フィシメイキア

※本作品「宇宙神エマ・フィシメイキア ~UCHUJINEMA~」は前作「宇宙神エマ ~UCHUJINEMA~」の続編です。まだお読みでない方は、ぜひそちらも読んでみてください。


覚めぬ夢


「ナオヤ! こっちだよ! 」

 宇宙の闇の中に、輝く白いワンピース姿の少女が鮮明に浮かび上がる。

「誰だろう…… そっちは宇宙か? 」

 直也はぼんやりとした顔で、眩しい少女を追っている。

「うふふ。私よ。会いたかったわ…… 」

 少女は振り向いた。

 顔が髪に隠れて全然わからない……

 でもこの声は……

 懐かしいこの声は……

「エマ! エマだな! 待ってくれ…… 」

 少女はまた背を向けて、深い闇へ向かって行こうとする。

「そっちはいけない。エマ…… こっちへおいで…… 一緒に帰ろう」

 必死に追いかける直也は、なかなか近づけなかった。

「ナオヤ…… うふふ…… 」


「ピピピピ…… 」

「うぐぐううぅ…… 」

「カチッ! 」

 朝4時。外は静まり返り、道には人も車も見当たらない。

 静寂を破って目覚まし時計が鳴った。

 毎日予備校に通い始めて夜遅くなるが、朝は4時に起きると決めている。

「ぐごおおあぁ! 起きろ! 俺! 」

 大手予備校の東大クラスに入った直也は、勉強についていくために睡眠時間を削る決意をしたのだった。

 気合いと共に跳ね起きると、ベッドから降りた。

 軽くストレッチをする。

 だんだん意識が覚醒してきた。

 だが、

「はうう…… いい夢見たなあ…… 」

 トロンとした眼で恍惚に浸る。

 これもいつものルーティーンである。

「いけね! よだれが…… 」

 じゅるる……


 こうやっていると、自分を冷静に見られるようになる……

 大好きなエマは、壮絶な最期を遂げた。

 あれは、誰のため、何のためだったのだろう。

 自分は何て無力なのだろう……

 思えばエマのために、何もしてやれなかった。

 普通の人生を送っていたら絶対得られないものを。自分はたくさんのものを、もらったのに……

 自分を責め、自分に対して怒りを爆発させることで毎朝意識を覚醒させ、自分を鼓舞し続けている。

 精神的には不健全だ。

 だが、それが超人的なパフォーマンスを発揮させていた。

 月日は流れ、17歳になった中山直也は毎日全力で走り続けている。

 周りの人間を置き去りにして、独り高みを目指し続けている……


「さてと。続きをやるぞ! 」

 机に向かうと、参考書を手に取った。

 スマホをいじり、スピーカーから再生する。

 BGMは「聴くだけ物理実況中継」である。

 外はしんと静まり返っている。

 これから夏がやってくる。

 この時期は虫の声も少ない。

 住宅街全体がまだ眠っているかのようだ。

「東京大学工学部、航空宇宙工学科…… 」

 壁には目標にしている東京大学を書いて貼り付けてある。

 それを何度も読み上げて心に刷り込んでいく……

 JAXAの職員になるために、最も有力とされる学科である。

 いかにも宇宙のことを存分に研究できる学科、という感じがする。

 航空宇宙研究科はロケットや人工衛星の機体について学ぶ航空宇宙システムコースと、推進機器(エンジン)のことを学ぶ航空宇宙推進コースに分かれている。

 探査機やロケットなどを宇宙に送り出す研究をしているのだから、今からワクワク感が止まらない。

 そして、英語も必須である。

 専門書をすらすら読めるくらいの英語力が必要だ。

「大学生になったら宇宙飛行士に必須のロシア語もやらなくては…… あとは、よくわからないから、手当たり次第全部頭に叩き込めばいい。俺は全能の神になるぞ! 」

 だんだん気持が大きくなってきた。

「ようし! 気分がノッてきた」

 高揚し、身体がカッと熱くなってきた。

 全身から湯気が立ちそうなほど、気力がみなぎってくる。

 すると、ほんのりと全身が赤い光を帯びてくるのを感じる……

「ふふふ…… 神の力を見せてやるぞ」

 こうして気分が高まると、エデンで見た神の光、ネフェーロマのよううなものが、身体を包むような気がするのである。

「 ……なんてな。俺は人間だから、きっと気のせいだろうな…… 」

 手がほんのり赤く光っているように見えるが、錯覚だろうと思っていた。


「そろそろ支度しないとな…… 」

 カチャカチャ…… トントン……

 6時になると下で人の気配がし始める。

 父、史郎と母、愛子がリビングにいるようで、鍋を出す音や、水道の音が響く。

 部屋を出ようとするとき、

「エマはもういないんだ…… 」

 と毎日考えてしまう。

 もしかしたらドアを開けると、エマの声がするのではないか、と考えずにはいられない。

 目頭が熱くなった……

「おはよう。エマ」

 と呟き、振っ切ろうとした。


 高校に着くと、1年からずっと同じクラスの横溝康夫に会った。

「よう。直也」

「おはよう」

 横溝も同じ予備校に通い、理系大学進学を目指している。

 クラスは3年F組である。

 3年生になって、文系クラスと理系クラスに分けられた。

 文系志望の方が遥かに多いので、理系クラスはF組とG組だけで、A組からE組はすべて文系である。

「俺、物理が鬼門でさぁ。直也はいいよな。何でもできて」

「そうでもないさ。俺も、いっぱいいっぱいだよ」

 3年生になると、皆受験生、という雰囲気になってくる。

 休み時間も単語帳などを眺める人が増えた。

 最近はスマホで動画を見て復習ができる。

 学校の授業は未だに一斉教授を基本としている。だから上位数パーセントにとっては無駄ばかりである。

 本気で勉強したい、と思う生徒は授業を受けるよりも暗記モノを頭に叩き込む内職に励んでいる。

 皮肉なものだ。

「バカに教えてるんじゃないんだから、こんな基本に1時間かけるなよな…… 」

 つい心の中で毒を吐いた。

 直也は国立大学志望なので、どの教科も捨てられない。だから時間を1分たりとも無駄にしたくない。

 エマがいなくなってから、心の隙間を埋めるように勉強に没頭した。

 成績は学年トップレベルになっていた。

 何もせずにボーッとしていると、すぐに気持が宇宙をさまよってしまう。

 勉強している方が気が楽になる。

 神の力が身体に残っているのか、と思うほどの超人的な集中力で、見たものを次々に暗記していくことができるようになった。



戦う転校生


「明日、転校生を紹介します」

 担任の谷先生がいった。

 谷幸男先生は東大卒で、物理を教えている。

「東大を出ているのに、高校の教員になるなんて、他で挫折したんじゃないのか? 」

「直也。そうかもしれないけど、俺たちにとってはいい先生がいてラッキーだよ」

 こんな失礼な会話を、横溝としたことがある。

 まくし立てるように早口で喋るところが、エリートっぽさを感じさせる。

 論理的で、用意周到な話し方で安心感を与える。

 年齢は30代半ばくらいの若い先生だし、人気があった。

「エマちゃんが来るときも、こんな連絡があったな。懐かしい感じがしたよ」

「あ…… ああ。そうだな。どんな人だろうな…… 」

 直也は激しく動揺したが、必死に平常心を保とうとした。

「そういえば、エマちゃんは元気か? 」

「う…… うん…… 」

「お前、何か隠してない? 」

「…… 」

 直也はいたたまれなくなって、荷物をまとめて予備校へ向かった。

「おい…… 変な奴だな」


 翌朝、担任の谷先生に連れられて、転校生がやって来た。

「それでは。今日からクラスの一員になる仲間を紹介するぞ」

 皆が廊下の方を覗き見ようとする。

「あっ。男子だ! 」

「ええっ。イケメン! 」

「おお。さわやか好青年! 」

「何だ? この敗北感は…… 」

 口々に誉め言葉をいい、ため息を漏らす。

 それほど存在感がある少年だった。そして品格と厳かな立ち居振る舞いが完璧にみえた。

 勢いよく引き戸を開け、力強い足取りで入ってきた。

「じゃ。剛田君! 自己紹介を…… 」

「はい! 今日から3年F組で一緒に勉強する、剛田武といいます。よろしくな! みんな、一緒に頑張ろう! 」

 とても歯切れよく、はきはきと、そして何か挑戦するような気迫を感じた。

「まてよ。剛田武…… はて。どこかで…… 」

「じゃあ。席は中山の隣に座ってくれ。中山。転校生の扱いがいいと評判だから、君に世話をお願いしていいよね」

