84 家族の証

 マサキたちはウサギに教える芸についての会話を終えた。それと同時にウサギがニンジンを食べ終えたのでマサキたちは受付に向かうため動き出す。

 そして見送りをしてくれているウサギたちの頭を撫でながらマグーレンが待つ受付に向かった。


「里親の書類だ。これを代表者が書いてくれ」


 受付に到着後、マグーレンが言った言葉だ。その手には一枚の書類があった。

 マグーレンの言葉を受けて書類を書く予定だったダールが口を開く。


「代表者ッスか……それでしたらアタシじゃなくて兄さんか姉さんが書いてくださいッス!」


「じゃあ私が書きます。マサキさんはまだ文字が書けませんからね。それに両手が塞がってますし……」


 ネージュが立候補した。

 恥ずかしがることなく立候補できたのはマサキとマサキの腕の中で眠るウサギのためだろう。

 そしてマサキとネージュはマグーレンの前でも怯えたり小刻みに震えたりしていない。これはマグーレンの優しさに気付いたからだろう。

 さらにはクレールも透明にならず受付にいるマグーレンの前でも姿を現しているのだ。


「それじゃあお嬢ちゃんが書いてくれ。ウサギソイツの名前も今考えて書いてくれ」


 マグーレンが指を差して説明したのは『ウサギの名前の欄』だ。

 里親の書類にはすでに『ウサギの名前の欄』が存在する。名前を決めなければ受け取れないルールなのである。

 ネージュがマサキの顔を見てウサギの名前をどうするかを聞こうとした瞬間、マサキの口が先に開いた。


「ウサギちゃんの名前はもう決めてある」


 マサキは堂々と答えた。


「何ですか? 聞きたいです!」

「クーもクーも!」

「アタシも聞きたいッス!」


 ネージュ、クレールそしてダールが興味津々にマサキのことを見る。

 マサキは青く澄んだ瞳と紅色の瞳と黄色の瞳の視線を同時に浴びた。


「ウサギちゃんはマフマフが大きいからメスだってわかるだろ。そんで女の子っぽい名前を考えてたら一つたどり着いた。ウサギちゃんの名前は……」


「名前は……?」


「ルナだ!」


 マサキは兎人族の美少女たちの瞳ではなく、左腕の中でスヤスヤと眠るウサギを見ながら答えた。

 ルナを起こさないように抱き抱えている左手の指で背中辺りを軽く撫でている。


「ルナですか。いいですね! すごい可愛い名前です!」


「クーもすごくいいと思うぞー! ルナちゃん! 可愛いぞー!」


「アタシもルナってすごいいいと思うッス! 決まりッスね!」


 ルナという言葉の響きに興奮している三人の美少女たち。


「でもルナって言葉聞いたことありませんがどんな意味があるんですか?」


 ネージュは『ルナ』という言葉を聞いたことがないらしくマサキに名前の意味について質問をした。クレールとダールも名前の意味を知りたがっている様子だ。


「ルナって言葉こっちではないんだな。えーっと……ルナって言葉の意味は……月とか月の女神様って意味だよ。前にネージュの好きなものを聞いた時に『月』って言ってたのを思い出して『ルナ』って名付けた!」


「わ、私の好きなものを覚えててくれたんですね。それで私の好きなものから名前をつけるだなんて……う、嬉しいです……で、でも恥ずかしい……や、やっぱり嬉しい……で、でも恥ずかしい……」


