05
「やはり…アリアを手放す気はないのか……」
ガーランド伯爵は深くため息をついた。
「祭が始まるのは?」
「明日の朝です」
ブライアンの問いにカルロスが答えた。
「朝までに…探せるのか?この広い森を殿下一人で?」
「絶対見つける」
ルキウスは拳を握りしめた。
「必ず———」
『ルキウス、火を持っていけ。灯りが必要だろう』
サラマンダーの言葉とともに赤い光の玉が一つ、ふわりとルキウスの側に現れた。
「ありがとう。———サラマンダー、一つ聞きたい事がある」
『何だ』
「昔、私が馬車の事故にあったのはこの森か?」
『ああ』
サラマンダーは頷いた。
「そうか。じゃあ…」
『シルフがアリアに執着する理由を教えようか』
歩きかけたルキウスの足が止まった。
『シルフにはシルフィードという双子の妹がいた。何百年も昔に消失したが』
「消失…?」
『妹を忘れられずにいた所に現れたのがアリアだ。あの娘の魂は精霊が好む輝きを持っているからな。生まれる前に一度死にかけた時に、ずっと持ち続けていたシルフィードの命の欠片をアリアに与えたんだ』
「何と…」
サラマンダーの言葉にガーランド伯爵達も驚きを隠せない表情を見せた。
『シルフにとってアリアは妹の生まれ変わりであり形見だ。だから譲ってやれとは言わないが、奪うからには相当の覚悟は持っておけ』
「———分かった。それじゃあ行ってくる」
身を翻してルキウスは森に足を踏み入れた。
「サラマンダー殿…シルフィードが消失したとは何故…」
ガーランド伯爵が口を開いた。
『風の森が焼けたんだ』
「森が…?」
『この森がなければ風の精霊は生きられないからな。シルフもボロボロになったが、まだ力が強い分助かった。そして森を護るためにお前たちガーランド家と契約する事にしたんだ。恵みを与える代わりにな』
「そのような事だったとは…」
『人間嫌いだったあれが人間によって森を焼かれ、妹を奪われ、その人間と契約する事で森を護っている。そして今は人間の娘を手元に置く事を望んでいる。———シルフと森を永く大事にしてやってくれ』
「———はい」
ガーランド伯爵とカルロスは深く頭を下げた。
「ここは…森の中?」
突然変化した景色にアリアは周囲を見回した。
『アリアだ』
『アリアが帰ってきた』
『精霊のアリアが帰ってきた』
「え…?」
精霊達の言葉に自分を見ると、背中まであるはずの髪が、背丈よりも長く伸びていた。
「…ねえ…私の瞳の色って…」
『金色だよ』
『精霊のアリアの色だよ』
「そんな…」
『やっぱりアリアはその姿がいいね』
現れたシルフはアリアを見て目を細めた。
「シルフ!元の姿に戻して!」
『それが君の本当の姿だろう』
「…私は人間なの」
『何で人間なんかになりたがるの』
シルフはアリアの髪を手に取った。
『たった数十年しか生きられないんだよ。それにすぐに病気になったり死んじゃうじゃないか』
「———それでもいいの。私は…ルキウスの側にいたいの」
『どうして?』
「好きなの」
アリアはシルフを見上げた。
「ルキウスが好きなの…一緒にいたいの」
『僕もアリアが好きだし、一緒にいたいよ』
シルフはアリアを抱き寄せた。
『アリアが生まれる前から好きなんだよ。好きだからシルフィードの命をあげて大事に育てたのに。君はあの王子を選ぶんだね』
「…ごめんなさい」
金色の瞳から大粒の涙がこぼれた。
「ごめんなさいシルフ……」
『泣かないで。僕の大事なアリア』
シルフはアリアの目尻に口づけた。
『ねえアリア。僕は君が悲しい思いをしたり、辛い目にあって欲しくないんだ。この森にいればずっと穏やかに暮らせるんだよ』
アリアの髪を撫でながらシルフは言った。
『あの王子と一緒になって、王妃として生きる事は幸せなの?』
「———分からないわ、未来の事なんて」
アリアは緩く首を振った。
「でも今は…ルキウスと一緒にいる事が幸せなの」
『君の幸せと僕の幸せは違うんだね』
「…ごめんなさい…」
再び涙が流れるのを指で拭うとシルフはもう一度目尻に口づけた。
『アリア。僕は王子と賭けをしたんだ』
「…え?」
アリアは顔を上げるとシルフを見た。
『祭が始まるまでに王子がアリアを見つけられれば王子の勝ち。君は人間に戻って王子と暮らす』
「…見つけられなかったら…?」
『君は精霊になって僕と暮らすんだ。人間たちには渡さない』
「どうしてそんな…」
『あの王子が君にふさわしいか試すためだよ。———アリアはここから動いちゃだめだからね』
シルフの手が宙を舞うとアリアの髪がさらりと動いた。
ゆるゆると伸びる髪が木々の枝にからみついてゆく。
「シルフ…」
「おやすみ、アリア」
「…や…」
額に口づけるとアリアの意識はゆっくりと遠のいていった。
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