03

「凄い花の数だな…」

馬車の外を眺めてルキウスは呟いた。


「お祭りの最後に使うの。とても綺麗なのよ」

ガーランド領の中心部、大きな広場は色とりどりの花で埋め尽くすように飾り付けられていた。

「使う?どうやって?」

「それは当日のお楽しみよ」

広場を抜け城壁に設けられた大きな門を抜けると立派な屋敷が現れた。




「長旅でお疲れでしょう。今日はゆっくりお休み下さい」

出迎えたガーランド伯爵は立派な髭を蓄えた、穏やかそうな男性だった。


外が明るい内に見せたいと、アリアは屋敷の東側に建てられた物見塔へとルキウスを連れてきた。

螺旋階段を登った先には夕陽に染まり始めた空が大きく開けていた。


「あれが風の森よ」

アリアの示した先には深い緑に覆われた森が広がっていた。

「広いな」

「人間が入っていいのは途中まで。その先は精霊の住処になっているわ」


「…アリアは奥まで入った事があるの?」

「あるわ。———子供の時は森に住んでいたから」

ルキウスは思わずアリアを見た。


「森に住んでいた?」

「生まれてすぐから…十歳くらいまではほとんど森で精霊と過ごしていたわ」

森を見つめながらアリアは言った。

「お母様が亡くなった時にお父様達がシルフと交渉して…それから屋敷に戻る時間が増えたけれど。…まだ人間の生活に慣れない事もあるの」

遠くへと視線を送るアリアの表情はずいぶんと大人びて見えた。

その横顔に懐かしさと———不安を覚えて、ルキウスはアリアを抱きしめた。


「アリア…愛している」

「…どうしたの?突然…」

「手放さないから。何があっても……君が———何者でも」

独り言のような最後の言葉にアリアは一瞬息を飲んだ。


———ルキウスは気づいているのかもしれない。

子供の時に森で見たのがアリアだという事に。

「ルキウス…私は……」

「君はやっと見つけた、私の光だ」

抱きしめる腕に力がこもる。

「———そして私の妃だ」


「……ええ」

頷くとアリアはそっとルキウスの背中に手を回した。





「ねえアリア」

しばらく無言で抱き合っていたが、やや暗い声でルキウスが口を開いた。


「シルフとは…どういう関係?」

「え?」

「一緒に住んでいたんだよね」

見上げたシルフの瞳に不安と嫉妬の色が混ざっているのをみて、アリアは微笑んだ。


「シルフは、私を育ててくれた家族よ。お父様や兄様と一緒なの」

「…向こうはそう思っていないかもしれないだろう。精霊だって…人間を好きになるみたいだし」


「私はシルフに恋してはいないわ」

アリアは小首を傾げた。

「ルキウスだけだもの…こういう気持ちになるのは」

「…どういう気持ち?」

「温かくなったり…ドキドキしたり、寂しくなったり……」

アリアの頬が紅く染まった。

「初めて知る心ばかりだわ」

「アリア…」

「ルキウスとシルフは違うもの」

ますます染まるのを隠すように、アリアはルキウスの胸に顔を埋めた。



「そうだな…私も、アリアと出会って初めて知る感情ばかりだ」

ルキウスはアリアの髪にキスを落とした。


「君と会えて、本当に良かった」

「私も…」


穏やかな風が夕陽に染まる塔を吹き抜けていった。

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