「『いいよね』って…… 」

 と内心呟いた。

 エマのことを言っているのだ。心の傷がまたうずく……

「中山。よろしく頼むよ」

 武が握手を求めてきた。

「ああ。わからないことは何でも聞いてくれ」

 内心凹んでいたが、明るく笑って握手をした。

 武は顔を近づけて上目遣いに直也をみた。

「ふふ…… 俺はお前を勉強で負かしてみせる! 」

 口元に不遜な笑みを浮かべている……

「なっ!? 」

「お前が学年トップの中山直也だろう。今日から俺がトップになると言ったんだ」

 武のあまりの気迫に押され気味になった。

「こういうやつか…… 面倒なことになったな…… 」

 数学、国語、理科、地歴、英語、すべてにおいて積極的に取り組み、誰よりも速く、正確に答える。

 とにかく目立つことをするやつだ。

 そして、周りから喝采を浴びるたびに、

「どうだ! 直也」

 と言わんばかりにこちらを見るのだ。

 毎月ある実力診断テストでどうなるか、直也は今から心配になった。

「学年トップにこだわりはないが、こいつに上から目線で勝ち誇られるとイラっとしそうだな…… 」

 そして、体育も完璧すぎるほどである。

「おい直也。エマちゃんを彷彿とさせるな…… 」

「ああ。まるで神だ…… だが、雰囲気がまるで違う」

「そうだな。愛嬌はまったくないし、他を寄せ付けない迫力が凄い。憧れるが近づきがたい空気を持っている…… 」

「さしずめ『闘鬼』か…… 」

「いや『軍神』といった方が、しっくりくるな」

「軍神マル…… はっ!」

 直也は目を丸くして、口をポカンと開けたまま武を見つめた。

「どうかしたか? 」

 呆然として、しばらく何も聞こえなかった……

 頭の中で、一生懸命押し留めようとしていたものが、呼び起されていくのを感じた。

 このままずっと、忘れて生きて行かなくてはいけないと思っていた、辛いだけの記憶を、武が呼び覚ましたのだ。

 肩にいつも、のしかかって来ていた、冷たい空気が晴れていくのを感じる……

 みぞおちにいつも冷たく、重く垂れ下がっていたものが消えていく……

「いや。軍神マルスとはよくいったもんだと思ったんだ…… 」

 脳裏には、エデンの光景が鮮明に蘇っていた。

 そこに、颯爽とグラディエイターが現れた。

「ナオヤ。俺と勝負しろ! 」

 そういわんばかりの眼光を煌めかせて。

「この危うい感じ…… なぜここに来たんだ? 」

 放課後、直也は武を誘って一緒に予備校へ行くことにした。

 武も同じ予備校に通うことになっていた。

「俺は、元々この予備校の生徒だから、ここに引っ越してからも通えることになったんだ」

 といっていた。

 そんなことはどうでも良くなった。もし本当に軍神だったら、何でもありだ。

 武と2人で学校を出ると、早速尋ねた。

「去年、俺と、会ったことがあるだろう? 」

 むっつりとしていて、心の中が推し量れない。

 警戒しているのだろうか。

 何とかしてエマの情報を聞き出したい。

 機嫌を損ねないように、言葉を選んで聞かなくてはならない。

 突然やってきた唯一の手がかりだ。

 神の一族に接触するチャンスは、2度とないかもしれない……

 こんな弱い思いにかられた。

「頼む。教えてくれ。俺はこの1年、身を裂かれる思いだったんだ…… 」

 武が足を止めた。

 直也の方へ体を向けると、軽く頭を下げた。

「すまないが、俺から言えることはない」

「どういう意味だ? 」

「俺が、ここへ来た意味を考えろ…… 」

 鼓動が高鳴り、体中が脈を打つように昂ってきた。

 直也の眼光が鋭くなる。

「お前は、俺と勝負しようとしているな。何か意味があるんだな? 」

「…… 」

 武はそれっきり直也と視線を合わせなかった。

「わかった。エマに誓ったんだ。人間は神に近づけることを証明すると…… 」

 表情が険しさを増したようにもみえた。

「ありがとう。武のおかげで、霧が晴れた…… このために来てくれたんだな…… 」



神の執事


 実力診断テストでは、武が全教科満点をたたき出し、神の力を示した。

「はあ? 何だ? 全教科満点って! 500点なんて出るものなのか? 」

「ふう…… ここまでくると、気持ち悪いな…… 」

「2位の中山も異常だ。498点だなんて…… 」

 廊下に貼り出された順位表を見て、口々に漏らすため息が聞こえた。

「いつもトップが470点台くらいのはずなのに…… 」


その日もいつも通り授業を受けて、学校を出た。 

予備校へと向かう途中、突然呼び止められた。

「ナオヤさん…… 」

 振り向くと、目の前に白髪の老紳士が立っていた。

 細い口ひげを生やし、丸メガネが知的な印象を与える。

「…… 」

 直也は絶句した。

「マルスに続いて…… ムラマサさんまで」

 ムラマサは直也を見つめ、俯いた。

「ナオヤさん。今は何も言わないでください」

 ムラマサは目に涙を貯めていた……

「歳をとると、どうも目から昆布茶が出るようですな…… 」

 直也はどうしたらいいのかわからなくなった。

 マルスも、ムラマサさんも、何も語らないが、来てくれた。

「ありがとう。こうして会えただけでも、涙がでそうですよ…… 」

「すみません。恨んでいただいて結構です。わたくしは、ナオヤさんにも、ご両親にも合わせる顔がありません…… 」

 それっきり黙っていた。

 やはり、詳しいことは語れないようだ。

「これを…… これをお渡しすることだけが、わたくしの任務です」

 ムラマサは銀色の球体を取り出して、両手で丁重に差し出した。

 頭を腰よりも下に下げ、直也が受け取るのを待っている。

「これは…… 」

 しばらく見つめたまま、時が止まったように立ち尽くしていた……

 直也は両手を差し出し、手に取った。

 じっと見つめていた…… 時間がたつのを忘れて……

 懐かしい。

 これは、神の国と地球をつなぐ道具。

 神の力を宿した道具……

 川原で、カラシナの中で見つけた運命の道具……

 これがなかったら、エマにも出逢わなかったかもしれない。

 ムラマサも感慨深そうにみていた。

「相変わらず、緑と青の色が強い…… ありがとう」

「わたくしは、ずっと今日という日を待ち望んでおりました…… 」

 深々と頭を下げ、7色の光とともに消えていった。

 エマに繋がる道具。

 マルス。ムラマサさん。

 これから何かが起こるんだ……

 予備校のカリキュラムをこなし、チューターと話した後、いつも通り帰宅した。

 リビングでは、母がまだ起きていた。

「直也。何かあったの? 」

 母が驚いたように見つめている。

「顔に何かついてる? 」

「憑き物が取れたような顔してるわよ…… 」

 なおも、驚いたように見ている。

 そんなに思いつめた顔をしていたのだろうか。

「今日、ムラマサさんに会ったんだ…… そしてこれを」

 フィシキを取り出してみせた。

「そう。エマちゃんに会えるのね…… 母さんも、早く会いたいわ」

 直也はビックリした。

「なぜそう思うの? 」

「あなたが、穏やかな顔をしているからよ」

 母は、自分の表情から世界を見ていたのだ。

 これから起こることも、直也自身より正確に感じ取ったのだろう。

 ちょうど父も起きてきた。

「直也。お疲れさん。本当によく頑張ってるな」

 父もリビングに座った。

「話し声が聞こえてな…… フィシキが戻って来たんだってな」

 金属球を取り出すと、テーブルの中央に置いた。

 父が大きくうなずいて言った。

「くるぞ。運命の歯車がまた回りだす」

 フィシキが緑の光を放った。

 ギギッ…… キイィン!

 緑の光に包まれて、2つの人影が見える。

 だんだんと実体を現し、40代に見える男性と女性が現れた。

 どちらもすらりと背が高く、近寄りがたい威厳を備えている。

「お久しぶりです。中山さん」

「エリス様。ゼノン様も…… 」

 ゼノンが俯いたまま、しばらく黙っていた……

「ナオヤ君…… 」

 翡翠のような眸が、直也を見つめた。

「神の一族を代表して、謝りに来たのだ。エマは生きている。そして、君に会うことを望んでいる。本当に苦労をかけた。神の不甲斐なさに、身が縮む思いである。そして、常人には真似できない努力を続ける、君の意志の力に、恐悦至極である…… 」

