02

「殿下は来ているか?」

「いつもの場所にはいないようだな…」

頭を巡らせていたオスカーとブライアンの視界に、特徴的な赤毛が急ぎ足で横切っていくのが入った。



「ルキウス殿下」

ウィリアム・マクファーソン伯爵は、こちらへ向かってくるルキウスの姿を認めて頭を下げた。

ルキウスはウィリアムを見る事なく真っ直ぐに彼の隣へ立っている少女へ向かうと———そのまま少女を抱きしめた。


「———見つけた…」


「え…」

突然の出来事に少女の瞳が大きく見開かれた。

強く抱きすくめられ、困惑の色を浮かべた視線が助けを求めるようにウィリアムを見上げる。


「…殿下!」

同じように突然の事に呆然としていたウィリアムは、我に返ると慌てて声を上げた。




「———ああ、いきなりすまない」


ようやく気付いたように、ルキウスは腕の中の少女を解放し、改めてその姿を見た。


白い肌に宿る藍色の大きな瞳が印象的な、美しい少女だった。

柔らかそうな金色の髪を結い上げ、レースをふんだんにあしらった水色のドレスを纏った姿はまるで妖精のように可憐だった。


「君は……」

「殿下!」

慌てて駆け寄って来たオスカー達に、ルキウスは眉をひそめた。

「うるさいのが来たな」

呟くと少女の手を取る。


「一緒に来てくれる?」

「え…?!」

ルキウスは少女を抱き上げるとそのまま走り出した。


「なっ…」

「殿下?!」

「アリア!」


騒動にざわめく大広間内をあっという間に駆け抜けて行ったルキウスを、三人は呆然と見送った。




「おい———冗談だろ…」

ようやくブライアンが口を開いた。


「ウィリアム……あの娘は何者だ…?」

「…アリアは私の妻エイダの妹…ガーランド辺境伯の息女だ」


「———ガーランド伯にあんな娘がいたとは知らなかったな」

「伯爵秘蔵の姫君だからな。領地から出たのはこれが初めてだ。エイダの誕生日祝いを届けに来て、しばらく屋敷に滞在する事になっている」

ウィリアムは二人を見てそう言った。


「———で?何でこんな事になったんだ?」

「分からない…。殿下が現れたと思ったら突然アリアを抱きしめて…『見つけた』と言っていたな」


オスカーとブライアンは顔を見合わせた。



「あの娘は幾つだ?」

「確か十七歳だ」

「…恋人や婚約者はいるのか?」


「———いや。そういう相手は一切いないらしい」

二人の質問の意図に気付き、ウィリアムは小さく息をついた。


「ルキウス殿下の花嫁にか」

「殿下の今の言動を見たら彼女しかないだろう」

「お前だってそのつもりであの娘をここへ連れてきたんじゃないのか?」

「…そうとも言えるし、違うとも言える」

「何だそれは」


「———アリアは風の精霊の〝加護付き〟なんだ」

「加護付きだと?」



小さなこのルースウッド王国が豊かで平和な理由———その大きな一つが、この国を「精霊」が護っている事だった。


王都を護る火の精霊サラマンダー、北方の山を司る地の精霊ノーム、西方にある美しい湖に住まう水の精霊ウンディーネ 、そして東方のガーランド辺境領にある風の精霊シルフの森。

四体の精霊と彼らに従う多くの精霊たちはその特別な力で人間たちを護り、助け、人間も彼らを敬い讃美する事で共存し、この国の平穏を護ってきた。

そして特に精霊に認められた者は「加護付き」と呼ばれ、厚い護りを与えられていた。


「ガーランド家は昔から風の精霊と近い関係だが、アリアは特に精霊に気に入られていて、これまで領地の外に出なかったのも風の精霊シルフが許さなかったらしい」


「何故今回は出られたんだ」

「さあ…。理由まで私は聞かされていないが、伯爵からも、精霊シルフからも今回のアリアの王都行きに関して反対や行動を制限するような事は何も言われていない」

ウィリアムは深く息を吐いた。


「妹を領地に閉じ込めておくのは可哀想だから、今夜の夜会へ連れていって欲しいとエイダから頼まれだんだ。いい出会いがあればと。……まさか殿下に攫われるとは」

「———しかし、今まで自分から全く動こうとしなかった殿下が何で突然…。確かにかなりの美人だったけど」



「風と火か……」

オスカーは思案するように顎に手を当てた。


「オスカー?」

「———風は火の勢いを増加させる。風の精霊の加護を持つ彼女に会った事で、火の精霊の加護付きである殿下の中にある火の気性が高まったのかもしれないな」


「それは…つまり…」

「———殿下を探しに行った方がいいな」

表情を厳しくしてブライアンが言った。


「そうだな…あまり早く見つけてもまた逃げられるだろうが、手遅れになっても困る」

「手遅れ…」



「———万が一の時は殿下に責任を取らせるよ」

オスカーは青ざめたウィリアムの肩を叩いた。

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