 自分の好きなものを覚えてくれていたことに対して恥ずかしくなりどんどん顔が真っ赤に染まるネージュ。その恥ずかしさが伝染したのかマサキの顔もどんどんと赤らめていく。


「い、いや、覚えてたというか何というか……あっ、そうそう、なんか丸まって寝てる姿が何となく満月っぽいなって思ったのもあるぞ。そ、そっちが一番の理由だ!」


「確かに寝てる姿は満月っぽいッスね。でも寝たのはついさっきッスよね。誤魔化さなくてもいいんッスよ〜。姉さんの好きなものから名付けたんッスよね〜」


 恥ずかしくなって誤魔化そうとしたマサキにジト目のダールが肘でマサキのことをグリグリとやりながら言った。


「と、とにかく、ウサギちゃんの名前はルナでいいか?」


 マサキはダールの言葉を否定することなく話を進めた。またややこしくなると思ったからである。


 ネージュが真顔で口を開く。


「私が考えた『ぴょんぴょん丸』よりは少しだけ良い感じがします!」

「え!? ぴょんぴょん丸って確かノコギリの名前じゃなかったか?」


 クレールが真顔で口を開く。


「クーが考えた『茶色』よりはいいかもしれない」

「色が名前!? 確かに茶色いけども!」


 ダールが真顔で口を開く。


「アタシが考えた『毛』よりもいいッスね!」

「毛って……どっちかというと耳の方が特徴的だろ!」


 こうして兎人族のネーミングセンスの悪さを実感しながら、ウサギ自身が寝ている間にウサギの名前がルナに決定した。

 その瞬間、ルナの首元がピカーっと光り出した。


「ひ、光った!?」


 その光は一瞬で消えた。

 ルナに異変がないか確認したいマサキだったが両手が塞がっていて確認できない。


「ル、ルナちゃん。大丈夫か!? な、何で光ったんだ!?」


 慌てるマサキ。

 しかし慌てているのはマサキだけだった。


「マサキさん。大丈夫ですよ。名前をつけたことによって正式に家族になったんです」


「そ、そんなことがあるのか……俺のルナちゃんに何かあったらどうしようかと……」


「ルナちゃんはじゃなくてですよ。飼い兎の証が首元にあると思いますよ」


 ネージュはルナの首元を確認し始めた。

 寝ているルナを起こさないように優しく大きなマフマフをめくり覗き込む。

 ネージュの後ろではクレールとダールもルナの首元を覗き込む。


「マサキさんマサキさん! マフマフの下にありましたよ! ルナちゃんを見つけた時にはなかった飼い兎の証、いえ、家族の証が!」


「これが証ッスか。アタシは初めて見たッス!」


「クーは何度か見たことあったけどみんな同じ形なんだね!」


 家族の証を覗き込んで確認した三人の美少女たちがそれぞれ感想を溢した。

 マサキはルナを抱っこしているので家族の証を見ることができなくてもどかしい気持ちに駆られる。


「お、俺も見たいんだけど……」


「今めくってますからその隙に見てくださいよ」


「いや、マフマフが大きすぎて全然見えないんだが……誰か俺の代わりに抱っこしてよ」


「それは無理ですよ。ルナちゃんが起きちゃいます。それにマサキさんじゃないと嫌がりますよ。お家に帰るまで我慢するしかないですね」


「マ、マジか……だよな……仕方ない。我慢するか」


 マサキはルナのマフマフの下に現れた家族の証を家に帰ってから見ることになった。それまで我慢しなくてはならないのだ。

 しかしそんなマサキを惨めに思ったのかマグーレンが口を開いた。


「鏡ならあるぞ。これで兄ちゃんに見せてやってくれ。家に帰るまで見れないのはかわいそうだからな」


「マ、マグーレンさん……ありがとうございます」


 マグーレンは手鏡をクレールに渡した。何とも気の利くおじいさんだ。


「こうかな? こうかな?」


 手鏡を受け取ったクレールがマサキに家族の証を見せるように手鏡の位置を調整している。

 そして片手しか使えないネージュの代わりにダールがルナのマフマフを上げて家族の証を見えるようにしている。


「えーっともう少し横にズレて」


「よこー?」


「あっ、えーともう少し左だ」


「ひだりー?」


「違う違う俺から見て左」


「こっちー?」


「そうそうそっち。って行き過ぎ。戻って戻って」


「ここら辺かなー?」


「もうちょい戻って!」


「戻ってってさっきのところ? それともその前のところ?」


「えーっとその前のだな。だから右だ」


「みぎー?」


「違う違う。俺から見て右!」


 マサキとクレールのすれ違いコントのようなやり取りが数分間続いた。

 そしてようやくマサキはルナのマフマフの下に現れた家族の証を確認することに成功した。


「家族の証って丸いんだな。十円ハゲいや、大きさ的に一円ハゲか。なんか思ってたのと違う……もっと模様みたいなのがあるのかと思った」


 期待が高すぎたのだろう。マサキは十円ハゲのような円形の家族の証を見て残念そうにしていた。


「これは満月の形なんですよ。月にちなんだ名前のルナちゃんにはすごく似合ってる模様だと思いますよ」


「た、確かにそうだな。偶然だけどな……でもルナちゃんなら何でも可愛い! どんな模様でも似合うはずだ!」


 マサキはすぐに家族の証の模様を受け入れた。マサキはもう親バカなのである。


 その後、ネージュが里親申請をするのに必要な書類の『ウサギの名前の欄』に『ルナ』と名前を書き書類を書き終えた。


 マグーレンはネージュが書いた書類に目を通した。その後、ニンジンで作られた大きな判を捺した。


「これで里親申請は全て済んだ。お疲れさん。今日からウサギソイツを可愛がってくれよな」


「は、はい! 我が子のように可愛がります!」


 満面の笑みのマサキが真っ先に答えた。ルナを飼えるようになって一番喜んでいるのは紛れもなくマサキだ。


「それとだ。イングリッシュロップイヤーはウサ耳が大きいからなちゃんと手入れをするようにな」


「クーがやるー! いっぱい毛繕いしてお耳の掃除もするー!」


 元気いっぱいにクレールが返事をした。お世話係はクレールになりそうだ。

 そんなクレールにマグーレンからアドバイスがある。


「濡れたタオルとかで拭いてやってくれ。穴の奥までは吹かなくていいからな。それとあまりウサ耳をパタパタさせないようにな。。ストレスを与えちゃうかもしれないから気をつけるように。それとだな……」