 ゼノンとエリスが頭を下げた。

「君が真心をもってエマに接してくれていることが、よくわかる。本当に不憫なことをした。この通りだ…… 」

 そして、両親の方へ向き直ると、

「お父様。お母様。かりそめにも、エマの養親に対して連絡が遅れたことを、深くお詫びする…… 」

 父も母も、にこやかに笑った。

「エマちゃんと、一緒に朝食を摂りたいですね。あの子は料理が上手だから」

「そうそう。チャーハンの味が忘れられないわ」

「お弁当も、ちゃんとダシをとって煮物を入れてくれるんだよ」

「ははは…… 」

 ゼノンもエリスも、にっこりと笑う。

 何かいうことが、たくさんあるような気がするが、いざとなると何も必要ないと思うのだった。

 しばらく沈黙していた……

「では。今後ともよろしく頼みます」

「ナオヤ君…… 君とエマが神の一族を変えていくのかもしれない。我々に熱を与えてくれた…… ありがとう」

 そして、2人は緑と青の閃光とともに消えていった。


「ピピピピピ…… 」

「カチッ」

 4時ぴったりに、目覚まし時計が鳴った。

「ぐぐぐおううぅ…… 起きろ。俺…… 」

 興奮して深く眠れなかった。

 だがあまり疲れた感じはしない。

「ん? あれ? 」

 なぜか背中が痛い。

 硬い床で寝ていたことに気づいた。

 ハッとしてベッドをみた……

「エ…… マ…… 」

 スー、スー

 覗き込んで顔をみた。

「エマ…… 」

 寝息を立てて寝ている。

 良く寝ているようだ。

 そっとしておこう……

 ここ数日、エマに会える予感で胸がいっぱいだった。

 再会できたら、何を話そうか。エマは何を言うだろうか。

 そんなことを何百回も考え続けていた。

 だがこうして目の前に現れてみると、ずっと傍にいたような気がしてきた。

 しばらく寝顔を眺めていた。

 安心して寝ているようだ……

「うん…… 」

 いざこうなってみると、何も言葉が浮かばないものらしい。

 エマがいて、自分が自分らしくなれる。

 勉強の鬼と化していたが、エマがいると当たり前の日常を過ごしている、という意識に変わっていった。

 ゆったりとした動作で机に向かって、参考書を読み始めた。

 勉強することが楽しくて仕方がない、という気分になっていった。

「うふふ…… ただいま…… 」

「ああ。お帰り。エマ…… 」

「ねえ。ナオヤ…… 」

 エマが寝床を抜け出し、後ろに立った。

 そして、もたれかかってきた。

「はあぁ…… こうしてみたかったの。ずっと…… 」

 エマの息遣いを耳元に感じる……

 甘い匂いがする……

「うふふふうぅん…… ナオヤは私の命よ…… 」

「エマは俺の命だ…… ずっと傍にいてくれ…… 」

「もうどこへも行かないわ」

 参考書を一冊手に取って読み始めた。

「私、今日から高校へ行くわ。予備校も。今までの時間を取り戻すの」

「もう、用意はしてあるんだね」

「そうよ。ワクワクするなぁ」

「3年生になって、みんな受験モードになってるから、以前とは一味違う学校生活になると思うよ」


炎の高校生


「ねえ。この川でフィシキを見つけたのよね」

 登校途中で、エマが聞いた。

「ああ。そうだよ。あの辺にカラシナが咲いていて、その中で光ってたんだ」

 今日は初夏の陽気で暖かい。

 まだ少しカラシナが咲いている。

「あれから1年か…… 」

「ムラマサさんが、事前に調査していてね。中山家の皆さんに私を預けることに決めていたらしいの」

「ほう。まあ、そうだろうね。考えてみると、偶然ではないだろうと思っていたよ」

「お父さんもお母さんも、ここまで寛容だとは思ってなかったみたいだけどね…… 」

「もし、大騒ぎして『面倒見るのは無理! 』といったらどうするつもりだったのかな」

「今度聞いてみようよ」

「そういえば、俺を床で寝かせてベッドを占領していたのは? 」

「ベッドで寝てみたかっただけよ…… 」

「宇宙人が、寝ている間に人を連れ去ったとか、手術をして何かを埋め込んだという話を聞いたことがある…… 」

「どうかな。人間のことを調べるために、そういうことも考えられなくもないけど…… 」

「他の惑星にも、生物がいる可能性があるんでしょう」

「いくつかの惑星で生物を確認したわ」

「そうか。俺には人類が今まで知らなかったことを、簡単に知る情報源がある。宇宙に関してもっと調べて、宇宙開発に大きく貢献できると思うんだ。でもエマの正体は明かせないから、うまくやらなくちゃいけないな」

「神も人も、不信感を抱いたり、争いが起きたりするのは、お互いを知らないからよ。もっと宇宙のことを知ってもらえればトラブルが減ると思うわ。そして、神は地球人のことを、もっと知るべきよ」

「そのために、宇宙開発に関わりたい。そういうことだ。きっと。俺たちがやるべきことは…… 」

「あっ! エマちゃん! 帰って来たんだね。美術部にも来てね」

 美術部に入ったときに会って以来の、猪瀬が声をかけてきた。

「うわあ。俺たちのアイドルが帰ってきたぞ! 」

「激写! 激写! 」

「こら。勝手に撮るな」

「おおお。相変わらずかわいい」

 校門をくぐると、人が集まってきた。

「じゃあ、私は職員室へ来るように言われているから」


「今日から新しい仲間が加わることになった」

 谷先生が、また転校生を紹介した。

「中山エマです。海外留学から帰ってきました。また一緒に勉強できてうれしいです。よろしくお願いしまあす! 」

「じゃあ、中山直也君の隣でいいかな。剛田君の反対側で」

「はい」

「うわあ。かわいい」

「今度は女神降臨だ」

「剛田と、中山兄妹がいれば無敵だ! 世界征服も夢じゃない! 」

「うふふ…… 武くん。よろしくね」

「ああ。っていうか、俺の方が後輩だ。よろしく頼む。正直きつい。お前がこんな生活をしていたなんて。俺にはかなり重荷だ」

 武がテレパシーで返した。

「ふふ。それはね、あなたがまだ適応できてないからよ」

「ほう。俺はできていないと…… 挑戦状と受け取っておこう」

「なんでそうなるのよ…… 」

「まあ、まあ。2人とも…… 」

 国語の授業では、大学入学共通テストの過去問題を解いた。私立高校では、3年生になるまでに学習指導要領のカリキュラムを終え、受験対策に入るところが多い。

 さすが。エマも武も超人的な速さで解いた。

 ちょっと遅れて直也も終わった。

「エマ。まさかネフェーロマの力を使ってないだろうな…… 」

 テレパシーで話しかけている。

「あんたじゃあるまいし。私はフェアプレイ精神持ってるわよ」

「何を。まるで俺が汚い手を使うような言い方を…… 」

「自分がやろうと思っていることを、他人もやるかもしれないと思うものでしょ」

「むむむ。捨て置けんぞ」

「まあまあ。2人とも…… 」

 日本史の時間には、

「日本人は凄いね。こんなに素晴らしい文化があって今の風土があるんだね」

「ふん。神の中には音楽や芸術に秀でたものもいる。もちろん俺だって人間よりは…… 」

「軍神に文化を語ってもね…… 戦争で破壊と略奪した歴史しか思い浮かばないよ」

「ちょっとまて。俺がいつ略奪したのだ? 」

「2人とも、落ち着いてくれ」

 理科の物理の時間には、

「宇宙の相対性理論とか、よくこんなに込み入った計算をしたものだと感心したよ」

「エマ。授業でいつ相対性理論の話をした? 加速度だの、摩擦係数だの、こんな程度では宇宙の原理になど到底到達しないぞ…… 」

「あなた。勉強が苦痛だとか言ってなかった? 急に良い子にならないでよ」

「勉強は苦痛ではない。だが、同じことや、わかり切ったことを繰り返すのは苦痛なのだ」

「君たち。テレパシー禁止。勉強に集中できないよ。今英単語帳見るので忙しいの! 」

「ナオヤ。ごめんなさい。私…… ナオヤの邪魔はしたくないの…… 本当にごめんなさい…… 」

 エマはシュンとなって縮こまってしまった。

 ちょっと可愛そうだな、と思った。

「聞き苦しい会話を聞かせてしまったな! すまん…… 」

 武はちょっとだけ視線をこっちによこしたが、あまり気にした様子はない。

 こんな調子で、2人は昔から知った仲だが、仲良しというわけではない。

 極端に男性的な武と、女の子らしい性格のエマは対極なのである。


 放課後、美術の沢井先生に挨拶したいというエマと一緒に美術準備室を訪ねた。

 コンコン……

 相変わらず植物のスケッチで壁もドアも埋め尽くされている。

 その中心辺りが空いているので、スケッチに当たらないように注意してノックした。

「はい」

「3年F組中山エマです」

 ガチャ!

 扉を開けて沢井先生が顔を覗かせた。

「おぉおぉ。中山エマさん。職員室で紹介されたとき、ビックリしたぞ。3年生は勉強に忙しいだろうから、息抜きのつもりで時間がある時に来たらいい」

「はい。ご無沙汰していたので、先生にご挨拶をと思い伺いました。予備校がありますので今日はこれで失礼します」

 美術室を懐かし気に眺めてから、予備校へ向かった。

 途中、執事のムラマサが現れた。

「エマ様。ナオヤさん。またこのように仲睦まじく、学校生活を送られるようになって、わたくしは…… 目から昆布茶が…… ううう…… 」

「今夜は予定通りでいいのね。ナオヤ。実は今夜父とアポロ様が中山家の両親と話をしにくるの。そのあとちょっとだけ話を聞いて欲しいのよ」

「なんだい? 改まって」

「神の一族に起こったこと。私が生還した、いきさつなどを話しておきたいのよ」

「そうか。わかった。ムラマサさん。またいつでもうちに来てくださいね」

「おおお…… そのような暖かいお言葉を。ナオヤさん…… あなたこそ神の一族を…… では。失礼いたします」

 また虹色の光と共に消えていった。

「今夜、明かされるんだね。エマがいなくなった日のこと。実はちょっとPTSDかもしれない。思い出すだけで涙が出そうになるんだ…… 」

「そうだよね…… 私も辛い記憶なの。無理はしなくていいよ」

「ううん。見苦しいところを見せるかもしれないが、真実を知る必要はあると思う。自分の心とも向き合いたいんだ」

 エマは直也と同じ東大コースで一緒に勉強した。

 武もいるが、徹底的な個別指導なので、やることは別々である。

「エマと一緒にいると、調子が良くなる気がするよ。いつもよりはかどってる」

「うふふ。私も追いつけるように、頑張らなくちゃ」

 本当に、穏やかな気分になった。

 いつも予備校に来ると、眠気と戦い、歯を食いしばって自分を鼓舞し続けていないと、挫けそうになった。

 勉強の効率が悪かったのかもしれない。

 だが、今は違う。

「エマは、俺にとって、体の一部みたいなもんだよ…… やばい。今考えちゃいけない。涙がでそう…… 」

「ふふ。私、幸せだなぁ。甘ぁい気分だよ」

 こうしていると時間があっという間に過ぎていく。

 帰りに担当のチューターと話をした。

 エマがロビーで武に話しかけた。

「今日、中山家で例の話をするのだけど、一緒に来る? 」

「ああ。実は俺も呼ばれているんだ。先に行っててくれ」

 そして、2人で帰宅した。


 直也は緊張していた。

 エマを失ったあの日、何があったのかが今語られる。

 そして神の一族のしがらみも知ることになるだろう。

 恐らく簡単な話ではないはずだ。

 この先の運命を知ることになるのかもしれない、という予感があった。

 呼吸が浅く、速くなっていることに気づいた。

 大きく深呼吸した。

「ふう…… 」

「緊張するね…… 」

 家の前で立ち止まっていると、武の姿が見えた。

「おっ。どうしたんだ? 」

「私たちにとっては、辛い記憶を呼び起こすことになるのよ」

「ふむ。そうだな。俺にとっては辛い汚点だ。自分の不甲斐なさを思い出して反省する機会にしようと思う…… おっと。ここで始めて、崩れてもらっては困るぞ。とにかく行こう」



神の事情と人間の事情


 手が震えてきた。

 いつもの玄関のドアノブが、なかなか回せない。

「ちょっと武。開けてくれ」

「ああ。大丈夫か? 」

 しばらく直也とエマの顔を見ていた。

「ナオヤは、たくさん傷ついたのよ…… 無理もないわ」

 エマは武に目くばせした。

 意を決して、武が先頭で家に入った。

「こんばんは。僕は剛田武といいます。ナオヤ君とエマさんの同級生です。お邪魔させていただいてよろしいでしょうか」

 武も神妙な面持ちになった。

 彼にとっても辛い話を聞くことになるのだ。

「おつかれさん。直也のクラスメイトか。なら大歓迎だよ」

 父が上機嫌でいった。

 リビングには中山家の両親、ゼノン、そしてアポロがいた。

「すまんな。疲れているであろう…… 」

 ゼノンは優しく声をかけた。

「夜遅いことであるから、できるだけ手短に話したい。詳しいことは後日エデンで話すということで…… アポロ。頼むぞ」

「はい。まずは、ナオヤ君。君には…… 」

 頭を軽く下げたところで、直也が制した。

「待ってください。昨日から色んな人に謝られてばかりで、そのたびに涙腺が緩んでいるんです。僕は、事実を知りたい。辛くても聞きますから、謝る前に事実を話してください。僕が涙を流しても決して話を中断しないでください! 」

 並々ならぬ覚悟を決めて、言い放った。

「アポロよ。そういうことだ。ナオヤ君は、超人的な意志の力を持っておる。きっとどんなに辛い事実でも受け止めるであろう…… 」

「わかりました。では。エマが太陽に向かったときのことから話そう」

「うっ…… 」

 これだけで涙が出てきた。

「続けてください」

 エマが言った。

「あのとき、ナオヤ君をエマが地球へ飛ばした後、このアポロとルナ、ゼノン、エリスが駆けつけたのだ。自分が太陽神であることは知っているな。神には属性があって、得意なことがそれぞれにある。太陽神は、太陽を操る力を持っている。万に一つもエマを死なせたりはしない」

「エマが余に『生物を絶滅させる細菌』について尋ねたとき、対処法がわからない、といってしまった。これは余の痛恨のミスだった…… 問題の本質を、はき違えた答えだった…… そのときには地球に持ち込まれた、細菌の種類がわからなかったのだ。一刻を争う事態だったため、余はすぐにウラノスを捕らえ、尋問した。そして何が入っていたかを特定できたのだ。今となっては言い訳にしかならないが、そのときにはナオヤ君は地球に飛ばされていたのだ」

「感染したとしても、治すことが可能な細菌だったのだ。もちろん100%対処できるとは限らないが…… それはどんな細菌やウイルス、マイコプラズマでも一緒だ」

「うぐっ…… くっ…… うう…… 」

「ナオヤ! ごめんね。私。もっと冷静に対処していれば…… 自分諸とも宇宙に飛ばすなんて…… とっさのことで、どうかしてたのよ」

「ぐあうううぅ…… 」

 直也の嗚咽が部屋に響いた。

「ゼノン。いいのか? 」

「続けるのだ。ナオヤ君は強い…… 」

「エマを見つけると、すぐに細菌と隔離して自分と一緒にエデンに連れ帰ったのだ。その後は、感染症による症状は見られなかったが、最悪の場合を想定して、1年ほど隔離していたのだ…… ナオヤ君が苦しんでいたこともわかっていた…… 本当にすまない。ナオヤ君に対して、自分もルナも、何をしていたのだろう…… 罪のない人間に。一体神が何をしていたのだろう…… 猜疑心ををもって接するなど、神がすることではない。そして、自分の配下の神が愚劣な真似を…… 自分の愚かさに耐えられない! 」

「私が、まだナオヤには伝えないでって、頼んだのよ。だって、ナオヤのことだから何としても私に会いに来ようとするかもしれないと思って…… それに、私自身も自分の身体が絶対に大丈夫だと確信できるまで、会いには行けないと思ったの。ごめんなさい。辛かったよね…… 私もよ」

 エマも直也にすがって泣き崩れた……

 両親は呆気のとられてみていた。

「あの…… アポロ様」

 母がアポロに声をかけた。

「ああ。お母様。ナオヤ君には大変お世話に…… 」

「直也とエマちゃんを、よくご覧になってください。直也はエマちゃんのことが大好きなんです。私も。夫も。3人とも、エマちゃんと一緒にご飯食べたり、笑ったり、そんな日常を愛しているのです。私たちは小さな人間ですから、神の一族の事情は測りかねますが、皆で笑って暮らせる家庭があれば良いのです」

 母は、きっぱりと言い切った。

「笑って暮らせる家庭…… 確かにそれこそ神が、命を懸けて守るべきものだ」

 二コリと笑って続けた。

「2人を見ていると、誠の心を持って、全力で生きているって思うんです。エマちゃんは炎を操る神だって聞きました。その通りの、真っ直ぐで燃え盛る炎のような、熱い心を持った子です。直也をこんなにも強くしてくれたのは、エマちゃんなのですよ」

 アポロは、責められているような気分になった。

 神の一族の事情を話に来た自分が、小さな存在に思えてきた。

 まっすぐに、今を生きる2人。

 そして、守るべき温かい家庭。

 これこそが平和であり、世の中があるべき姿である。

「あの…… ゼノン様」

 今度は父が口火を切った。

「今日のところは、お引き取りいただいた方が良いと思います。直也もエマちゃんも辛い思いをしたのです。年頃の男の子と、女の子がやっと再会できたのです。時間が必要じゃありませんか? 」

 父は、穏やかな口調だった。

 2人への愛情があふれ、まるで神を諭すように響いた。

 ゼノンは己の非を恥じた……

 母が太陽神をたしなめ、父が全能の神を諭した。

 直也は少なからず驚いた。

「母さん…… 父さん…… 」

 直也とエマは立ち上がった。

 エマがゼノンとアポロを見据える。

「パパ! アポロ様! もう帰ってください! 」

 声を張り上げた。

「う…… うむ。アポロよ。引き上げようぞ」

 我に返ったように、ゼノンが言った。

 うろたえていることを、隠そうともしなかった。

「あ…… あの…… お父様。お母様。エマをどうかよろしくお願いします…… 」

 いつも快活なアポロが、すっかりしおらしくなっていた。

「すまぬな。いつも我々は地球の皆様に対して失敗ばかりしている…… 」

「神だのと、偉そうにしているだけで無能だよ。自分たちは…… 」

 2大神が、一回り小さくなったように見えた。

「では…… 」

 緑と黄色の光に包まれて消えていった。

 部屋の隅で、突っ立っていた武は、自分がすっかり取り残されていることに気づいた。

「こほん。そ…… それでは。夜遅いので失礼します」

 武が口を挟む隙もなく、神と人間の会合が終わった。

「ああ。お構いしなくて悪かったわねぇ。また遊びに来てちょうだいね」

「ああ。またきなさい」

「は…… はい。お心遣い、ありがとうございます」

 武は呆気にとられた。

 2大神に自分も諭されるのだと思っていたが、地球人の両親に帰されてしまった。

 しかも、神の心に響く言葉をかけ、諭したのだ。

「中山家。恐るべし! 」

 神の一族にとって、ゼノンとアポロは絶対的な存在だ。

 いつも自分たちを守ってくれる最強の神であり、親類と親である。

「人間を、甘く見ていると足元をすくわれるな…… 」

 武は今夜の出来事を整理できないまま、帰路についた。


「直也。エマ。2人とも立派に地球を守ったんだな。何となくわかるぞ」

 にっこりと笑って、2人の肩を叩いた。

「そうね。地球が滅んだら、家庭もないわね」

 母が深刻そうにいった。

「さあ。飯食って寝なさい! 」

 また日常が戻ってきた。

 明日も朝早い。

 早く寝て、明日に備えなくてはいけない。

「ぐすっ…… はあい」

「うぐっ…… ああ。早く寝ないとな…… 」

 食事は軽く済ませ、風呂で身体を洗ってきた。

「ところで、あなた。エマちゃんは養子。直也は実子だから兄妹でしょ。結婚はできないんじゃないの? 」

 深刻そうにいった。

「ハハア。そんなこと考えてたのか。実はな。俺も気になって調べたんだよ。どうやら結婚できるんだよ。民法第734条但し書きにあった」

 父も心配していたのだ。

 エマがいなくなってから、悲壮な覚悟を決めて努力する直也。

 そして、吸い寄せられるようにいつも一緒にいる2人をみて……

「そう…… 2人には幸せになって欲しいわ」

「そうだ。人類の運命なんかより大事なことだぞ」

「人類の運命がなかったら、2人の幸せもないでしょう」

「ぐむっ。ニワトリが先か、タマゴが先かだな…… 」

 部屋に戻ると、エマがやってきた。

「ねえ。ナオヤ。一緒に寝てもいい? 」

「ん? いいよ」

「私、とっても寂しかったの。太陽なんか怖くないけど、ナオヤに会えなくなったら嫌だったの…… 」

「エマ…… 」

 疲れ切った2人は、肩を寄せ合って眠りに落ちてしまった。


 エデンでは、エリスとルナが待っていた。

「ゼノン。アポロ。首尾はどうでしたか? 」

「いや。面目ないことであった…… 」

「? 」

「どういうことですか? 」

「地球人に一本取られたよ。2大神が聞いて呆れるぞ…… 」

「中山家の人たちは、神をも恐れぬ気骨と、誠の心を持っておる。我らが学ぶべきなのだ…… 」

「自分は、太陽神だなんて名乗るのが恥ずかしくなったぞ…… 」

 

