戦巧者

武田伸玄

第1話 見えぬ荷物を背負いて

 「武田家を頼んだぞ」


 と信虎は厳しい眼で語りかける。

決してそう言ったとは限らない。


 だが、そのように見えてならないのである。



 武田家18代目当主、武田信虎はもう一度私の顔を見る。

それに私は毅然とした表情で答えた。


 すると、私の父である信虎は口元にささやかな笑みを浮かべて

私に背中を見せる。


 そのまま、信虎は歩みを進めていく。

信虎の向かう先は南方にあり大海に面する駿河国(現在の静岡県中部)。


 目視できるわけではないが、信虎はその背中に荷物を背負っている。


 「父上は、とても重い荷物を背負っておられる」


 私、武田晴信が当主となって初めて発した言葉がそれだった。


 実際に荷物を背負っているわけではない。

だが、確かに背負っているのである。


 我が武田家の膿を一人、背中に抱えて国を出ていく信虎。

これが父、信虎の宿命だとしたら私はそれに応えなければならない。


 それが私に与えられた宿命でもあるのだ。



 「信虎様は確かに見えぬ物を背負っておられましたな」


 父、信虎と別れた駿河国との国境にあたる甲斐国白鳥。

そこから甲斐国躑躅ヶ崎館への帰路で私と馬を並べる

重臣の板垣信方がしみじみと言う。


 その眼には光るものがあった。


 (・・・ん、光るもの・・・?)


 私はふと空を見上げる。

先ほどまでどんよりとした梅雨空だったのだが、いつの間にか晴れ間が覗き

柔らかい光が差し込んできていた。


 (父上・・・、私が父上の願いであった平和な世を作って見せまする・・・!)


 明るくなった空を見つめながら、私・・・武田家19代目当主

武田晴信は誓ったのである。

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