1. 絆のVRMMOがお送りするアサシンのための新しいコンテンツそれはPVP

「いいか? この世には存在しないものがいくつかある。バカにつける薬、補正下着で強引に作った谷間、あと──」


 ジョッキを持ってきた胸のクソでかい店員が、叩きつけるようにジョッキをテーブルに置いた。


「アサシンのPT需要だッ!」

「す゛み゛ま゛せ゛ん゛ッ!」


 犬のクソを見るような目で俺を見た後、ケツのでかい店員はさっさと別のテーブルへ消えていった。







 俺の名前はヒロ。いたって普通のプレイヤーだ。

 プレイヤーであふれまくってるこの酒場で加入できるPTが奇跡的にないかを探している。


 酒場内のいたるところで青い「!」マークのアイコンがプレイヤーの上に飛び出していた。新PT結成のしるしだ。


「とりあえずPTくんどいたほうがいろいろ便利だし~」というもの凄いおおざっぱな理由で大体のプレイヤーは気軽にPTを組む。


 俺を除いて。


 理由は簡単だ。俺がアサシンだからだ。



 【―― あとは延々とヒロによるこのVRMMOに関するクソなげえ解説が続くのですが、詳しくは第一話をご参照ください ――】



「お前、アサシンだな?」


 突然、5人掛けのテーブルに座っていた俺に後ろから声がかけられた。


 期待を込めて振り返った俺の表情は一瞬で無となった。


 いつも通りの展開ですね、わかります。


 高身長で、顔を含め全身を包む真っ黒な布と鎖かたびらのような黒装束のちょっと理解できないあたまのおかしいセンスをした忍者がいた。


「今回のアップデートでギルドウォーが実装されたのは知っているな?」

「はぁ」

「世はッ! PVPによる大・暗・殺・時代! ギルドウォー!!!!!!!」

『ギルドウォー!!!!』


 突然の忍者の叫びに、酒場の中から謎の合いの手が上がった。


「お前らギルドウォーをやる気はあるか!」

『ギルドウォー!!!!!!!!!!!!!!!』

『うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!』


 な ん な ん だ こ い つ ら ッ !


 あたり一帯でテーブルに立った男たちがジョッキをぶつけながら勝手に盛り上がっている。モッシュでもする気分なのかテーブルからダイブかましてるバカまで発生していた。


「今ッ! この世界にある無数のギルドは有能なアサシンを求めているッ! PTが大好きでたまらないのにソロ活動を余儀なくされている悲しみの陰キャどもを救済するべくUNKOは公式にギルドウォーをコンテンツとして作成したッ! お前の持つアサシンとしてのスキルを我がギルド【闇の住人ダークストーカーズ】で存分に発揮するがよいッ!」

「お断りします」


 俺はワールドカップ開催中の酒場を後にした。






 しかしギルドウォーってのは一体なんなんだ?


 太陽がさんさんと降り注ぐ中、物品を売るプレイヤーでにぎわっているフリーマーケットゾーンを歩きながら俺は少しばかり現状を考えた。


 アサシンのPT需要のなさは確かに問題になっていた。

 町中、いたるところでアサシンによる死体が転がっていた。夢を抱きログインするもPTを組むことができず腐っていく(と同時にPKに走る)アサシンたちを、運営はどうすればいいか真剣に治安問題として考えていた。


 その結果運営がとった行動が「アサシン強化アップデート」だ。


 運営はおそらく相当迷ったんだろうと思う。「絆のVRMMO(笑)」という売り文言のため、PTが組めないんだったらNPCをPTメンバーにしてPTっぽいことすればいいじゃん~というような方向性はとらなかった。


 代わりにとられたアサシン需要を爆上げさせるコンテンツが「ギルドウォー」だった。対人になると異様に強くなるその腕をいかんなくPVPで発揮してもらおうという、思う存分絆がぶっちぎれるコンテンツを実装しやがったのだった。相変わらず運営は頭が斜め上どころか別次元へ吹っ飛んでいる。


「ミスリル鉱石お安くしてます~」

「クエスト消化のためのアイテムがそろってます!」


 広げられたござの上で、生産職が声を張り上げていた。


 いいなぁ~。こういうのもMMOの楽しみだからなぁ。俺も何か売るもんでも探すかな。


「爆弾いりませんか~」

「猛毒やすいです~」


 異質な売り文句が耳に入ってきた。


 広げられたござの上で、クソでかいバックパックを背負った少年が声を張り上げていた。


「何売ってんだお前……」

「あ、ヒロさん」


 前回PTを組んだしょーたろーだった。

 手元にある爆弾を見せながら、しょーたろーが満面の笑みで笑った。


「どうですか!? 新しく実装された罠設置スキルをとって、この爆弾を地雷代わりに埋め込みませんか!?」

「とんでもない活用方法を考えるネあなた……」

「猛毒もありますよ! あたり一帯を毒の沼地に変えることができます!」


 もとから生産スキルを持っていた特殊な「アサシン」だったが、ついにこんなテロ用品まで製造しはじめてしまったとは……。マッチ売りの少女みたいに町中で売っていいものじゃないでしょう。