惹かれあう2人


 エマが帰ってきてから、2日の間にいろんな人がやってきて、目まぐるしかった。

 直也にとっては、2日間が、ずいぶん長いように感じられた。

 武は相変わらず、ときどきケンカ腰で呟いてくる。

 エマは片時も離れずに、一緒にいてくれる。

 とても幸せな気分に包まれていた。

 女子の篠田が時折話しかけてきて、「恋愛でだめになる男」のことをエマと話題にしていた。

「男子の方が、恋愛にのめり込んでしまって、ダメになるらしいよ」

 直也も会話の輪に入っているのだが、ドキッとすることを言うなあ、と思った。

「へえ。そうなのね。流果ちゃんは物知りだねぇ」

 エマはこういう話にも興味津々で聞いている。

 高校3年生になると、受験勉強で忙しくて、さすがに絡んでくる女子はいなくなった。

 そういえば、気になっていたことがあったのを思い出した。

「エマは、自分のアイデンティティに悩んでいたと思うのだけど…… 」

「そうね。そんなこともあったわね。懐かしいなぁ…… 」

「吹っ切れたみたいだね」

「何ていうか…… 長い時間、何もせずに自分と向き合っていたの」

「うん。それで」

「自分とは何かみたいなことを考え始めると、ナオヤの顔が浮かぶのよ…… きっと、ナオヤが私が何者かを、教えてくれるのだと思うわ」

「そうか…… 俺はずっと勉強漬けだったんだ。何もしないでいると、エマのことを思いだして、気持ちが宇宙に飛んで行ってしまって、何も手につかなくなるから」

「私は地球に飛んで行ってたな…… ナオヤがいつも夢に出てきて、私を追いかけてくるの」

「いつもエマが家にいる気がして、それに苦しんでたなぁ…… 俺はね。宇宙にいるエマを追いかける夢をよく見たよ」

「もしかすると、お互いの心の動きを感じていたのかもしれないよ」

「心の動き…… 」

「私はいつも地球に…… ナオヤの家に行きたいと思い続けていたから。その気持ちを感じ取っていたのかもしれない」

「俺の体から、赤い神の光、ネフェーロマが出ることはありうるのかな。時々光る気がしたんだけど…… 」

「見えたことがあったの? 」

「毎朝、眠気を吹き飛ばすために気合を入れると、赤く光ったような気がしたんだ」

「ナオヤは…… もうすぐ神の力が覚醒するのかもしれない…… 」

「えっ? 神の力が俺に…… 」

「勉強でも、常人のレベルではない力を発揮し始めているでしょう。武も言ってたのよ。だから彼がライバル視するのよ」

「人間が、神になることがあるのかな…… 」

「アポロ様とルナ様が、元人間だったの」

「ああ。エデンに向かうとき言ってたね」

「もちろん、簡単なことではないのだけど、ナオヤの力は既に人間の域を超えているわ。きっと、神の一族を受け入れる精神的成熟度と、意志の力によって覚醒するのだと思うわ」

「赤い光が出たから、炎の神になるのかな? 」

「ううん。きっと風の神よ」

「なぜそう思うの? 」

「赤い光は私との共鳴で出た光なの。うまく言えないけど、ナオヤには私の炎と最も相性がいい、風の力が宿る気がするの」

「風の力…… なんかカッコいいね」

 今日も予備校へ行って、各々勉強して帰宅した。

「ただいま」

「お帰りなさい。今日もご苦労様」

「ねえ。ナオヤ。ちょっと練習してみようよ」

「何の? 」

「神の力を使う練習よ。フィシキを出して」

「うん」

 直也はフィシキを取り出すと、リビングのテーブルの中央に置いた。

「意識を集中して、フィシキが光るイメージを持つのよ」

「えっと…… うううぅん…… 光れ! 」

 何も起こらなかった。

「私がサポートするわ。手を添えて、力を送るから、同じようにやってみて」

 直也がフィシキに手をかざす。

 そしてその手にエマの手を添えた。

「やってみて」

「よおおし。武を倒す! うおおぉぉ! 」

 ギギギギ……

 フィシキが音を立てる。

 ほんのりと薄水色に光った!

「やった! 水色に光ったぞ! エマ」

「やっぱり、風の力が宿っているわ」

「風…… 」

「すごいよ。ナオヤ! 私の炎と組み合わせれば、凄い力になるわ! 」

「おお。俺に神の力が…… 」

「これから毎日練習しよう! 凄い! ナオヤ大好き! 」

 エマが飛びついて頬ずりした。

「何だか楽しそうね。お母さんにも光が見えたわよ。直也が神の力を使うの? そうしたら、エマちゃんと一緒に神になるのね。素敵だわ…… 」

 母が夢見がちな目で言った。



再びエデンへ


 しばらく神の一族が訪ねてくることはなかった。

 エマと直也をそっとしておいてくれているようである。

「エマ。気になっていることがあるのだけど…… 」

「なあに? 」

「ゼノン様とアポロ様が来たときに、神の一族の事情を話すと言っていたでしょ」

「うん。そうだね」

「何か、切羽詰まった事情があったんじゃないかってさ…… 」

「私も、詳しくは知らないのだけど、近々本格的に調査をしなくちゃいけない、と聞いてるわ」

「そろそろ行くべきかもしれないな…… いつまでも、のんびりしていられない気がする」

「そうかもね」

 夜、帰宅するとフィシキを取り出し、エデンへ向かう準備をした。

「こんばんは。夜分恐れ入ります」

「まあ。武君までそろって。お出かけするのね。気をつけて行ってらっしゃい」

 母は、近所へ旅行に行くかのようにいった。

 ここに戻って来たときには、生活が変わっているのかもしれない。

 でもここへ帰ってくることに、変わりはないだろう。

「お母さん。ちょっと行ってきます。多分すぐ戻れるので、お風呂はそのままにしておいてください」

 エマが気軽にいった。

「…… 」

 武は黙っている。

「じゃあ。行ってきます」

 直也は、フィシキを両手で掲げると、エデンをイメージした。

「今度は一瞬で着くわ。ナオヤのネフェーロマも使えるしね……」

「えっ!? もうナオヤが使えるのか? 」

 フィシキが薄水色の光を放つ。

 そして風が直也の身体を煽った。

 逆立つ髪。そして空気のゆらめきが天井へと伸びていく……

「ふふふ。風の神『ゼフュロス』降臨よ…… 」

「うわああぁ! 風の神って…… 中山直也がゼフュロスにって…… まさか…… 何てことだ! エマ。この力は…… 」

「そうよ。神の一族の、究極の能力よ…… 」

 エマは赤、直也は薄水色、そして武は血のような臙脂の光に包まれる……

「ではっ。いってきまあす! 」

 3人は消えていった……

「あらら…… 直也も立派になったようね。出世したってことかしら? 」

 愛子は息子が神になりつつある姿を見て、出世したなぁ、と思うことにした。


 光が徐々に晴れていく……

 ゼノンの神殿前に着いた。

「おっ。3人とも。元気か!? 」

 アポロが気さくに手を振った。

「ナオヤさん。あなたに対しての…… 数々のご無礼をお赦しください…… 」

 ルナが直也に頭を下げた。

「もう自分たちと対等と考えていい。風の神『ゼフュロス』よ…… 我々の親類であり、エマの相方になるのだからな」

「アポロ。それはナオヤさんが決めることですよ…… 」

「そうだったな。しかし、ゼフュロスをもう一度見ることになるとはな…… これから楽しみだぞ」

 ニヤリと笑ってアポロは上機嫌な様子だった。

「ナオヤさん。本当にご立派になられました…… エマ様。さあ。ゼノン様とエリス様がお待ちです。どうぞ中へ…… 」

 ムラマサが中へと促した。

 5人は神殿の中へと入っていった。

 相変わらず、簡素な作りである。

 大きな柱が神殿らしさを感じさせるが、飾り気がなくてモダンでおしゃれな建物だった。

「アポロ様。ルナ様。マルス様。ナオヤさん。エマ様が到着されました! 」

 奥の大扉をムラマサが開ける……

 中には長いテーブルがしつらえてあった。

 白いテーブルクロスがかけられ、銀の食器に豪華な夕食が用意されている。

 ゼノンとエリス、そしてアフロディテが入口で待っていた。

「ナオヤ君。今日は君が主賓だ。上座へ座りたまえ…… 」

 ゼノンに促され、奥に直也が座った。

 隣にエマが。そして、ゼノン、エリスは入口側、という配置になった。

「お忙しい中、時間を裂いてくれてありがとう。さあ。堅くならずに。まずは夕食をいただこうではないか…… 」

「では。乾杯」

 ゼノンとアポロが食事を始めた。

 それをみて、各々が食事と歓談を始める……

「おもてなししてもらっちゃって、悪かったね。おいしいね」

「ふふ。せっかくだから遠慮しないでね」

 直也とエマは、あっという間にたいらげてしまった。

「ふむ。地球の受験生である3人を長く引き留めるわけにはいかぬ。早速だが、本題に入らせていただこう…… 」

 アポロに目くばせをした。

 食器の音がぴたりと止む。 

 一同が緊張した面持ちに変わった。

 全員の視線が直也に注がれる。

 アポロが立ち上がり、直也に向かっていった。

「一番大事なことから話していこう…… まずはナオヤ君。類稀なる強靭な意志の力と、神をも凌ぐ精神的充実ぶりには、驚嘆の一言である! そして神の一族の象徴であるネフェーロマを纏うに至った。偉大なる風神『ゼフュロス』の化身となったのだ! 」

