ショートショート集 「不思議で身近な世界のはなし」

畔 黒白

第一発見者

 森の奥深くは昼間でも薄暗い。風はあまり感じないが、あらゆる方向から葉擦れの音が聞こえてくる。私は一度立ち止まり、水筒を開け喉を潤した。本当にこの森にいるのだろうか。

「○○ちゃーん! いませんかー? ○○ちゃーん!」

 立ち止まったまま、そう呼びかける。行方不明者の捜索ボランティアに参加するのは初めてだった。今朝集合場所に集まった時、年配ばかりのボランティア隊のなかで20代の私は少し浮いていた。

「どうして参加しようと思ったの?」

 若者でも背負うのを躊躇うような大きさの登山リュックを背負った、50代ほどのはつらつとした婦人に聞かれ返答に困った。居ても立ってもいられなかったんです、といかにも誠実そうな青年を装ったが、正直なところ好奇心によるものが大きかった。もしかしたら、人間の死体を見れるのではないかという好奇心だ。今回捜索する行方不明者は5歳の女児で、この森で消息を絶ってから既に2週間が経っており、もう亡くなっている可能性も高い。私はそんな不純な理由で今回のボランティアに参加してしまったのだ。


 このまま行くと今朝の婦人と会ってしまうな。手元の端末を見て、私は進行方向を90度変えた。捜索はGPSと無線で情報共有をしながら各々分かれて行われたのだが、私は逐一それぞれの参加者の位置を確認しながら、彼らとは避けるように行動した。誰にも会いたくなかったのだ。もし私が最初に見つけたら自分のモノにしたい、そんな企みがなんとなく心の中にあった。しかしその企みはあくまで小学生の空想のようなもので、実際はただ人見知りで誰とも話したくなかっただけだ。万が一本当に私が最初に見つけてしまったら……と想像してみるが、怖気づいてすぐに無線で報告する自分の姿しか思い描けなかった。


 結果的に私の空想が実現することはなかった。捜索を開始してから三時間後、「遺体が見つかりました」という連絡がメンバーの一人から入った。しかし私は端末で発見者の位置を見て、少し不思議に思った。

 この場所は先ほどあの婦人がいた場所ではないだろうか。

 現場に着いて女児の遺体を見る。もう既にブルーシートがかけられていて、瞳の閉じられた顔しか見ることが出来なかった。人間とは都合のいいもので、こうしていざ実際に遺体を目の当たりにするとただただ悲しいという感情しか湧いてこなかった。しかしいささか不思議である。女児の遺体はそれなりに開けた場所にあった。参加者の皆で合掌している間、私はうっすらと目を開き、隣にいた婦人を横目で見た。皆が目を閉じているなか、彼女は大きく目を見開き、遺体を見つめていた。ガラス玉のような目玉からは一切の感情を感じ取れない。しかし口元を見ると、少し口角が上がっているように見えた。

 もしかすると、私よりも不純な理由の参加者がいたのかもしれない。

 まさか、と心の中で笑い飛ばした。捜索していた時もそうだが、私は現実的ではないことを空想してしまう癖がある。

 隊列を組んで森を出る間、私は彼女の背中を見つめていた。冷や汗が身体中から溢れ、呼吸の仕方を忘れそうになる。


 リュックが、揺れている。あんなに重そうだった彼女のリュックが、まるで空気しか含んでいないようなほど、軽そうに。

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