第2話 おにぎり創造
悲観的になる必要はない。
そう思いつつも、目の前に広がる広大な砂漠に外気の気温とは別に体に寒気が走る。
思い出したようにポケットから取り出したスマートフォンを眺める。
電源は入るようだが、もちろん圏外。
「と…とりあえず、何か本に書いてみるか…」
どっちにしろ、今はこの本しか頼れるものがない。
信じる信じないはさて置いて、水が出てきたり、晴れたりしたのはこの本の影響であるに違いない。
そうポジティブに考えつつも、疑心暗鬼を抑えられない俺はおそるおそる本に書き記した。
「生活の基本は衣食住だ。とりあえず何かしら食べ物がほしい」
そう呟きつつ、“おにぎりがほしい”と記入し、本を閉じる。
おじさんと本で会話したことが本当に真実なのであれば、この本の力は世界を創造できるほどの代物ということになる。
左腕に付けた、腕時計の針を目で追う。
1分ほど眺めているも、おにぎりが出現する気配もなくただ時間だけが過ぎて行く。
(雨が降った時のようにすぐおにぎりが出現するかとも思ったが…)
再び本を捲り、先ほどと同じように”水がほしい”と記入してみることにする。
するとすぐに雨雲が太陽を隠し、同じように雨が降り始める。
その現象に焦り、本に晴れるよう促す。
「なるほど。わからん」
とりあえず俺は、この本の能力について知る必要があると本を眺めながら表紙の皮をそっと手で撫でる。
まず、出来ることとできないことの差はなんだろうか…
”水がほしい”と”おにぎりがほしい”の違いについて考えてみる。
食べ物はダメなんだろうか?
それともこの世界に米がないからダメとか?
それならば、乱雑に降り始めた雨の存在が気がかりになる。
砂漠にありそうなもの限定ってことか?
30秒ほど考えたところで、ばからしくなり、考えることをやめた。
「もし本当に自分がこの世界の神様になったというのなら、地球の神様は本当にすごいな…」
7日間で世界を創ったとする神様と比べたら、ちっぽけな人間な俺には到底できるはずもないだろう…
砂に寝転がり、今更、地球の神に尊敬の念を贈る。
(こんなことなら創世記…きちんと読んでおけばよかった)
時間が経っているか経っていないかもわからない空を見上げ、物思いに耽る。
あれからアーノルドと会話しようと何度か試していたが、音沙汰はなく、孤独を今更ながら感じている。
疲れていない体で空を見上げているが、太陽は真上から変わらずにいる。
眩しくなり目を閉じれば、様々な思いが俺の中で錯綜しているのがわかる。
しばらくその状態でいると、漫画を描いていた頃の自分が思い浮かび、ある人に言われた言葉が繰り返し、聞こえてくる。
『もっとキャラを掘り下げたほうがいいよ』
俺の脳裏に焼き付いていた言葉の一つが、聞こえてくると、俺は目を開ける。
初めて漫画を描き、その作品を見せた感想がその言葉だった。
(なんでこんな時に嫌なことを思い出してしまうのか…)
思わず、バッグの中身を寝ながら漁り、一冊の小さいノートを手に取る。
そのノートは使い古されているのか、角の辺りがかけ、表紙の蒼は色が落ち始めている。そのノートを俺は開く。
そこには、今まで描いた漫画の設定や構成、自分のお気に入りのキャラやメモ書きなどが書き記されていた。懐かしさに、顔が少し綻ぶ。
ページを進め、後半のほうに描かれているキャラに思わず手を止める。
そのキャラは、あの編集にビリビリに破られた漫画のヒロインだった。
「こんな時、こんな子がいてくれたら少しは頑張れるんだろうな…」
まさしく、王道とも言えるヒロインに苦笑いを浮かべる。
(確かに、こんなキャラではあの編集が言ってた通り、連載なんて難しいか…)
俺はノートを乱雑に投げ、再び、古ぼけた本を手に取る。
「キャラを掘り下げろ…か…」
起き上がり、ペンを右手に持ち猫背になりながら、古ぼけた本に描いていく。
(どうせ、白紙になるんだったら、俺の絵の練習ノートにでもしよう)
夢中になって古ぼけた本の白紙のページに女の子の絵を描く。
ある程度書きつつ、キャラの設定を固めていく。
この時間が漫画を制作する上で、自分が一番好きな工程のため、時間を忘れて、夢中になって描いていく。
「こいつの名前は…そうだなぁ。ミカエルにしよう」
ネーミングセンスは著しく低い俺だったが、どうせ誰に見せるわけでもないし、
消す必要がないんだから、何書いたって一緒だ。
髪の色はベージュ。少し長めの頭髪に、大きめの胸囲。
名前はベタな感じにしたから、天使っぽい服装にしよう。
そんな風に設定を書いている俺は、傍からみたらただのおっさんに見えるだろうが、心の中は完全に少年のそれであった。
(で、性格は…天使なんだから…こう真面目っぽい感じにしたらいいんかな…)
頭の中で描いている天使像をそのまま絵と設定に落としていく。
どれほどの時間が経ったんだろうと思わず、描く手を止める。
気が付くと、絵は完成し、我に返っていた。
「俺はどうして、この本にこんな絵を描いてしまったんだ…」
思わず落ち込み、頭を抱える。
(うわっ完全中2やん。こわっ。何この絵。うわぁ…)
自分の絵を見返し、恥ずかしさに駆られる。
また黒歴史を生産してしまった後悔と、誰も見ていないはずなのに自分はこんな絵描いてませんと免罪符を貼ろうとする。
絶望的な表情を浮かべる溝辺に、どこかしらから声がかけられる。
「どうかなさいましたか」
どこからともなく聞こえた暖かしさを感じる女性の声にびっくりし、目の前に広げられた絵を隠すように急いで本を閉じる。
俺は何もなかったように咳払いをすると、声が発せられた場所へと目を移す。
そこには、先ほど描いた絵にそっくりの少女が目の前に跪いていた。
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