異世界創造記

けーあーる

プロローグ

人間の本質は、全員一緒だ。


つつがなく生きたいだとか、トラブルは御免だとか、建前上繕っては、何か自分にだけ、特別な何かを求めたりする。


俺もそうだ。


「いやだからさ。何度も言ってるけど、そういうのうちじゃ求めてないから」


「この前は、これでいいって…」


「確かに、今異世界?転生?そういうの流行ってるけどさ。うちは王道っていうか…現代ファンタジーっていうの?そういうのがいいのよ」


目の前の男は、俺が寝るのも惜しんで創った作品を、いとも簡単に愚弄する。


「まあ…溝辺君は、話だけはいいの描くんだからさ。次はそういう感じの持ってきてよ」


そう言うと男は、俺が描いた漫画を目の前でビリビリと破り始める。


(こんな目の前で、バカにされて、モチベーションが上がるとでも思ってんのか?)


「わかりました…それでは、失礼します」


そう俺の作品を破り捨てた男に言い残し、ぺこりと一礼すると、編集社から出て、いつもの帰路へ着く。


(貯金ももうないし…そろそろ仕事再開するべきか?)


もう年齢30にもなり、そろそろ夢を諦めることも考えなければならない年齢だ。

しかし、幼少の頃から追いかけていた漫画家の夢を捨てきれるものではない。

そう考えながらいつもの遊歩道を歩いていくが…

いつしか景色がいつもと違うことに気づく。


(路地裏にでも入ったか?)


気づいた頃には、もう路地裏の深いところまで入り込んでいた。

俺は引き返すことはせず、そのまま路地裏を歩いて行く。


(このまま歩いて行けば、駅に着くみたいだし、わざわざ戻るのも時間の無駄だろう)


ポケットから出したスマートフォンで地図を確認し、歩く。


(こうして、道を変えて新鮮な気分を味わうのも時には大切かもしれない)


薄暗い道。所狭しと並べられた建物が並ぶ外観にどこか異質な雰囲気を感じる。

ふと目の前の真っ直ぐ見るも先が見えない。

(こわっ。もう若くないけど相変わらず暗いとこは慣れない)

怖くてたまらない感情を立派な成人男性の体をした歳の男性は身構えながら早足で歩く。


(幽霊とかいそうだよなぁ雰囲気がよぉ…)


そんなことを考えつくほどに不気味な路地裏に、齢、30の男は予想以上に恐れていた。


「なぁ、そこの人」


「へぁ!?」


変な声が自分から出てしまったことの恥ずかしさと、道の脇に横たわっていた男に突然話しかけられた驚きに、たじろぐ溝辺だったが、なんとか堪える。


「なんでしょうか」


やっとのこと絞り出た言葉に安堵し、少し冷静になる。


(こんな男、さっきまでいただろうか…?)


見るからにみすぼらしい格好をする男、ぼろぼろ過ぎるシャツは、だるだるに伸び、そこから見える肌は、やせ細っているのか肋が薄く見えている。普段なら話しかけもしないであろう初老の男にも、初対面であるため、極力礼儀を見繕う。

背筋を張り、きちっと立ち俺はその初老の男の言葉を待った。


「いつもの頼む」


そう嗄れた声で唸ったような声をあげる男は懐から万札の束を取り出す。


「あの…いつものというのは…」


みすぼらしい格好からは思いもよらないものが飛び出し、俺は目をぎょっとさせる。一瞬目が疑うも、日本円の1万円札がこちらを覗いているのを確認すると、様々な憶測が自分の中に一瞬浮かぶ。

俺は恐る恐る、男に質問したが、男は俺の言葉を聞いていなかったのか。


「あ?あぁそうか…合言葉か?」


と口をニヤリとしながら言う男。

その男の言葉に俺の中の憶測が、確信へと変わっていく。


(これはあれだ。平和な日本人が来てはならないアングラというやつだ。)


この男の求めている物は恐らく日本の法に著しく触れるものなのだろう。

そして今の、セリフ…合言葉という不穏なワードに薬の気配を漂わせる。

だとすれば、法を守る俺のやることはひとつ。


「私は、売人ではありませんので…失礼します」


そう言って全速力で走り去る。

それを見て初老の男は立ち上がろうとしながら俺に静止をする。


「お、おい!ちょっと待て!」


何か後ろのほうで男が何やら静止をかけているが、関わってたまるか。俺には、漫画を制作するという使命がまだ残っているのだ。

ここで捕まれば漫画家の夢なども全て藻屑になってしまうであろう。

全速で走る俺は、やっとの事で、路地裏の行き止まりに辿り着いた。

ん?行き止まり?

俺は足を止め、はぁはぁと息を肩でしながら前方を眺める。そんな俺に後ろから声がする。


「待てと言っているだろ」


後ろを振り返ると先程の初老の男が俺と同じようにゼェゼェと息を切らしながら着いてきていた。初老の男は、いつの間に着替えたのか、服装が、代わり黒いローブのようなものを身にまとっていた。


「すまん。勘違いしていたようだ。客人ならそうと最初に言うがいい」


初老はよくわからないことを言い出す。

俺はこの薬中のお客になったつもりはない。

俺は目の前の薬中男を放っておき、スマートフォンで地図を確認する。


「道ならないぞ。私が先に塞いでおいたからな」


俺の調べていることがわかっているかのように、おじさんが述べる。

俺は勘弁したように両手を挙げ訴える。


「俺はサーカスに興味はないです。俺を家に帰してください」


俺が顔を引きつらせながらそう言うと、男は、懐から杖のようなものを、取り出す。ハ〇ーポッターで、見たことのあるような年季の入ったその杖を俺の目の前で振るうと、同時に俺の後ろでゴゴゴと物凄く大きな音が鳴り響いているのがわかった。

俺は思わず振り返るとそこには、なんとも奇妙な光景が広がっていた。

俺が立ち止まっていたはずの、壁はパズルのようにカタカタと左右に消えていき、周りの建物も同様、パズルのように組みあがっていく。


「この呪文は、派手だが好かん」


男は、そう発すると、俺のほうへと歩みを進める。

俺は思わず目の前にある奇妙な光景よりも、男のほうが気になり、男のほうを向くと、自分の防衛本能からか臨戦態勢をとる。いわゆるファイティングポーズであった。

男は、歩みをやめず、近づいてくるが、俺をスルーし、行き止まりの壁があったほうへとそのまま歩き出す。

ゴロゴロと転がるように、建材が積みあがっていたそれは、いつしか一件の民家へと姿を変える。男はその家の前まで来ると俺に手招きをし、民家へと入って行く。

俺は、ごくりと生唾を飲み込むと、そこから立ち去るか、民家に入るのか熟考した。


(薬中の男は信用できない。けど今の目の前の現象?はなんだったんだ?いや気にする事なんてない。帰ろう)


俺は、元来た道のほうへと振り返る。

しかし、そこには元あった道はなく、建物と建物がぴったりと俺を阻むように建っていた。不可思議な現象に動揺するも、俺に選択肢がないということだけは頭で理解する。


(従わないとダメってことか)


俺はそう勝手に解釈し、男が入って行った、民家へと歩みを進めた。



民家の中に入ると、家の中は、民家というよりもお店のような作りをしていた。

所狭しと並んでいる本に、どこか自分の中の子供心をくすぐる。

俺が辺りをキョロキョロと見回していると、本が立ち並んでいる奥から、おじさんの声が聞こえてくる。


「いらっしゃい。どれでも好きな本を選んだらいい」


俺は、本の隙間から男を、探す。

男は、カウンターテーブルの中にある椅子に腰かけ、煙管をふかしながら、古ぼけた分厚い本を読んでいるようだった。


(本の押し売りってわけか…はた迷惑は話だな)


