02
「やっと終わった…」
控え室のソファに深く座り込んで、マリアは大きく息を吐いた。
王都へ戻る途中途中での祝いの席と、王家主催の祝賀会は格が違いすぎた。
国王陛下夫妻を始めとして、華やかな正装に身を包んだ大勢の貴族達の存在感と、自分へ向けられる賞賛と好奇の視線が予想以上に疲れを与えた。
大広間ではまだ宴が続いているらしく、音楽や喧騒がかすかに聞こえてくる。
ノックの音にマリアは慌てて身体を起こした。
「はい」
「マリア…今大丈夫かしら?」
扉が開くとリリーが顔を覗かせた。
二人はソファに並んで腰を下ろした。
「———色々ありましたね」
「本当に。魔王を封印できて良かったわ」
「はい…これで〝ゲームクリア〟ですよね」
「そうね。きっと終わりね」
長いようであっという間だった。
これからはもう、イベントが起きる事もないだろう。
「マリアはこれからどうするの?」
「———学園を卒業したら神殿に行く事になりそうです」
魔王の封印という最大の役目を果たしたとはいえ、魔物がいなくなった訳ではない。
まだ聖女の力を必要とする場面もあるだろうし、何より『聖女』という存在自体が大きいのだ。
「マリアはこれからも聖女なのね」
「そうですね…。自分が聖女だと知った時は怖い気持ちが大きかったですけど。今は、嬉しいです」
背筋を伸ばすと、正面を見つめマリアは言った。
「ここへ戻る間、沢山の人達が喜んでくれて。———私、前世では何も出来ないまま死んでしまったから。今こうやって誰かの役に立てるのが嬉しいんです」
「マリア…」
「リリー様は?フランツ様と結婚するんですよね?」
「———その事だけれど。今日はね、お別れの挨拶に来たの」
「え?」
目を丸くしてマリアはリリーを見た。
「ローズランドを出る?」
「どういう事だ」
フレデリックとロイドはルカの言葉に耳を疑った。
「うちの先祖はシュヴァルツ帝国の皇族なんだ。それで今度僕とリリーが帝国に戻って、家を再興する事になった」
「帝国の皇族?エバンズ公爵家が?」
「そんな話聞いた事ないぞ」
「今初めて言ったから」
ルカは人差し指を立てると自分の口に当てた。
「これはまだ帝国側もほとんど知らない事だから。誰にも言わないでよ」
「———もしかしてリリーがあの皇太子と…親しくなったのも、そのためなのか?」
「それは偶然だよ。フランツも僕たちの血筋の事は知らなかったし」
フレデリックの問いにルカは答えた。
「…それで、いつ行くんだ?」
「明日迎えが来る」
「明日?!」
「———多分、この先リリーは帝国から出る事はないだろうね」
フレデリックに向かってルカは言った。
「リリー?いるのか?」
やや乱暴に扉を叩く音と共にフレデリックの声が聞こえた。
「フレッド?どうしたの…」
「リリー!」
部屋に入るなりフレデリックはリリーを抱きしめた。
「———ルカから聞いた。明日…行くと」
「あ…ええ…」
「止められないのか」
「———はい…」
触れる箇所から、フレデリックの感情が流れ込んでくるのを感じた。
悲しみと、優しさと嫉妬———そして愛情。
それらを受け止めるように、リリーはフレデリックの胸元に手を添えた。
「フレッド…貴方に〝ヴィオレット〟の加護と祝福を。私の力がこれからも貴方の助けになる事を願っています」
『紫の姫』の力は一度与えられると消える事はないという。
魔王を倒すためとはいえ一方的にフレデリックに与えてしまった力が、彼の負担となる事なく、役に立ってくれれば良い。
自分が彼の為に願える事はそれだけだ。
「……リリーの力は温かくて心地好く、眩しい…光のような力だ」
腕を緩めると、フレデリックはリリーの顔を見た。
「…そうだな、私の中にこの光がある限り、君は私の傍にいるのだな」
たとえこの先、会えなくとも———
この光が消える事はないし、彼女を忘れる事もないだろう。
「リリー。私の大切な人。———君にも、祝福がある事を」
フレデリックはリリーの額にそっと口づけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます