81:閑話(とある書店店員の一日)

------都内某所にある本屋------


 今日も今日とて俺はバイト。

 ここ、有名な本屋のチェーン店に俺は勤めている。

 地味ながらも五年は働いていて、社員になるかどうかという話も上がってきている。

 ほぼ毎日真面目にやってきた甲斐があったってものさ。


 え?俺の名前?うーん、店員Aとかって呼んでくれたらいいよ。


 そして今日は火曜日、婦人誌や週刊誌が多く入ってくる日なんだが⋯⋯


「ねぇ店長、外に異様に人が居る気がするんですけど、俺の気のせいですかね?」

「ん?こんなよくあるチェーン店に並ぶ人なんてそうそういないだろ?なんかの雑誌の付録がやばい時でも今だと大体ネットで完結しちゃうから⋯⋯なにあれ」


「ね?気のせいじゃ無いですよね?」

「いやーここまで並んでるの久々に見たかもしれんねこれ」

「でも今日そんなやばい本出る予定なんてありましたっけ?」

「いや、いつもと同じはずだけど⋯⋯」


「「どういうこと?」」

 俺は店長と顔を見合い首を傾げた。


 そして開店の時間になり、たくさんのお客さんが店内へ入店した。

 先頭にいたお客さんが物凄い勢いで走り出した。


「お客様!走らないようにお願いします!」

 するとよく見ると先頭にいた男性以外は全員ゆっくりと店内へと入ってくるではないか。


 先頭の男は物凄い勢いで走り去って行ってしまい、止めるに止めれない。


「(珍しいな、走らない?)」

 大体こういう時に走る人が現れると後ろも続いていく事がうちの店では多い。

 といっても普段は数人がいいところなのでこの大人数は俺は初経験なのだけど。


 すると俺の耳にボソッと周りの人の呟きが聞こえてきた。


「あいつ、まさか転売屋か?」

「そうだったらどうする?」

「そりゃ、あれだろ」

「転売屋だったらわたしも許せないね」

「転売屋だった時はお互い協力しようじゃないか」

「というか転売屋はマナーがなってないな、俺たちを見習って欲しいものだぜ」

「ゆかちゃんには迷惑かけられないからな」

「当たり前だよねー」


 この人達は何を話しているんだろう。

 ゆかちゃん?その人の特集でも組まれた雑誌が出たのか?

 それなら納得もいくし、相当な人気なのかもしれない。


 そこでふと俺は気付いた、転売屋だった場合全部買占めが起きる可能性がある。

 店長に相談した方が良さそうだ。


「店長、なんか今お客さんの話が聞こえて来たんですけど、なんかゆかちゃんっていう人の特集か何かが組まれた雑誌を探しているようで先頭を走っていった人が転売屋の可能性があるらしいんですが、購入制限を設けた方がいいですかね?」

「店内を走ってたのかい?ちゃんと止めた?」

「聞く耳無くどこかへまっしぐらでしたよ」

「よし、じゃあそいつが同じ本を大量にレジに持ってくるようだったら教えてくれるか?もし、君が対応してくれるなら最悪出禁にすると言っても構わないよ。

 それと購入制限は1冊でよろしく頼むね。

 今日は多い雑誌でも50冊しかないから」

「了解です」


 とりあえず俺は直ぐに動けるようにレジを担当しているスタッフに声をかけておいた。

 もしすぐ会計をしろとごねたりするようならすぐに知らせるように頼んでおいた。


 それまでは俺の仕事をするとしよう。


 ⋯⋯と思ってたのはいいのだが。


 もう既に問題起きてるじゃん⋯⋯目の前で。


「おい!何故その本を全部買っていこうとしてる?」

 まず声を上げたのはマナー良く入ってきた人達の中でも一番顔の厳つい人だった。


「そんなのアンタに関係無いだろ!」

「いや、関係ある。ここにいる人らはな、それが欲しくてここに来てるんだよ」


「へっ、残念だったな!俺が先に取ったんだから俺が買うに決まってるだろ!」

「へぇ、あんなダッシュかましておいてよく言えるな、アンタ転売屋だろ?」

「何のことだ?」

「とぼけんなよ俺はな、前にもコミケでお前を見てるんだよ。あの時の売り子さんめっちゃ困ってたんだぞ?」


「だから知らねぇつってんだろうが!俺はレジに行くからな!」

「待て」

 男は転売屋と呼んだ男の進む道を塞いだ。


「一冊買うなら理解出来る。

 ただ流石に二十冊全部はいかんだろ」

「悔しかったらお前達も走れば良かっただろうが!偽善者ぶりやがって!」

「いや、店員さんの指示に従うのが普通だろ」


 入るならこのタイミングだと俺は思った。

「いや、本当ですよね」

「ん?店員さん?」


「とりあえずその本、一冊購入する分にはいいですが全部は認めませんので、後ろにいる方々に渡してあげてもらえませんか?」

「はぁ!?なんだと!?俺は客だぞ!」

「後ろの方もお客様ですが?こちらが止めたにも関わらず店内を猛ダッシュした貴方は正直お客様とはお呼びできません。

 渡さないと言うのであれば、今後貴方を当店への出入りを禁止させていただきますよ?」

 暗にルールを守れないアンタは客じゃないと言う意味を込めて俺は言った。


「はぁ?」

「だから、ルールも守れないなら来ないで下さいと言っているんです」

 オブラートに包んだんだから意味くらい察して欲しい。


「クソが!!!!二度とくるかよ!!!」

 最後に暴言を吐き、一冊を手に持ち男はレジへと向かっていった。


 結局買うには買うのね⋯⋯


「とりあえず残り十九冊、皆さんで購入頂いて大丈夫ですよ」


「店員さん助かりました、ありがとう」

「店員さんカッコよかったよ!」

「いえいえ、購入制限として一冊の上限は付けさせていただきますので、そこはご了承くださいね」

「勿論!」

「そこは大丈夫です!」


 そして目的の本を誰が手に入れれる事が出来たのかは分からないが、最初に声を出してくれた人の手に渡っていったのは個人的ではあるけど良かったと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る