俺は手元に積みあがっていた古ぼけた本を手に取る。

本の表紙にはタイトルなどが書かれているわけでもなく、ただ皮製の黒っぽい生地に覆われているだけだった。

B4ほどのその本はかなりの重量がある。皮の表紙を開くとそこには、目次などが書かれているわけでもなく、だだ少し茶色い厚手の白紙の紙が一枚ある。

俺はそのページを一枚捲るも、中身は全て一枚目と同様に白紙。

パラパラと全てのページを読み進めるが、文字は一切なく、同じく白紙であった。

俺はその本を元あった場所に戻すと、他の本も手に取る。


表紙は、先ほど同様に皮製の黒っぽい生地。タイトルも書かれていない。

しかし、白紙の本とは違い、今度は中身が書かれているが、どこの文字で書かれているのかまったく読めない。その本の内容に、一つ溜息を吐く。

そんな俺に男が声をかけた。


「で、溝辺君。本は決められたかね?」


本の隙間から男を見ると、こちらの様子を伺っているようだった。

俺は、自分の名前が相手に知られていることに恐怖を覚えるも、突っ込むことを忘れ、問いに答える。


「ははっ…えーっとどの本も高そうなので俺には買えそうもないです」


俺は空笑いをしつつ、本の押し売りから逃れようとする。

何か面白い内容の本があれば買ってもよかったが、ここに置いてある本は、見渡す限り、古ぼけた本ばかり。一般の本屋では到底目にかかることはできないだろう。

男は煙管を一回ふかすと、金はあるのかと訪ねてくる。俺はぼったくりから逃れようと


「…300円くらいですかね…」


と咄嗟に口から出ていた。

男が薬中であることも懸念し、極力低く金額を提示する。

先ほどの現象が何なのかタネが知りたいところではあったが、名前が知られているというのも怖い。


「300円…だと?」


「あ…あまりお金がないもので…それでは私はこの辺で…」


こんな訳の分からないところに長くいるのも野暮なだけだろう。

男も俺が300円しかないことに頭を抱えている様子であったので、さっさと店から退散しようと後ろのドアノブに手をかける。

しかし、ドアノブを回すも期待したことが起こることもなく、ドアは一向に開きそうにない。少し強めにドアを押すも、びくともしないドアに、俺は少し顔を曇らせる。そんな俺に男が声をかける。


「外にはまだ出られんよ。何か一冊買ってもらわねばな」


どうやら、押し売りからは逃れられないらしい。

俺は先ほどの本たちを眺め一冊を手に取る。

その本はたまたま最初に手にした白紙しかない本であった。

俺はその本を男のほうへ掲げると、


「この本ください」


と一言発した。その本に男は目を細める。


「その本だったら、本当はもう少しするが…特別に300円にしてやろう」


男はそう言うと、先ほどの古ぼけた杖を取り出し、振るう。

その光景に、思わず笑いそうになるのを耐える。


(冷静に考えれば、じじいが魔法使いの真似事をしてるんだよな)


これで家へ帰れると思った安堵からか落ち着きを取り戻した俺はそんなことを男を見ると思い浮かべる。


「少し、時間がかかる。溝辺君は、この本でも見ていてくれたまえ」


初老の老人とも思わしき男は、相変わらず杖を振るうと、ふよふよと浮かぶ本が一冊あった。その仕草は様になっていたはずだったが、現実主義者の俺は、どういったマジックを使っているのだろうかと疑問視するのであった。


考えているうちに一冊の本は俺の手元の辺りで止まり、俺の動作を待っている。

俺は目の前に来た本を咄嗟に手に取り、全体をくまなく触る。

糸などを使ったトリックではない様子であり、単純なマジックではないと感心をする。

俺はその相変わらず古ぼけた表紙を開く。

1ページ目には見慣れた文字があり俺はその文字が目に入ると、嫌な顔をする。

大きく書かれたその文字は、earthと英語で書かれていた。


(英語は苦手なんだよなぁ…)


俺はその1ページ目のタイトルと思わしきページを捲ると、期待通り中身は全て英語で書かれていた。英文でつらつらと書かれている文章に興味がそそられるはずもなく読み飛ばしていく。

速読するかのようにぺらぺらと勢いよくページを捲るが、中腹の辺りで俺は一旦ページを進める手を止めた。


「その本も白紙だっただろう?」


本から手を止めた俺に、相変わらず杖を振るっている男が苦い顔を浮かべる。

男は続ける。


「いつ見ても、どの本も完成してないんだよ」


悲しそうに言う男に、俺は当たり前の疑問を男に投げかけた。


「完結してある本を入荷すればいいんじゃないですか?」


変わった本達だなとは思うが、完成していない本ばかり並べられても、誰も購入さえしないだろう。

乱雑に積みあがった本達を眺めて俺は至極そう思った。

編集社を出てから、もうかなり時間が経っていたようで、本が積みあがっていた隙間の窓からは夕方のオレンジ色の光が差し込んでいた。


「ただの本屋であれば、そうなのであろうな」


おじさんは俺の疑問に答えると、やることは完了したのか俺のほうを見ていた。

きっと料金を催促されているんだろうと小銭が入っている左ポケットから300円を取り出す。男は俺にその300円を投げろと指示してくる。

指示通り、俺は男に300円を軽くぽいっと投げると、器用に杖を古い、300円硬貨を本同様に浮かせた。


「すごい手品ですね」


俺が関心したように口を開く。

そんな俺の言葉に、男は笑いかける。


「何か困ったことがあったら、その本に記せ」


男は、そう言うと、ふよふよと男に近付いた300円を手に取り、カウンターの後ろにあった木製の小さいドアへと消えていった。

俺はそれを見送ると、後ろのドアノブに手をかける。

今度は素直にドアが開いて行く。


(なかなかに不思議な体験だった。手品のタネはわからなかったが、雰囲気は完全に遊園地のアトラクションだったな)


俺は今あったことを思い浮かべつつ、外に出る。


しかし、そこには一面の砂漠が広がっているのであった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る