 マグーレンからのアドバイスが続くが突然マサキが口を開いた。


「今飛べないって言いましたか?」


「ああ、言ったぞ。イングリッシュロップイヤーってのはウサ耳をパタパタとさせて飛んでる絵本とかが有名だからな。それを見て勘違いする兎人が多いんだ。だから飛べないぞって注意しなきゃならないんだ。お前さんたちならわかってると思うがな。こっちも仕事なんで許してくれ」


 当たり前だがウサギは飛ばない。しかし仕事だからこそそんな当たり前な説明をこと言わなくてはいけないのだ。

 マグーレンはそのことに対して謝ったがマサキが聞きたかったのはそうではない。


「ルナちゃん……飛びましたよ……」


「ハッハッハッハッハ。兄ちゃん。ウサギは飛ばないぞ。ワシの時代はなウサギを『匹』じゃなくて鳥のように『羽』って数えたりしていた兎人がいたがそれは飛べるからって意味じゃないんだ。だからウサギが飛ぶなんてことはじゃない限りあり得ないんだよ。ハッハッハッハッハッハ」


 大笑いをするマグーレンとクレール。マサキが冗談を言ったのだと思っているのだ。


「おにーちゃん。ルナちゃんは飛んだんじゃなくて空から降ってきたんだよー」


 クレールもルナが飛ぶところを目撃していない。なのでマサキが勘違いしていると思っている。

 しかしルナが飛ぶところを見ていたマサキとネージュは唖然としていた。


「ル、ルナちゃんが……げげげげ幻獣……」

「ぇええええぇえええ!」


 ネージュは驚きのあまり気絶しそうになったが何とか堪えた。

 そして同じ現場にいたダールはマサキとネージュほど驚いた様子ではなかった。


「アタシはよく見てなかったからわかんなかったッス。でも兄さんが飛んだって叫んだんで飛んだんだと思ったッスよ」


「めちゃくちゃウサ耳パタパタしてウサギ泥棒に向かって飛んだぞ。そのあとはまた飛んで俺のところに戻ってきた……」


「でも確かにそうッスね。今思えば飛んでたようにも見えたッス!」


 マサキとダールは記憶を辿りながらルナが飛んだのかどうかを確認し合った。

 曖昧な記憶からは飛んだように思えるだけだった。


「長年兎園ここで園長をやってるが空飛ぶウサギなんてワシは一度も見たことがないぞ……」


「あはは……そ、そうですよね……死と隣合わせの状況だったから見間違えたのかもしれないです……ただ跳ねただけとかだったのかな? あはは……」


「兄ちゃんたちの気のせいだと思うぞ。でももしもルナソイツが幻獣だったとしても大切に育ててくれな。ワシは幻獣については専門外だから詳しくは図書館とかで調べるといいぞ」


 マグーレンは長年の経験から半信半疑だった。


「は、はい。そ、そうします。幻獣でもルナちゃんはルナちゃんだ。大切に育てます!」


 幻獣問題は解決しないまま幕を閉じた。ここにいる全員が幻獣について詳しく知らないからだ。

 ただわかっているのは幻獣は害のない生物。そして神に近い生物だということだけだ。


「クーもルナちゃんが飛ぶところ見たいなー!」


「実際俺の記憶違いかもしれないし……ジャンプした時にそう見えただけかもしれない。でもいつか飛んでくれるかもしれないからウサ耳の掃除を頑張ってやろうな」


「うん! クー頑張るよ!」


 クレールは小さな手で寝ているルナの頭を優しく撫でた。ルナは撫でられた瞬間に鼻をひくひくとさせた。


「私も飛んだように見えただけのような気がしてきました……」


「なんかここまできたら気のせいにも思えるよな」


 マサキとネージュも話が進むに連れて気のせいに思えてきていた。


「でもこれからずっとルナちゃんと一緒ですし、そのうち飛べるかどうかわかるはずです!」


「そうだな」


 空を飛べるかどうかはいつかわかること。その日まで気長に生活していけばいいのである。


「それじゃあお家に帰りましょう! デールとドールが帰ってきてるかもしれませんしね」


「妹たちにルナちゃんをサプライズしたいッス! 早く帰るッスよ!」


「そうですね! 驚かせましょー!」


 マサキたちは園長のマグーレンに挨拶をしてから兎園パティシエを出て家へと帰って向かった。

 こうして大きなウサ耳が特徴のイングリッシュロップイヤーのルナがマサキたちの新たな家族に加わったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る