 とりあえずの付き合いで「罠設置にも耐えられる! 強化型爆弾」を一つ買った。どう強化してるのかは聞かない。


「ところでヒロさん、新エリアが実装されたの知ってますか?」

「新エリア」

「僕らでもいけそうな新エリア、ウォーターガーデンです!」


 しょーたろーが空中で手を動かし、ウインドウを開いて見せてきた。


 何やら、ウユニ塩湖ばりの鏡張りになった水面が画面に映っていた。そこから異様に生えまくるクソでかい蓮の葉と、名前の通りウォーターガーデンな映像がCMのように流れていた。


 わぁ〜。とってもファンタジック〜。


「僕、ウォーターガーデンに行きたいんですよ。でも一人じゃちょっと行けないので他に誰か行く人いないか探してたんです。ヒロさん空いてたらいきませんか?」

「俺は全然かまわないぜ」


 空いてない訳がないからな。


「ついでにモブ子あたりでも声をかけたらいいんじゃないか?」

「モブ子さんは――」


 しょーたろーの表情が、笑ったまま凍った。


 無言のまま、新しくウインドウを開いて映像を見せてきた。


 よくわからない雑音のような歓声が、画面から映像とともに流れ始めた。


 テロップがドン。


 ― Unknown Onlineギルドウォー実況生中継! ―


 なんだこれ。


「これ、前放送した奴の動画です」

「はぁ」


『さあ始まりましたギルドウォーセレクテッドマッチ、今回の対戦は【闇の住人ダークストーカーズ】 vs 【廃狩り中毒者の集い】です!』


 クソみたいに高いテンションの解説の中、コロッセオのような建物の上空から、一気に流れるようにカメラが中に入っていった。


『今回の注目のギルドはこれ! 闇より舞い出た死を運ぶ不死イモータル! どんな攻撃もこいつらの前では無駄ァ! アサシン軍団闇の住人ダークストーカーズゥゥゥゥゥゥッ!』


 高身長で、真っ黒な長髪ポニーテールのキャラデザに、全身を覆う鎖かたびらのような黒装束のちょっと理解できないあたまのおかしいセンスをしたモブ子が、声援に応えながら超インカメで映っていた。


 俺は唖然としたまま言葉を失っていた。


「……あいつギルドウォー出場してんのか」

「モブ子さん5 vs 5の少人数戦セレクテッドにはまってるんですよ」


 なんだかよくわからない解説員がクソみたいに高いテンションで延々と解説を続けた後、試合開始のゴングが高らかに鳴らされた。


 画面の中、モブ子が、当然のごとく試合開始早々ハイドした。


『あーっと! 開幕早々闇の住人ダークストーカーズ全ハイドです! 画面から誰一人映っていません! 過去最大に盛り上がらない映像です!』


 敵対するギルドの魔法使いがフィールド全体に範囲攻撃をぶっぱなした。


 あっさりと魔法を食らったアサシンたちが、ハイドを強制解除され湧き出るゴキブリのようにわらわらと画面に表示され始めた。


『廃狩りの集いの戦士が切り込んでいくゥー!!』


 死んだかな。


 突然、解説員から叫びのような声が上がった。


『あーっと! これはーッ!』


 モブ子が テ レ ポ ー テ ー シ ョ ン した。


『モブ子選手ラグアーマーだッ!』


 説明しよう! ラグアとは!

 回線を絞ることによってそこにいるはずなのに当たり判定を失うという、PVPにおいてはチート級に最悪な、故意にやれば即一発BANを食らう腐れ外道技なのだッ!


「こいつ……ッ! この高速回線時代に無理やり帯域絞ってやがるッ……!」


 だが画面に表示されている異常はそんなものでは済まなかった。


 解説員の絶叫が立て続けにおこった。


『あーっと! モブ子選手闇の処刑パニッシュメントです! 近距離判定しかないはずの闇の処刑パニッシュメントが10m以上離れているのに炸裂しています! 完ッ全に位置ズレバグを使っています! さすが忍者汚いキャラデリしろッ!』


「完全に害悪ユーザーじゃねえか……」

「ちなみにモブ子さんはこの後しばらくログイン停止食らってました」

「当然すぎる……」


 唖然とした俺の声の後、しょーたろーが宙に表示された画面を閉じた。


 俺たちはそっと、町の外へ続く門を見ていた。


「じゃあ、新マップでも行くか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る