「ナオヤ君。君には神の一族の一員として我々に力を貸していただきたいのだ…… 引き続き、エマと助け合って…… 」

「パパ! 違うんじゃないかしら」

 エマが立ち上がった。

 エマの意図を察した直也も立ち上がった。

 2人は向き合い、互いの目を見つめた……

「…… エマ…… 」

「はい」

「これからは妻として、ずっと傍にいて欲しい。僕は命を懸けて妻である君と、神の一族を守る。そして地球を守る。そして…… 宇宙を守る…… 」

 エマの双眸が、直也の眼差しをしっかりと捉えた。

 この宇宙全体を想う高潔な精神。

 そして神も人間も超越した包容力。

 慈愛に満ち、不屈の闘志を秘めた強い眼差しに、すべてが込められていた。

「は…… はい。ずっと傍にいます…… ずっと…… 離れません…… 」

 シンと静まり返ったまま、誰もが2人を見つめていた。

「うむ」

 ゼノンが立ち上がった。

 そして全員が立ち上がり拍手が起こった。

 パチパチパチ……

「よかった。本当に…… 」

 部屋の入口に侍していたムラマサは、はらはらと涙を流して喜んだ。

「今日はめでたい日だ。話は後日にしよう。ナオヤ君。心配はいらぬ。ここは『原初の光の化身』であり、全能の神であり、君の父であるこのゼノンが守っておる…… 」

「そして、太陽の化身アポロもいるぞ! 」

「さあ。疲れているでしょう。地球から来た3人は、毎日闘いの日々を送っているのです。地球へお帰りなさい…… 」

 エリスに促され、直也はフィシキを取り出した。

「ナオヤ。地球へ行くくらいなら、もうフィシキなしでいいと思うよ」

「そうか…… 」

 気を練るようにしながら宇宙をイメージして、目を閉じた。

 そして、住み慣れた家のリビングを脳裏に描く……

 目を開けると、リビングに立っていた。

「なるほどね。こうやって移動していたんだね」

「おかえりなさい。2人とも」

 父と母が待っていた。

「父さん。母さん…… 僕は、神の一族の仲間入りをしました」

 エデンでのことを手短に話した。

「そうか」

「素敵ね」

「一応こっちでは、20歳になってから入籍することになる。これからのことは、ゆっくり考えたらいい」

「じゃあ。エマちゃん、部屋は一緒にしたらどう? 」

「えっ。そ…… そうですね…… ナオヤはどう思う? 」

「ん? ううんと…… 父さんはどう思う? 」

「なぜ父さんに振るんだ! 」

「なんだか、急に気恥ずかしくなってきて…… 」

 エマが、目を潤ませているのがわかった。

「あ…… うん。そうね。それなら、今のままでいきましょ。エマちゃん。余計な気をまわしてごめんなさいね…… 」

「2人とも、シャワー浴びて寝なさい…… って、もう所帯持ちになるんだから、親がこんなこと言うのはよそう…… 」

「エマ。顔が真っ赤だよ…… 」

「うん。なぜだか自分でもわからないの。これからのこと。ナオヤと一緒に神の一族の中心に入っていくこと。来年大学へ行くこと。近い将来この家を出て2人で暮らすこと。そんなことが一気に頭に浮かんできて、大事な人と一緒に人生を歩んでいくんだって思ったら感激して…… 」

「そうだな…… また明日話そう。寝て起きたらまた勉強だ! 」

「うん」



愛と安息


「おはよう。直也。エマちゃん! 」

 母が朝から満面の笑みを向けた。

「はあぁ。幸せいっぱいね。顔が緩んでしまうわ。母さんも新婚の頃があったのよ…… 」

 うっとりと遠くをみている。

「う……うぅん。なんか、実感なくて…… 」

「ふふふ。今まで通りでいいのよ。考えすぎないで…… ね」

 父も起きてきた。

「グッド、モーニン! エブリ、ワン! 」

 こちらも、やけにテンションが高い。

「なんか、調子狂うな…… 当事者の俺が一番普通な感じで…… 」

「さあ。トースト食べたら、行ってらっしゃい! この幸せ者ぉ」

「地球のニュースなんか、どうでも良くなってきたぞ。わはは! たまにはスマホ見ないで出勤してみるかあ! 」

「おお! 早速風の神ゼヒューが世の中を変えてしまったのね! 」

「むむむ。ゼヒュロスだよ! 俺も何だか元気が出てきた! 」

「よおし! 今日も元気に勉強しよう! 」

「いってきまあす」

 2人は元気よく外へ出た。

「ねえ。ナオヤ」

「なんだい? 」

「ちょっと知っておいて欲しいことがあるの」

「ん? 深刻そうだね」

「妹のアフロディテのことなんだけど…… どうやらマルスのことが…… 好きみたいなのよ」

「え? そうなの? あの武骨者を…… あの可愛らしいフーちゃんがねぇ。で、今どんな感じなの? 」

「私ね。ちょっと相談を受けてね…… フーちゃんは、とっても大人しくて奥手なの。私と正反対かもしれない。どうしたら良いと思う? 」

「どうしたら…… 」

 直也は眉間に皺を寄せると、それっきり黙り込んでしまった。

 妙案はまったく浮かばない。

 マルスは手ごわい。

 コミュニケーション障害といっても良いレベルだろう。

 こちらが意図したことを、素直に受け取れない。不器用そのものだ。

 方やアフロディテもコミュニケーションが苦手だ。

 かなりの難問が出題された。

「とにかく。傍にいることが第一だと思う」

「うん。そうだね。ありがとう。やっぱりナオヤに相談して良かったよ」

「マルスの興味あるものって何だろう? 」

「そうね。普段は暇さえあればトレーニングしたり、武器を磨いたりしているわ」

「つまり、筋トレ大好き、刀剣マニアか…… まったく未知の領域だな…… 」

「マルスは元々内気で、超がつくほど真面目で不器用な職人気質なの。高校にいるときのキャラともまた違うのよね…… 多分最近無理して社交的になろうと頑張ってるんじゃないかな…… でも不器用だから、すぐケンカ腰になるのよ」

「そうか。扱いにくい奴だね…… やはり難解ラビリンス野郎だな。どう攻略するか…… うーん…… ところで、武こと、マルスはどこに住んでるの? 」

「ワンルームを借りて住んでるらしいわよ」

「エマみたいに居候しなかったんだね。確かに話を聞くと、独り暮らしをした方が無難なキャラだな…… 」

「ちょっと、パパとムラマサさんに、相談してみるわ」

 テレパシーをエデンに飛ばしたようだ。

 その間も、直也はこの難問の解を考え続けていた……

「おはよう。武! 」

「やあ。ナオヤ。エマ。昨日はお疲れさま」

 こうして話していると、節度があって爽やか好青年だが、無理をしている感じもする。

 キレやすいし、友人としては気を遣う奴だ。

 今日も、時折イラ立った武のボヤキが、テレパシーで飛んできた。

 予備校へ向かう途中、また話題になった。

「ねえ。ナオヤ」

「ん? 」

「フーちゃんが、中山家にお世話になってもいいかって、聞いてきたの。どう思う? 」

「いいんじゃないか。家族が増えれば楽しくなると思うよ」

「新婚さんの、お邪魔じゃないかってさ…… 」

「俺は大丈夫だよ。エマは? 」

「私は大歓迎だよ。フーちゃん大好きだし! 」

「それじゃあ、あとは父さんと母さんが良ければ決まりだね。それで、またいつものように、うちのクラスに入れてもらえばいいよ」

「三つ子の兄妹がいました、じゃあ無理があるよね…… 」

「従妹がうちに来たってことにすれば? 」

「よし。それでいこう! ナオヤは冴えてるね」

 予備校の勉強を終えて、3人は帰路についた。

 武は2人が幸せそうな顔を見せると、ちょっぴり笑っていた。

「地球ではまだ未成年だから、隠しておかないとな。俺も嬉しいんだ。幸せになって欲しい」

「うふふ。充分過ぎるくらい幸せだよ」

「なあ。武。お前でも、可愛い女の子をみてドキッとすることはあるのか? 」

「ああ。俺は唐変木にみえるといいたいのだろう。否定はできないが、女に興味がないわけではないぞ。勘違いしてもらっては困る…… 」

「そっか。ちょっと安心した」

「それじゃあ。また明日」

 武は別れて帰っていった。

「むう。女に興味がないわけではないぞ、といいながら顔は堅かったな…… これは難攻不落かもしれない」

「そうだね…… 気を引き締めてかからないと…… フーちゃんたち、もう家に着いてるんじゃないかな」

「ただいま」

 リビングに入るとムラマサさんがこちらを向いた。

「おお。改めて、おめでとうございます。昨日は立て込んでおりましたので、ご祝儀を納めさせていただきました」

 丁寧に、紺色の包みに「寿」と書いた箱が置かれていた。

「こんばんは。これからよろしくお願いします! 」

 アフロディテが、奥にちょこんと立っていた。

「フーちゃぁん! 」

 駆け寄ったエマが、ハグして頬ずりした。

「私。フーちゃんと離れて寂しかったの。またフーちゃんと一緒にいられるなんて、夢のようだわ! 高校も、予備校も一緒よ! 一日中一緒よ! 」

「エマちゃん。直也。愛ちゃんも家族として迎えることにしたわ。あなたのことだから、妹を可愛がってくれるでしょう」

「もちろんだよ。そうそう。武もずっと一緒だから、愛ちゃんもわからないことがあったら武に聞くといいよ」

 気をまわしたつもりだったが、愛の表情が曇った。

「は…… はい…… 」

「こっちの生活に早く慣れるために、愛ちゃんで統一するわ。愛ちゃん。やっぱり武の名前を聞くだけで辛くなるのね…… 」

「あっ。ごめんなさい。気を使わせてしまって…… ふう…… 」

 俯いてため息をつくところをみると、アプローチさせるのは相当難しそうだ。

 見た目は内気な少女といった感じである。

 美の女神というだけあって、顔立ちは理想化された人形か、アイドルのように美しい。

 体型も小顔で、まるでファッションモデルのようだ。

「さて。食事を軽く済ませて、身体洗って寝よう」

「ゼノン様が、若い神に地球の生活を体験していただくことの、重要性を強調されていました。元々、エリス様のご提案でエマ様をこちらにお連れしたのですが、今や誰もが地球の、特に中山家の皆さんを信頼するに至っております。何と言っても、ナオヤ様が神の一族でいらっしゃいますから、地球との太いパイプができたのです」

