第117話 烏真六月
澄みきった空気に、ほんのりと香る木の匂い。少しずつ日に照らせれて行く街並みを眺めながら、心底そう感じてしまう。
やっぱりここは烏山に似てるなぁ。
烏真家、私はその家の7番目の子供として生まれました。ちなみに、まだ小さいけど妹もいたりして……お姉ちゃんだけど末っ子感は抜けていかも。
まぁ、そんな兄弟の多い私は……いえ、私達は生まれた時から他の人達とは少し違ったのかもしれません。なんたって烏真家は代々烏野衆の頭領を務め、烏野衆というのは忍びの集団なんですから。
ふふっ、忍びって言われても到底信じられないですよね? 現代に忍びが居る……有り得ないと言えばその通りなんですけど、現に私達は居るんです。
それこそ普通の人にはない特殊な事が出来たり、多少運動能力が高かったり……今思えば小さい頃から遊びだと思ってた事は、いわゆる修業だったのかもしれません。
木の上を移動するとか、川を逆走して泳いだりとかか? 学校に行って1学年ずつ進級するたびにそう思う様になったっけ?
そんな感じで大自然の中を自由に遊び回って、過ごしてきた訳ですけど、さっきも言った通り私には7人の姉兄妹が居るんです。皆の仲は……忍お兄さん関係を除けば、めちゃくちゃ良いと思う。
まず一月姉。烏真家の長女で皆の良き相談相手。スタイル抜群で落ち着きもあって華道や茶道、琴なんか全てこなせる完璧な大和撫子。本当に……憧れちゃう。
次に二月姉。今は国際弁護士の資格を取る為に外国に行ってるんだ。眼鏡が似合うクールビューティー。
三月姉は一言で言うと豪快かな? ムードメーカー的な立ち位置なんだけど教員免許持ってたり、凄いんだ。
四月姉と五月姉は京南大学に通う学生さん。どっちも縫製関係が好きで趣味でメイド服や執事さんの服を作ってるみたい。月城さん達の文化祭で衣装全般を担当した位、そのデザインと完成度は折り紙つきだよ。
そして唯一の年下、妹の
最後に忍お兄さん。ただ1人の男の子だから、女姉妹に囲まれて過ごすのはキツイ部分もあったと思う。私もお姉ちゃん達に可愛がってもらったけど、忍お兄さんに対する愛情もそれは凄いものだったっけ? そんな忍お兄さんだけど、とってもとっても優しかった。
そんな皆と、顔は怖いけど優しいお父さん、いつも笑顔だけどものすごく行動的なお母さん。それが烏真家なんだ。ちなみにお母さんは今、世界中を飛び回って烏山忍者村を世界進出させる為の準備してるんだ。本当、お母さんのそういう所少しでも分けて欲しいよ。
そして私。良く皆には大人しいって言われるんだけど、実際そうかもしれない。だってさ、なんとなくその人の事分かっちゃうから、本当の事言ったら傷付いちゃうかもって……そんな事常に考えて……ずっと過ごしていた。
そして、中学1年の時……忍お兄ちゃんが家から出て行っちゃったんだ。探しに行こうと思ったんだけど、お父さんや一月姉に止められてね? 心配で、悲しくて……1度も会う事なく時間だけが過ぎてって……
そんな時だった。
忍お兄さんが帰って来たんだよっ!
部活帰りに忍お兄さんの姿を見た時、本当に嬉しかった。もう会えないとばかり思ってたんだもん。久しぶりの声、温もり……泣きたい位だった。
そしてもう1つ、嬉しい出会いもあった。その時だよ? 月城さんと恋さん、彩花先輩と出会ったの。
彩花先輩は本当に綺麗で、一目見るとミステリアスな部分があるけど……この2人の事本当に大事に思ってるってすぐに分かった。ただ、それを表に出すのが苦手なんだなぁって。
恋さんは本当に明るい人。初対面の人でもすぐ恋さんに惹かれていって……気が付けば皆の中心になってる。心を惹きつける何かを持ってるんだよね? さしずめ太陽って感じです。恋さんの近くに居るだけで……自然と力が湧いてくるんだよ? でも……だからこそ、奥底に少しだけ感じる別の感情? みたいなのが気になるんだ。恋さんはそれを全然表には出さない。そういう意味では月城さんにも話したけど……1番ミステリアスなのかもしれない。
そして月城さん。忍お兄さんと再会した日、家に帰って一月姉と三月姉から聞いたんだよ? 忍お兄さんが帰って来たのは月城さんのおかげだって。それ聞いた瞬間、あの時挨拶もせずに来ちゃって失礼な事しちゃったし、なんとかお礼も言わなきゃって思って、一月姉に相談したんだ。
そして……思い出すだけで恥ずかしいよぉ。つっ、月城さんが入ってるお風呂場に……お背中流しに行ったんだ。そっ、そりゃ驚くよね? でも月城さんは優しく受け入れてくれて、丁重にお断りはされたけど……一緒にお風呂に入ってたくさんお話した。忍お兄さんの事、受験や部活の話、学園の話。そして……月城さん自身の事。
それで分かった。忍お兄さんが、月城さんを連れてきた理由、烏山に帰って来れた理由が。
女恐怖症……そんな共通点があるからこそだったんだよね。月城さん自身も過去にそんな経験をしたから、忍お兄さんの気持ちも分かる。けど、それだけじゃなかった。意図してなかったとはいえ、忍お兄さんを追い詰めた原因であるお姉さん達の行動や、そのすれ違いについても私の話をきちんと聞いてくれて、理解してくれた。そんな姿が、とっても嬉しくて嬉しくて……心が落ち着いてた。
なぁんてね。
