣」も消滅した。


勇者一行は、互いの健闘を称えあう。

「やったぜ。これで世界は救われた。ぐふふ。あとは俺が世界の支配者になって……」

光司はよからぬ妄想にふけっている。

「これで俺たちの長い旅も終わった」

「私たちは英雄だね」

「王様からたっぷりと褒美をもらわないといけまへんなぁ」

レイバン、コーリン、デンガーナが期待に満ちた声を上げる。

「これで、目的はしたしました。次はどうすればいでしょうか……。そうだ。魔王を倒した真の勇者様が相手なら、きっとつつがなく婚約破棄を認めてもらえるはずです。そうなれば……」

マリアのつぶやきに、俺は不安になった

「マ、マリア。帰ったら、お義父上にお願いして、俺たちの結婚を認めてもらおう」

「……」

マリアは俺の言葉が耳に入らないように、うっとりと光司を見つめている。

「マ、マリア……」

「がたがたうるせえ!さっさと帰るぞ。魔王の首をもっていけ!」

光司は魔王の首を拾い上げ、俺に向かって投げつける。

俺は血だらけになりながらも、魔王の首をリュックに詰め込むのだった。


王城

魔王を倒した勇者一行は、国王から手厚い歓迎を受けた。

「勇者光司とその仲間たちよ。よくぞ魔王を倒し、世界を救ってくれた」

「ははっ」

光司と俺たちは、そろって国王の前に平伏する。その周囲には、マリアの実父で俺の義父になる予定のコルタール公爵を初めとする貴族たち、光の神にして勇者の守護神であるランディー神を信奉する教会の教皇マルタール、冒険者ギルドのマスターであるレガシオン、そして国民の代表として大商人ヨドヤの姿があった。

「さて、本来は勇者たちの労をねぎらい、歓待の宴を開くところだが……」」

国王がそばに控える騎士団長に目配せすると、彼はうなずいて玉座の間にいる衛兵に命令した。

「勇者パーティの照明係、ライトを捕らえよ。重大な嫌疑がかかっておる」

その言葉とともにほかの勇者パーティは俺から離れ、屈強な衛兵が俺を取り押さえた。

「な、なんですか!」

「おとなしくしろ。そなたには複数の嫌疑がかかっておる。まず伝説の勇者ライディンの子孫だと自らを偽った罪じゃ」

国王が高らかに宣言すると、俺の義父であるコルタール公爵が進み出た。

「勇者ライディンの血筋は、伝説の彼方に消えて行方不明になっていました。魔王の脅威が迫る中、我々は必死にその子孫を探し、ようやく伝説の勇者と同じ光魔法を使えるライトを探し出しました。しかし……」

コルタール公爵はそこで言葉を切って、軽蔑の目で俺を見つめる。

「彼をわが娘マリアの婚約者として我が家に迎え入れ、冒険者ギルドにあずけて鍛えてもらおうとしましたが、何の戦いの力ももたない偽物でした」

次に冒険者ギルドのマスターが進み出て、コルタール公爵の言葉を補足する。

「彼を鍛えようとモンスターとの戦いを経験させましたが、まったくの役立たず。かえって彼を守るために、何人もの冒険者が傷つきました」

「そうですわ。だから私は彼が偽物ではないかと疑ったのです。私は王家に伝わる勇者召喚の秘儀を使って、真の勇者を呼び出そうと試みました。そして、異世界から光司様がおいでになられたのです」

次に国王の娘、シャルロット姫がしゃしゃり出て、自分の手柄をアピールする。

その隣で、勇者光司はニヤニヤと笑っていた。

「ぐっ……た、たしかに私は勇者の力をまともに使えない偽物だったかもしれません。ですが、自分なりに魔王討伐の旅に参加して貢献したはずです……」

「黙るがいい」

俺の言い訳を、国王は一括して黙らせた。

「貴様の罪は勇者を騙っていただけではない。勇者光司よ」

「はっ」

勇者光司はにやつきながら、俺の道具袋を取り上げて、その中身をぶちまけた。

中から大量の金貨と共に、「輝きの球」が転がり出る。

「こ、この『輝きの球』はわが教会が大切に保管していた勇者の宝物。なぜこやつが持っておるのだ!まさか、こやつが盗んだのか?」

教会の教皇、マルタールが大げさに騒ぎたてた。

「違う!それを渡したのは光司で!」

「黙れ!」

光司が力いっぱい俺を殴りつける。何本か歯が飛んで、口の中が血だらけになった。

「あらあら、わてらが援助した金がそんなに余るってことは、あんさん冒険の旅にかかる予算を大幅に水増しして請求してはったんですなぁ」

大商人ヨドヤは、軽蔑の視線を俺に向けた。

「違う。これは俺の金じゃない。勇者パーティの金を預かっていただけだ」

俺は必死に弁解するが、ほかの仲間はニヤニヤと笑いながら煽ってくる。

「最低だな。俺たちにたたかわせておいて、自分は私腹を肥やしていたのか」

「所詮、卑しい農民の出身よね」

「うちたちが苦しい旅をしているのに、一人だけ贅沢してはったんですか」

レイバン、コーリン、デンガーナはそういって、顔をそむけた。

おいつめられた俺は、心から信頼している幼馴染にして婚約者であるマリアに助けをもとめる。

「マリア……」

しかし、マリアは俺のすがるような視線を避けるように、光司にすがりついた。

「恐れながら陛下に申し上げます。ライトは婚約者であることをいいことに、何度も私にいやらしいことを……」

「なんだと!貴様、平民の分際でわが娘に何をした!」

それを聞いたコルタール公爵は、鬼のような顔になって俺をにらみつけた。

「嘘だ!戦いが終わるまで清い関係でいようといわれて、指一本触れさせてくれなかった」

「うるせえ!」

再び光司に殴られて、俺は立っていられなくなり地面に転がる。光次はそんな俺を、容赦なく踏みつけた。

「マリアのいうことは本当です。何度も夜中に私の部屋に助けをもとめに来ました」

「なんと……貴様!世界を救う聖なる旅をなんと心得るか!」

国王の怒声が響き渡り、光司はかさにかかってさらに俺の顔面を踏みつける。

「勇者にもなれない、ただの偽物の分際で、教会の宝である『輝きの球』を盗み、仲間である聖女を襲った。その罪、この国王が国民の前で裁こう。ひったてい!」

こうして、俺は衛兵に連れていかれて牢屋にぶち込まれてしまう。その姿を、勇者パーティの面々はニヤニヤと笑いながら見送っていた。

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