「はい。そうですね。自分の立ち位置がとても重要だと認識しています。いつもありがとう。ムラマサさん。こちらで結婚式を挙げるときには、必ずお呼びします。楽しみにしていてください」

「うっ。そのような温かいお言葉を…… すみません。また目から昆布茶が…… では失礼いたします」

「ねえ。直也。部屋はエマちゃんと愛ちゃんが一緒がいいわよね」

「うん。女子2人が相部屋の方が、何かと都合が良さそうだね」


 エマと愛は、部屋に入るとすぐに床についた。

「毎日4時に起きて勉強してるって、ムラマサさんから聞いたよ。お姉ちゃん、凄いね」

「凄いのはナオヤなのよ。私はそれに従っているだけ」

「ねえ。ナオヤさんと、お姉ちゃんは、本当にお似合いの夫婦だと思うの。とっても羨ましいわ…… 」

「そう? ねえねえ。どんなところがお似合いだと思うの? 」

「お姉ちゃん、本当に幸せそうね。ええっと…… まず、とっても落ち着いていて穏やかなところかな」

「ほおう。穏やか…… 確かに一緒にいると穏やかな気持ちかもしれないなぁ」

「何ていうか…… 2人を見ているこっちも幸せな気分になるの。心の底から信頼し合っていて、いい夫婦だなって。理想的な結婚だなって。私も結婚したいなって思わせるの…… 」

「結婚…… したくなったの? 」

「んっ…… うん…… 」

「相手はやっぱり…… 」

「うん」

「そうかあ…… 」

「どうしたらいいと思う? 」

「とにかく、傍にいて一緒に過ごす時間を増やすといいよ」

「それがなかなか難しくて…… 」

「ねえ。武のどんなところが好きなの? 」

「優しいところ…… 」

「へえ…… 続きはまた明日にして寝ましょ」


「ピピピピ…… 」

「カチッ」

 朝4時。

「ぐおぉぁ…… ふう…… 」

 軽くストレッチをしていると、エマが入ってきた。

「おはよ」

「おはよう」

 直也は目を瞬かせてベッドの淵に座った。

 エマは隣に腰を下す。

「ねえ。愛ちゃん、本気みたいよ」

「んっ。ああ。そうか。うまくいくといいなぁ」

「結婚したいんだって」

「うっ。なんか責任が重くのしかかってくる感じがするなぁ…… 」

「あのね。聞いてよ。武の優しいところがいいんだってさ…… 」

「ふうむ…… ごちそうさまだね…… 」

「そろそろ、お弁当を仕込んでくるわ」

「いつもありがとう…… 」



愛の転校生


 高校に近づくと、生徒が増えてくる。

 自転車通学の生徒。歩きの生徒。電車を利用する生徒は最寄りの駅から歩いてくる。

 電車は一度に大勢降りてくるので、電車組は徒党を組んで道を占領している。

「道に広がって歩くから、近所から苦情が来るんだよね…… 」

 駅から学校までの道の角に、ときどき先生方が立っている。

 たまたま谷先生が立っていた。

「おはよう。中山兄妹はいつみても、心が和むねぇ」

「先生。おはようございます。心が和むとおっしゃいましたが、どんな感じに見えますか? 」

「うん。まるで夫婦だ! 」

「ぶはっ! 先生ぇ まさかそんな風にいわれるとは…… 」

「なんてね! イメージだよイメージ。今日も元気に頑張ろう」

「はい…… 」

「おっ。その子がいとこの転校生かな」

「そうです。中山愛です。よろしくお願いします」

「直也君。3人目だけど、任せていいよね」

「はいっ」

 その方が都合がいい。

 何とか武の近くに、愛をくっつける手だてを考えていたところだ。

「ふう…… 緊張してきました…… 」

「愛ちゃん。リラックスして! 恋は元気主義だよ。ほら。笑って」

「うん。わかった。頑張るよ、お姉ちゃん」

 校門に近づくと、愛に視線が集まってきた。

「おお。見ろ!中山直也がハーレムを作っている! 」

「凄い! 美の女神のようだ」

「かわいい」

「美人ね」

 口々に賞賛の言葉をいう。

「じゃあ。職員室に案内してくるわ」

 エマが愛を連れていった。

 教室に入ると、武が黙々と勉強していた。

 直也も単語集を取り出して、眺めた。

 キーン、コーン、カーン、コーン……

 甲高いチャイムの音とともに、谷先生が入ってきた。

「きりーつ。礼! 着席」

「えぇ。今日は転校生を紹介します」

「おおお。またかぁ」

「あっ。凄いかわいい」

 愛が教室に入ってきた。

「中山愛と申します。中山直也、エマのいとこです。よろしくお願いします…… 」

 直也は武の表情をみていた。

 まったく動揺した様子はない。

「では。今度は中山直也の後ろでいいな」

 ついに、3方向を囲まれた。

 直也も神の一族になったのだから、武も親類である。

 これだけ近しい人たちに囲まれた高校生活は珍しいだろう。

 武に何かいおうかと思ったが、失敗してはいけないので黙っていた。

 今日は授業中に武のネガティブテレパシーもなく、エマも黙っている。

 不気味なくらい静まり返って、テレパシーが飛んでこなかった。

 休み時間には、武も愛も、黙々と勉強している。

 愛がどんな気持ちでいるのかは、想像するしかなった。

 沈黙に耐えられなくなってきて、エマを廊下に連れ出した。

「どう思う? あの2人…… 」

 人目があるので、テレパシーで話す。

「…… そうね…… 今はそっとしておいた方がいいかも…… 」

「武も、何か思うところがあるんだろう…… いつもみたいにエマにも俺にも絡んでこないし…・ 」

「この無反応が物語っているのかもしれないね…… 」

「というと……? 」

「武も、愛ちゃんを気にしているってこと…… 」

「何とか2人っきりにする方法はないか…… 」

「そういえば、武は武道とか格闘技に興味があるんじゃないかしら…… 」

「戦いの神だから、可能性あるね…… 愛ちゃんは? 」

「実は、ああみえて格闘ファンなのよ…… しかも、かなりディープみたい…… 」

「へえ…… よし! 突破口がみえたかもしれない! 」

 次の休み時間に、武に話を振ってみた。

「なあ。武…… 桜葉篤志って知ってる? 」

「んあ? なんだ。急に。愚問だな。桜葉伝説を知らないわけがなかろう…… 」

 言葉はぶっきらぼうだが、思わず笑顔がこぼれた。

「もしかして、動画見てたりする? 」

「もちろんだ。グレイシー柔術との死闘は素晴らしいぞ。相手の動きを予測して、見事に関節を取ってフォールするのだ…… まさしく、稀代の格闘の申し子だよ」

「へえ。実はさ。俺、最近格闘技に興味が出てきたんだ。お勧めのベストバウトがあったら教えてくれ」

「そうか。とりあえず今言った桜葉篤志とグレイシ―一族の試合は見ておくべきだ。この知識がなければ総合格闘技の解説で何を言っているのかわからないだろう…… 立ち技系も押さえておくべきだ。中軽量級の選手の試合がいい。1990年代は黄金期だった。どの試合も素晴らしい。毎年日本人は、戦いに感動しながら年越しをしたのだ…… 」

「なあ。今夜ちょっとだけ、うちの大画面で見てみないか? 武の解説を聞きながら見てみたいんだ」

「ああ。いいとも。うちのテレビは小さくてな…… ご両親が迷惑でなければ」

「多分平気だと思うけど、電話で聞いておくよ。今夜が楽しみだな」

「はは。ナオヤも格闘技が好きだなんて知らなかったぞ。受験勉強の息抜きにはちょうどいい。いろいろ教えよう」

「やった! 」

 こんなに食いつきがいいとは。

 内心ガッツポーズを取っていた。

 この話題に愛ちゃんも乗せて、うまく2人の距離を縮められれば成功だ。

 エマもにっこり微笑んだ。

「ねえ。愛ちゃんも一緒に見よう。さっきの…… 桜葉篤志って知ってる? 」

「うん。世界中に知れ渡ってる伝説の格闘家だよ。私、大好きなの」

「ねえねえ。愛ちゃんも大好きだってさ! 」

「おお。そりゃあいい。4人でみよう! 」

「あ、ああ。そうだな」

 武も愛の方をみた。

 少し表情が柔らかくなったような気がした。


 夜、中山家に武もやってきた。

「こんばんは。夜分恐れ入ります。おじゃまします」

「いらっしゃい。今日は賑やかね」

 母が出迎えた。

 父も起きて、リビングにいた。

「それじゃあ。私は失礼するよ」

「夜遅いので、すぐに失礼します。すみません」

「せっかくだから、武君も夕飯を食べて行ってちょうだい。見ながらどうぞ」

「ありがとうございます」

 武は相変わらず礼儀正しい。

 テーブルに夕飯を並べると、直也がリモコンを取り出した。

「では早速。『桜葉篤志』」

 とリモコンに向かっていうと、音声認識で検索された。

「ああ。これがいいかな『ハイソ・グレイシー×桜葉篤志』」

 すると、画面にリングが映し出された。

 照明を見上げるようにリングサイドのアングルから、伝説の格闘家、桜葉篤志が映し出された。

 会場の歓声がすごい。

「ねえ。ナオヤ。私、こういうの初めて見るんだけど、水着みたいな服で、あんなに露出した女の子がなんでリングを歩いてるの? アナウンサーの隣にいるアイドルっぽい女の子も胸元全開だし…… 」