多分忍お兄さんの気持ちが分かる人にも初めて出会えたし、自分の本音を言えたのも初めてで……それが出来た月城さんに、惹かれたんだよ。そして、そんな3人に出会えたあの日は間違いなく、私のターニングポイントだったと思う。
将来は烏山忍者村手伝うんだろうなって、だから高校だって近くの高校かなって思ってた。でも、世の中はこの烏山だけじゃないんだ。
恋さんの言ってた遊園地やスイーツショップにだって行ってみたい、彩花先輩が言ってた最新の流行だって真似したいし、そして何より……自分がしたい事を見つけたかった。
だから、恋さんや彩花先輩も居る。それに勿論……月城さんも居る。高校から大学までの7年間で学べる分野の数も多い、鳳瞭学園に行きたいって、お父さんに言ったんだ。
最初は皆驚いてた。一月姉まで驚いてたしね? でも、それも一瞬だった。
『自分の意思で行きたいんなら、止めれる訳ないだろ?』
お父さんの言葉は……胸に響いて、
『六月ちゃんがそう言ってくれて、私嬉しい。烏山は忍ちゃんが頭領として戻ってくるまで、お父さんと私が責任を持って留守番するから。六月ちゃん、いってらっしゃい?』
一月姉の言葉は……心強かった。
それからはあっという間。走り幅跳びの成績で推薦も受けれたし、内申点も問題はなかった。
そして、今私は鳳瞭学園1年生として、ここに居る。
恋さんや彩花先輩はとっても喜んでくれて、桐生院先輩は完璧な紳士。月城さんの妹である海璃ちゃん、あとは相音くんと一緒のクラスで仲良くなれたのは本当に良かったなぁ。
片桐さんや早瀬さんは陸上部の先輩だけど、月城さん達とも知り合いだからか、とても優しいく接してくれる。それに兼任とはいえ、新聞部のメンバーとして、お花見やこの遠方取材なんかにも連れてきてもらって……鳳瞭に来て本当に良かった。
でもさ、上手くいかない事もるよね?
クラス皆や先輩達に馴染めるかなって不安も一気に無くなったんだけど……驚いたのは、恋さんと月城さんの関係。去年来た時は、何処となく牽制し合ってる様な、何処か噛み合わない部分もあってたはずなのに……それは2人の様子を見た瞬間分かっちゃった。
お互い……想い合ってるだって……
この1年の間に2人に何があったのかは分からないけど……それはもう、誰も入る余地が無い位だと思う。
でもさ、私だって頑張ったんだよ? 体育祭頑張って、海璃ちゃんにも協力してもらって、月城さんを烏山まで連れて来てさ? あわよくば既成事実を……
なんて考えてたけど、いざ本人を目の前にしたら無理だった。 だって、心の何処かに恋さんが居てさ? 恋さんの事笑顔で話してくるんだよ? めちゃくちゃ楽しそうにさ?
でもさ、諦めた訳じゃないよ?
『一月姉?』
『六月ちゃん? 何かしら?』
『私ね、もしかしたら一生独身かもしれない』
『六月ちゃん……?』
『あのね、好きな人がいるの。けど、その人は違う人と結ばれてる。でもね、諦めたくないの。だからその人以上の人が現れない限り……』
『……そうなのね。そんな事今から考える位の人なの?』
『うん。多分さ、その人を越える人とは出会えない気がするの。だからね、その時は一緒に……』
『一緒にお父さんに言ってあげるわよ』
『ありがとう、一月姉』
『ふふっ、でも羨ましいわ。そんな決意する位、素敵な人に既に出会ったなんて』
『本当? あの時勇気出して良かった』
『あの時? あぁ、でもね六月ちゃん……貴方はあれからずっと、変わり続けてるわよ?』
『変わり続けてる?』
『それは自分に聞いてみなさい?』
『えぇ、そんなぁ! 一月姉教えてよぉ』
『内緒です』
『ひっ、一月ねぇぇ?』
私はずっと待ってるって決めたんだ。2人の仲を切り裂くとかそんな事は考えてない。それは卑怯だもの。ただ何かしらが原因はで2人の距離が離れたなら、その時は一目散に間に入るよ?
でも、もちろん2人の事はとっても大事だから、2人の邪魔しようとする人が居たら容赦はしない。
その最有力候補が高梨さんだったんだけどね?
交換学習で来て、聞けば月城さんと幼馴染みとか? この辺は海璃ちゃんから聞いたから間違いないよ。
そして恋さんと親戚で顔もそっくりだし、新聞部に入部してるし? 怪しさ満点だった……んだけどなぁ……月城さんに言った通り、あの人はまるで裏表がない。今思ってる事をそのまま口に出してるだけなんだよね。
まぁ、色々と昔話を思い出しちゃったけど……今の私はどうなんだ? って聞かれたら……
今の私は幸せです!
好きな人が居て、仲良くてくれる友達が居て、可愛がってくれる先輩方に囲まれて、私は鳳瞭学園に来て、本当に幸せですっ!
「よっと、眺めはどうです? 六月お嬢さん」
「あっ、おはようございます。源さん。いえ……かまいたちの源さん」
「おっと、その名は何度聞いてもお恥ずかしい」
「じゃぁお嬢さんも止めてください?」
「一応お客様なもので、六月さん?」
「ありがとうございます。そう言えば、お父さんは源さんがここに居る事知ってるんですか?」
「ふふっ、どうでしょう? 毎年烏山忍者村の無料チケットなら送られて来ますがね?」
「ふふふっ、そっかぁ」
お父さん言ってたもんなぁ。俺の名前は親父と、その親父が尊敬する人の漢字をいただいたんだって。
こんな所で出会えるなんて……本当に世の中って、
広くて狭いなぁ。
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