第一章第6話 【こうして友達は増えていく】
「……何この面子」
半ば強引に雲雀に連れていかれ、悠馬はカラオケに行くことになった。メンバーは悠馬と雲雀の他に女子が三人、全員悠馬たちと同じクラスの生徒だ。
しかし悠馬にとっては雲雀以外全員初めまして。女子三人を見た悠馬は若干の疎外感を覚えながら、雲雀に小声で質問した。
「皆入校式の前に仲良くなった友達なんだ」
そんな悠馬に優しく説明してくれる雲雀。その回答を聞いて、悠馬は更なる疑問を抱いた。
「入校式前って……どうやって知り合ったんだよ」
「どう……って、普通にメッセで」
ほら、とスマホの画面を悠馬に見せる雲雀。そこには何人かとやり取りされたメッセージの履歴と、一年八組の全員が所属しているグループが表示されていた。
「これって……
「それ以外に何があるの」
学園内の生徒には、政府から専用のスマートフォンが支給されている。これは情報漏洩防止を目的としたもので、各種SNSへの書き込みや動画やブログの投稿、果てはコメントの書き込みすら出来ないようになっている。反対に閲覧は自由に行うことが出来、これは動画だろうとSNSだろうと一切の制限が設けられていない。
そして学園の生徒には、学内独自のSNSアプリが提供されている。その一つが今雲雀が見せている『RIIMO』というメッセージアプリで、これは学園外部の人間と連絡を取ることは出来ないが学園内部の人間となら通常のメッセージアプリと同様にやり取りを行うことが出来るようになっている。
当然悠馬のスマホにもRIIMOはインストールされているが、そこに登録された友達の数は一人もいない。
「……何でもう友達登録されてるんだ、お前のRIIMOには? これって自動登録機能なんてあったっけ?」
「そんなわけないでしょ。入校式前にクラスは分かってたから、その時に誰かがグループを立ち上げたんだよ。僕はそれに誘われただけ」
「よくあるやつよ。それで仲良くなっただけ」
雲雀の脇からにょきっと顔を出して追加の説明を施してくれる女子生徒。雲雀と同じ赤色の髪で、肩口くらいまでの長さのものをポニーテールにして後ろに纏めている。この女子生徒も雲雀と同じく制服を改造していて、スカートの丈が指定のものよりも若干高くなっている。
「あ、あたし
手をひらひらと振って悠馬に自己紹介をする赤髪の女子生徒。稔莉は自身のスマホを操作すると、QRコードが移された画面を悠馬に向けて差し出して来た。
「悠馬君、だっけ? めんどくさいから悠馬でいい?」
「……お、おう」
「私も稔莉でいいよ。
それより、悠馬のことも登録していい?せっかく知り合えたんだし」
グイグイと押してくる稔莉のペースに逆らい切れす、あれよあれよという間に稔莉と友達登録をすることになった。
悠馬のRIIMOに表示された『友達の数』が0から1へと変化する。
「あー! 僕が最初に登録しようと思ってたのに!」
「早い者勝ちでしょ、雲雀」
子どものように稔莉を責める雲雀に対して、どや顔でスマホの画面を見せびらかす稔莉。二人でじゃれ合っているその姿は、普通に仲良しというにはどうも行き過ぎているように悠馬には感じられた。
「お前ら、昔からの知り合いか何かだったりするのか?」
「? お互いここで知り合ったけど、どうして?」
「……いや、何でもない」
自分が無知で最近の子にとってはこれくらいが普通なのか、それともこの二人がおかしいのか、悠馬が持つ知識では判別することは叶わなかった。
「大丈夫よ、あの二人の距離感がバグってるだけだから」
悠馬が二人を遠い目で眺めていると、まるで思考を読んだかのようなタイミングで横から声を掛けられる。振り返ると、そこには顔が似通った女子生徒が二人、悠馬と同じように雲雀と稔莉のじゃれ合いを遠い目で見ていた。
「えっと……」
「私は
稔莉とは違い、淡々とした口調で自己紹介を済ませる鈴。その横で、雫がぺこりと小さくお辞儀をした。そんな双子を、悠馬はまじまじと見つめる。
「…………何?」
「いや、双子の割には結構違うなと思って」
