06

朝になっても雨は降り続いていた。

鉛色の空から大粒の雨が絶え間なく激しく落ちてくる。


「こんなに雨が降るなど見た事がないな」

食堂の窓から外を眺めながらウィリアムが呟いた。


「ねえウィリアム…。こんなに降ったら川が溢れたりしないのかしら」

エイダが不安そうに尋ねた。

「そうだな。見回りを出すか」

頷くとウィリアムは控えていた侍従に指示を出した。



「明日には止んでもらわないと困るな。殿下は戻らないとならないのに」

「私は出立を遅らせても構わないぞ」

ブライアンの言葉にルキウスが返した。

「そういう訳にはいきません。今回の外出は無理やりだったんですから」

「———アリアも連れて帰ろうかな」

まだ起きてこないアリアの席を見ながらルキウスは言った。


「そういえばあの子遅いわね…」

呟いたエイダの側にメイドがやってくると、小声で言葉を交わした。

「…アリアは頭が重くて起きれないのですって」

「病気?!」

「そういう訳ではなさそうですが…この雨のせいかもしれませんわ」

エイダの言葉が終わるより早く、ルキウスは椅子から立ち上がった。




「アリア?」

部屋に入るとルキウスはベッドに寝ているアリアの顔を覗き込んだ。

アリアは眠っているようだった。

触れた額には熱も汗もなく、苦しげな様子もなかった。


「……泣いているの?」

いつもより白く見える頬に一筋の涙の跡が残っていた。

「どうしたのアリア…」

涙の跡を拭った指先に、ふいに小さな光の玉が現れた。


気がつくといくつもの光の玉がベッドの周りに浮いていた。

「———私にはお前たちの声は聞こえないんだよ」

何かを訴えるようにルキウスの周りを回る光の玉にため息をつく。

「アリアは病気なのか?それとも…悪い夢でも見ているのか?……サラマンダーがいれば何を言っているのか分かるのにな」

———頼るのは悔しいけれど。

ルキウスはもう一度ため息をついた。




夕方になっても雨は止む気配がなく、激しく降り注ぎ続けていた。


「———しかし、おかしいな」

「何がだ?」

「この地でこの時期に雨が降る事が珍しい上に、これだけの量が降り続くなど…今まで聞いたこともない」

窓の外を見ていたウィリアムはブライアンを振り返った。

「さっき過去の記録を調べて見たが、やはりこんな事は一度もなかった」

「…確かに昨日は良く晴れていたし空気も乾いていたな」



「ウィリアム。見回りの兵士が戻ってきたんだが」

クレイグが地図を手に部屋に入ってきた。

「何箇所か川が決壊しそうな場所があるそうだ」


「———まずいな」

クレイグが広げた地図を見てウィリアムは唸った。

「…特にここが崩れると危ない。ここを重点的に監視してくれ。可能であれば崩れる前に補修を。住民へも注意を促さないとな」

「分かった」

「海の様子は?」

「そちらは今の所問題はない。波も荒れてはいないようだ」



ルキウスが部屋に入ってくると、肘掛けに深く腰を下ろした。


「殿下。アリア様はまだお休みに?」

「ああ…」

「…殿下も顔色が良くないようですが」

「———身体が妙なんだ」

「妙?」

「重いというか、何かがのしかかっているというか…。具合が悪い訳ではないのだが。変な耳鳴りもするし」

「この雨のせいですかね」

「———そうだな、雨は関係あると思うが…」

「アリア様の具合が悪いのも関係あるのでしょうか」


「…もしかしたら…」

ルキウスの脳裏に光の玉が飛ぶ姿がよぎった。




ベッドに横たわるアリアの上を光の玉が舞っていた。


『泣いているよ』

『泣いているよアリア』

『ウンディーネが泣いているよ』


『悲しくて泣いているよ』

『たくさん泣くから雨が降るよ』

『かわいそう』

『ウンディーネがかわいそう』



アリアの瞼が揺れた。

ゆっくりと開いた目尻から一粒の涙が零れ落ちた。

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