06

「アリア嬢とはどうなんだ?」

午後の学習が一息ついた所でセドリックが尋ねた。


「———まあ、順調なんじゃないかな」


「自信なさげだな」

「…監視の目が多いんだよ」

アリアが王宮を訪れるようになって一月ほどが経った。

初めは固かったルキウスへの態度も親しみを感じさせるようになり、自分へ向けられる表情に柔らかさが増えていった。

———それと共に彼女への想いも募るばかりなのだが、相変わらず会う時は複数の付き添いが必要だった。

しかもアリアによると、常に数体の精霊までもが二人の様子を見守っているらしいのだ。


「私は早く二人きりになりたいのに」

「二人きりになって何をするんだ?」

「———」

「言えないような事考えているからだろ」

「……好きな相手に触れたいと思うのは普通ではないのか」


「まだ婚約もしていないだろう」

呆れたようにセドリックは嘆息した。

「お前って、そういう奴だったんだな」

代々の側近の家に生まれ、同じ年齢という事もあってルキウスとは幼い頃から側で過ごしてきたが、もっと淡白なのだと思っていた。


「———自分にこういう感情があると知らなかったよ」

行儀悪く机に肘をついて掌に顎を乗せ、ため息をつくその顔はしかし嬉しさが滲んでいた。


「…それは良かったな。しかし、まだお前の片想いなんだろう」

「それは…そうだが」

「じゃあまずアリア嬢の心を射止めるのが先だな。両思いになれば二人きりにもなれるだろ」


「……分かっているよ」

今度は本当にルキウスはため息をついた。





「アリア、殿下から頂いたネックレスがあるのでしょう?それを付けて行きなさい」

エイダは鏡台の前に座るアリアにそう言うと、侍女に持ってくるよう指示した。


「はい」

「頂いたものは身に付けるのよ。そうすると相手も喜んでくれるし、あなたの好意も伝わるわ」

「好意…」


「———まだ殿下への気持ちは分からない?」

「ええ…」

アリアは目を伏せた。


———アリアも殿下へ好意は抱いていると思うのだけれど。

王宮へ通う事を厭う様子はなかったし、帰ってきてその日の事を語る時は楽しそうに話す。

だがこれまで家族や屋敷の者以外の人間とほとんど接する事のなかったアリアにとっては、その好意が恋心なのか———それとも友情といったものなのか、自覚するのは難しいのだろう。


「そうねえ…」

エイダは思案した。

「殿下にお会いするのが楽しみだったり、早くお会いしたいと思う?」


「……ええ」

しばらく考えて、アリアは頷いた。

「じゃあ、殿下の事を考えると胸がドキドキする?」

「……ドキドキはしないけれど…」

「けれど?」

「胸の中がふわっとするような…温かくなるような事はあるわ」

「あら、それはいい傾向ね」

エイダは鏡越しに妹へ優しく笑みを向ける。


「人を好きになるとね、いつもその人が心の中にいるようになって、会っていない時も感情を動かされるようになるのよ」

「…姉様も?」

「ええ。ウィリアムとは婚約時代、中々会えなかったからいつも寂しかったし、手紙が届くのを毎日待ちわびていたわ」

「そう…」

「———あなたにも分かるようになるから」

諭すように言うと、アリアは小さく頷いた。


あまりアリアの心を急かすような事はしたくなかったが、王宮側としては既にアリアを王子の婚約者と決めているらしく、一日でも早くお妃教育を始めたいと言ってきていた。

アリアとルキウスの結婚に反対するつもりはないし、王家の意向に逆らえるはずもないが、アリアの意思は尊重したかった。


何よりも、アリアの心がまだ決まっていない状態では必ず反対するだろう。

ガーランド家として最も怒らせてはならない相手———誰よりもアリアに執着している、風の精霊シルフが。


———せっかくこちらに戻ってきたアリアをまた失うような事があってはならないのだ。

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