鋭いつり目の鈴に対して優しいたれ目の雫と、よく見てみると細かいパーツに違いがみられる。最大の違いはその髪型だろう。姉の鈴は茶髪のロングヘアなのに対して、妹の雫は黒髪のボブカット。大半の人間は、それを見て姉と妹を判別している。
「まあ、一卵性双生児でも結構違いは出るって言うから。――というか、見すぎ」
「すいません」
悠馬へ冷ややかな目を向ける鈴。それを受け、悠馬は肩を窄めて小さく謝罪の言葉を口にした。
「悠馬さんはグループ入ってないんですか?」
「稔莉みたいに悠馬でいいよ。
俺はそもそもそんなグループがあることすら知らなかった」
雫の問いに悲しそうに答える悠馬。それを聞いて、鈴が思い出したかのように話し始める。
「そういえば親睦会にもいた覚えが無いわね。参加しなかったの?」
「……親睦会?」
そんなもの、悠馬は存在すら知らない。大体入校式まで殆ど期間は無かったはずなのに、いつの間にそんなものが行われていたのか悠馬には甚だ疑問だった。
「ちょっと待って。親睦会は学内ネットで出欠席のアンケートを取っていたはずだから知っていないとおかしいはずなんだけど……悠馬、ここに来たのはいつ?」
「いつって、昨日?」
悠馬の発言に、鈴と雫だけではなく二人で言い合っていた雲雀と稔莉さえも唖然とした顔で固まった。
「昨日って――え、昨日?」
「逆に皆はいつからここにいるんだよ」
「遅くても一か月前くらいにはここにいるよ。学園内での生活に慣れるためと、生徒同士で交流して早いうちから仲良くなるためにって……」
「一か月!!?」
雲雀の発言に、今度は悠馬が唖然とした表情になる。一か月前と言えば、まだ悠馬は研究者としてアントルやAAESについての解明を進めていた頃。入校の話すら昇ってきてはいなかった。
(染岡の野郎、いつもギリギリすぎるんだよ……!)
眼鏡でニコニコと微笑む役人の顔が悠馬の脳裏に浮かぶ。染岡がもう少し早い段階で話を持って来てくれれば、こんな風に一人ぼっちにはならなかったはずだ、と心の中で悪態を吐く。
「寧ろ昨日って、よく間に合ったわね……」
「手続きやらいろいろとギリギリになったせいでそうなったんだよ。俺は悪くねぇ」
「手続きなら明らかに自業自得でしょ」
鈴の冷静かつ的確なツッコミが悠馬を襲う。心に傷を負わされた悠馬を他所に、雲雀が腕を組んで何やら考え始める。
「……悠馬、昨日来たばっかりなら引越し作業がまだ終わってないんじゃない?」
雲雀に問いかけられた悠馬は、胸を抑えながらも脈略の無い質問に答える。
「まあ流石に終わってないけど、それがどうした?」
その発言に目を光らせたのは、雲雀ではなく稔莉だった。
「それは大変! 明日から授業が始まるのに、私たちとカラオケになんて行ってたらいつまでたっても引っ越しが終わらないわね!?」
アメリカの通販番組かよ、とツッコミたくなるほどわざとらしいリアクションを取る稔莉に、悠馬は訝しげな視線を送る。
「……なんだその反応?」
「だよね稔莉! でも僕らは仲を深めるために一緒に遊びたい。何かいい案は無いだろうか……!?」
稔莉に乗っかるように、雲雀もわざとらしく大げさに話し始める。
「……嫌な予感しかしないわね」
「あはは……」
そんな二人の様子を見て何かを察したのか、鈴は頭を抱え雫は苦笑いを浮かべる。そんな双子の様子にまで気を配ることの出来ない悠馬もまた、雲雀と稔莉の胡散臭い態度に何か嫌な予感を感じていた。
「……何が言いたいんだ?」
「あ、そうだ! いいこと考えた! 僕らで悠馬の家の引っ越し作業を手伝ってからそのまま遊べばいいんだ!」
「それはいい考えね雲雀! ナイスアイディアよ!!」
「…………」
二人の言葉を聞いた悠馬の反応は、怒るでもツッコむでもなく、呆然とする、だった。
何も言葉が出てこず、ただ呆然と二人の様子を眺める悠馬。そんな悠馬を置いていく形で、二人の会話はどんどんと進んでいく。
「それなら早速悠馬の部屋に行かないと!」
「そうね! 早く終わらせればその分遊べるもんね!」
「雲雀、お前はそんなアホな奴だったのか……?」
これが辛うじて、絞り出すように悠馬の口から出てきたツッコミの言葉だった。
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