「ん? ううぅん。 なぜって言われると…… 視聴率を稼ぐためじゃないかな…… 何秒かに一度女の子が映るようにしてるって、何かに書いてあった気がする」

「だからってさ。ちょっと下品じゃないかしら…… 」

「まあね。マスコミ業界は数字出すことが最優先でさ…… そんなもんだよ」

「武と愛は、画面に釘付けになっている。目つきが真剣だ」

「ハイソは、グレイシー一族の中でもテクニシャンで、200戦無敗という戦績を残している。ビクソンと並ぶ強敵だ。桜葉はこの試合のために秘策をいくつも用意していたんだ」

 低い声で武が説明してくれた。画面からも同様な解説が聞こえるが、武はより具体的に話してくれる。

「桜葉さん。カッコいいですぅ…… 」

 愛が呟いた。

 直也は、正直なところ冴えないおじさん、と心の中で思っていた。

 見た目はそんな感じである。

 スーツを来てそこら辺を歩いていたら、うだつが上がらない無精ひげを生やしたサラリーマンに見えそうだ。

 試合は膠着状態が続いた。

 その間も武は解説を続ける。

 よほどのマニアらしく、選手の私生活や趣味まで知り尽くしている。

「武はすごいね。どこでそんな情報を…… 」

「ネットで調べればすぐにわかるぞ」

「ごめん。武。今更だけど、グレイシー柔術ってどんな格闘技なの? 」

「グレイシ―柔術とは、日本発祥の柔術をある日本人がブラジルに伝えたことが元で広がったのだ。だからブラジリアン柔術とも呼ばれている。ブラジルには、様々な格闘技があるが、グレーC一族が学んだ技は、体格が優れた相手を打ち負かす驚異の技だと評判になった。グレイシー柔術の道場はブラジルに根付き、その強さが総合格闘技や、何でもありという意味のヴァーリ…トゥ―ドで証明されて、日本でも柔術ブームが起こった。」

「柔道とは違うのか? 」

「むう。そこからか。柔道は明治時代に、危険性が少ない投げ技を中心に再編成した武道だ。柔術には相手を殴る当て身や関節技など、危険な技もある。安全性を高めた柔道が世界中に広がり、オリンピック競技になったのだ。」

「なぜ日本の武道である柔術の人気が出たんだろう」

「技を習得するための練習方法が優れていると思うぞ。体格には恵まれないが、勤勉な日本人の国民性が色濃く感じられる。例えば基本を何千回も繰り返して、技を体に覚え込ませるところや、毎日の稽古をルーティーンにして、誰でもある程度の力を身に着けられるようにしたところが優れた点だ」

「なるほど。武は格闘技の評論家だな」

「特に日本の武道は、調べると面白いぞ」

 食事終えたエマが立ち上がった。

「さきにお風呂いただくわね。ごゆっくり」

 直也に目くばせをした。

「ああぁ。そうそう。ちょっと父さんに頼まれたことがあったんだった。ちょっと失礼」

 直也は2階に上っていった。

 後には、武と愛が残された。

「あ。あのう。武さん」

「ん? 」

「総合と立ち技系と、プロレスでは、何が好きですか? 」

 愛はやっとの思いで聞いた。

 直也とエマが一生懸命愛のためにこのチャンスを作ってくれたことに感謝していた。

 何としてもその気持ちに報いたい、という思いが強い。

「そうだな。細菌は立ち技系に興味があるかな」

「私、魔棲斗選手が好きなんですけど、引退してから復帰して、ラストマッチが企画されてますよね」

「ああ。俺も気になってたんだ。亡くなったキット選手も凄かったが、この2人の活躍が立ち技系格闘技ブームを起こしたと言っていい」

「あの…… チケット取ったんですけど、一緒に行きませんか? 」

「え? ホント? 行きたい。一緒に行こう! 」

 武がかなりのハイテンションになった。

 大当たりだ。

「やった! 私も嬉しいです! 」

 愛も飛び上がって喜んだ。

「連絡とりたいのでSNSも交換しましょう」

「ああ。いいよ」

 これでいつでも連絡できる。

 やはり学校で顔を合わせるが、周りの目がある。

 SNSであればプライベートなこともやり取りできる。

 愛は天にも昇る気持ちだった。

 武も普段見せたことがないような、明るい顔をしてみせた。

「うん。それじゃあ。夜遅いしそろそろ失礼するよ。皆さんによろしく! 」

「あ…… また一緒に動画みましょう」

「ああ。今日は楽しかった」

 武は愛を眩しそうに見つめてから、帰っていった。


「やったあ! 」

 飛び上がって喜ぶと、エマが風呂場から出てきた。

「ふふふ…… やったじゃないのさ…… コノコノォ! 」

 直也も降りてきた。

「これは脈アリだぞ。武の反応は明らかに美の女神の魅力の虜になっていた! これで我らのミッションは成功したな」

「あとは。愛ちゃん。楽しんでいれば大丈夫よ」

「うわあ。武さんと2人でお出かけなんて、夢みたい…… 」

「ねえ。思ったんだけど、武って結構派手目の女が好きなんじゃないかしら。ちょっとだけイメチェンしてみようよ」

「格闘技好きだからな。勝負に出てみるか」




美の女神降臨


 翌朝、いつものように4時に起きると、エマがやってきた。

「ねえ。ポニーテールはどうかな」

「ん? ああ。攻めてる感じするな。活発な女を演出するべきだ。うん」

「学校は校則があるから、お化粧できないけど、帰りに口紅とチークだけでもつけて見せつけてやるのよ! 」

「おお。美の女神様降臨だな! 」

「なんか、こっちまでテンション上がってくるね」


 学校に着くと、愛が髪を上げていることが目を引くようで、周りの視線を集めた。

 エマも目を引くが、愛は煌めくような、みずみずしい魅力のオーラを放っていた。

「これが美の女神の本気か…… 」

 直也は思わず呟いた。

「そうね。愛ちゃんが本気を出したら、振り向かない男はいないはずよ」

 教室には、武がすでに来ていて勉強していた。

 愛が近づいていくと、聞いた。

「武さん。おはようございます。いつも何時に来てるんですか? 」

「ああ。俺はいつも6時半くらいかな…… 」

「えっ! そんなに早く!? 勉強がはかどりそうですね…… 私も来ていいですか」

「ああ。いいよ」

 武は顔を上げて、愛をみた。

 しばらく見つめていた……

「き…… 今日は髪を上げたんだな。とっても似合ってるぞ」

 エマと直也は内心驚いた。

 あの無骨者の武が、愛を褒めた。

 教室の入口でみていたエマがいった。

「い…… 意外と女性に優しい男子感だすのね」

「武はカッコいいし、モテる男子だよ。エマとの相性がイマイチなだけでさ…… 」

「そうね。これってもしかして、理想的な美男美女カップルじゃない? 」

「まずいな。俺たちの影が薄くなりそうだ」

「ふふふ…… 時代は移り変わるものよ…… 私達はゴールインしたんだしね」

 武の表情が、明るく活き活きとしてきた。

 愛も、思い切ってアプローチしたことが、うまくいっているので、自然に笑顔がでるようになった。

「傍目からみて、文句なしのカップルよね…… 愛ちゃん、幸せそう…… 」

「エマ。まだちょっと早いぞ…… 超えなくてはいけない壁が目の前にある」

「えっ。なあに? 」

「どちらが、どのタイミングで告白するかだ」

「むむむ。そうね。武からは難しいかもしれないわね」

「そうだ。愛ちゃんを、もうひと押し勇気づける必要がありそうだ…… 」

「どうしたらいいかな。私、ソワソワしてきちゃった…… 」

「ちょっと考えておこう」

 それから、武と愛がときどき目を合わせて笑うようになった。

 帰りがけに、予定通り愛が薄化粧をして予備校へ向かった。

「ここでのポジション取りが大事になる。愛ちゃんは俺たちと離れて、武と中間の位置に座るんだ」

 と事前に指示しておいた。

 直也たちと一緒だと、話しかけにくいかもしれないし、視線を送るとすぐに気付かれると思ってみないかもしれない。

 そこを考えた上での作戦である。

 この「孤独少女作戦」は功を奏した。

 武は愛が気になりだしたようで、何度も視線を送っているところを確認した。

「ふふふ…… もう一息ですぜ。ダンナ…… 」

「よし。武はメロメロになりつつある。あとは自然に告白するだけだ。愛ちゃんを焚きつけて、炎の情熱をもってすれば…… 当然炎の化身、エマの役目になる! 」

「そうね。もう小細工はいらないわね」

 それからというもの、武と愛の距離は縮まっていった。

 そして、週末に2人で魔棲斗選手のラストマッチをメインにした、イベントをみてくると、

「お姉ちゃん。ナオヤさん。応援ありがとうございました」

「うんうん。それで…… 」

「愛ちゃん。顔がにやけてる…… 」

「今度、エデンに行って報告してきます。プロポーズされちゃいました」

「ええっ。武から? 」

「おお。答えは!? 」

「エデンで言うことにしました」

「即答しなかったんだ…… 」

「その心は? 」

「お姉ちゃんとナオヤさんがしたみたいに、皆さんの前で誓いたいの! あれ、めちゃめちゃ良かったです…… 」

「ふむ。俺たちは、伝説を作ってしまっていたのか…… 」

「武さんに『皆さんが泣くセリフを考えて』って言ってあります」

「おおお。今の武にならできるかもしれない…… 」

「また伝説ができるのね」



宇宙神エマ・フィシメイキア ~UCHUJINEMA~


FIN


「宇宙神エマ・ディアプトラ ~「」「UCHUJINEMA~」 につづく



この物語はフィクションです。

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