36話 覚醒と失神(4/7)

「久居、今日の夕飯、なんか量多くないか?」

毎食律儀に料理を手伝うレイが、大鍋をかき回しながら、久居に尋ねた。


毎日帰りの遅いリリーを待ちきれないのか、カロッサが久居の料理を、昼のみならず夜まで食べてから帰るようになったので、最近の久居はリリーの分まで夕飯を作り、カロッサに毎日持ち帰ってもらっていた。


それでも、今日はそれ以上に多い。とレイは思う。

「ええ、今日はちょっと多めに作りました。余った分は明日に回しますので、大丈夫ですよ」

と久居が答える。

久居は、腕輪を日々の生活で器用に使っていた。

水分を沸騰させたり凍らせたりが自在にできる能力は、調理での活躍はもちろん、食品の保冷庫を作ったり、気温を調節したり、瞬時に風呂を沸かしたり、久居が持つ限りとても平和的に活用されていた。


そのため、リル達はこの夏の最中でも、余った料理を保冷し安全に明日食べることが出来る。


「そうか、ならいいのか」

レイが納得顔をしたのを久居がチラリと確認した時、リルがやって来た。

「わー、良い匂いー。これお父さんが好きなやつだね!」

「リルも、お皿を並べてもらって良いですか?」

「はーい」

リルが、素直に返事をして、お皿を受け取ると、とことこ歩いて行き大テーブルに並べ始める。


「……もしかして、今日来るのか?」

レイが、ぽつりと鍋の中に呟きを落とす。

「連絡はいただいていません」

久居が、事実だけを告げる。

「ですが、今夜は新月ですので、もしかしたらと思い準備をしました」

珍しく、久居が不確定な事まで話してくれたのが、レイはなんだか嬉しかった。

「新月だと、何が違うんだ?」

「新月に近付くほど、クザン様のお仕事が減りやすくなります」

「へえ、何でだ?」

「……」

久居が言葉に詰まる。

しまった、聞きすぎた。鬼の仕事内容にまで触れるつもりはなかったんだが、結果的にそうなってしまったようだ。

「いや、話さなくて良い!! すまない、俺が聞きすぎた!」

言葉を選んでいた久居が、レイの様子にキョトンとレイを見上げる。と、小さくふき出した。

「そんなに……慌てずとも、話せない事は話しませんので、大丈夫ですよ」

クスクスと笑う久居に、なんだか恥ずかしくなって、レイは赤くなった顔を片手で隠した。



その晩、クザンはやってきた。


リルの耳がピクピクと跳ね、地中に向けられる。

「あ、お父さんかも」

と言うのを聞いて、カロッサと空竜が警戒を解いた。

ちなみに、レイは日が暮れきる前に小屋に入っている。


「よお、お前ら元気にしてたか?」

皆の注目を浴びて、堂々とクザンが姿を現すと、久居もようやく警戒を解いた。


鬼達は、たとえ相手が地下へ出入りすることを知っていても、一応人目のないところで地中に出入りしようとするようで、クザンもやはり、出現後に草陰から現れた。


クザンは、皆の挨拶に人懐こい笑顔で応えながら言う。

「今日はでっかい馬獲って来たぞ」

「うまー?」

「おう、血を補うのに持ってこいだ。変態に持たせてっから、もうちょいしたら着くだろ」

「ありがとうございます」

深々と謝意を告げる久居の肩をポンポンと叩いて、クザンが「顔上げろ」と言う。


久居が言われた通りに顔を上げると、クザンがジッと覗き込む。

「よしよし、ちゃんと休んでんな。

 お前のことだから、無理してリル達の世話焼いてんじゃないか、気になってたんだぜ?」

言われて久居は、先月レイに付き合って徹夜した事は黙っておこうと思った。


「なんか良い匂いすんな。夕飯まだだったか?」

「私達は先に済ませましたが、まだ沢山ありますので、クザン様も良ければいかがですか?」

「おう、頼む。腹減ってんだわ」

ニカっと嬉しそうに笑うクザンを、屋外に設えた大テーブルに案内すると、久居が一礼してから料理をよそいに去る。

その席には既に食器が出してあり、飲み物も出されている。去り際に久居が軽く冷気をかけて行ったので、飲み物はほどよく冷えていた。


クザンが気分良くそれに口を付けていると、クザンの背中に引っ付いていたリルが、ぴょっと肩から顔を出す。

「おとーさん、違うよ!」

「ん? リルどうした?」

「久居、今日おとーさんが来るかもって、それでおとーさんの好きなやつ作ってたのっ。

 だから、残ってたんじゃないよ、おとーさんの分だよ!」

「ハハッ、だろうな」

笑って答える父に、リルがつまらなそうに口を尖らせる。

「えー、驚かないのー?」

「お前が一人で準備してたんなら驚くぞ?」

からかうように言われて、リルがぷうと膨れる。


同じテーブルの向こうで、つられて飲みはじめたカロッサが「まぁ、今夜は新月だもんねえ」と呟いた。

「そだな、つーか、なんでもない日に待ち構えられてたら引くけどな、変態みたいにな!」

思わずガタンと立ち上がるクザンの言葉は、後半にやたら力が入っていた。

何かおぞましい物を思い出してしまった顔でクザンが固まるので、カロッサが声をかける。

「どうせこの後来るんでしょ? 今くらい忘れてれば?」

「忘れられるもんなら、忘れてぇ……」

はああああと大きなため息をつきながら、座り直すクザンが、ふっと小屋の方を見る。


声を少し落として、クザンがカロッサを振り返った。

「なんであいつ捕まえてんだ?」

「つ、捕まえてなんかないわよ」

カロッサが心外だという風に返す。

が、そう思うところはあるのか、その目は空を泳いでいた。


「あんなとこに、ずっと閉じ込めてんのか?」

うっ。とカロッサが言葉に詰まる。

「仲間にも家族にも会わせてやってないのか?」

そこへ、久居が料理を出す。

「お待たせ致しました」

「おう、ありがとな」

恐縮です。と短く応えた久居が、するりと後ろに控えようとするので、クザンが椅子にかけさせる。


「えーと、あの天使。名前何つったか……」

「レイだよー」「レイ君ね」

「なんかお前ら、それ天使に対して短すぎねぇか?」

「そうなの?」

「あいつら、やったら名前なげぇし、仲いいやつ同士でもまず五文字以下にはならねーだろ」

「そうなの?」

カロッサとリルに交互に聞かれて、クザンが「そーじゃねーのか?」と聞き返している。

「レイザーランドフェルトという名前でした」

久居の言葉に、

「そんなら、レイザーランドとか、レイザーラくらいまでじゃねぇの?」

と返したクザンが

「「そうなの?」」

とカロッサとリルに二人一緒に聞き返されて、頭を抱える。ニヤニヤ笑うカロッサの方は悪ノリしているだけのようだが。


「……まあ、名前の話は置いといて、だ。

 お前らはあいつの自由を奪ってんのか?」


ジッとそれぞれの顔をみるクザンに、それぞれが目を伏せたり、俯いたり、首を傾げたりした。

「……私が話すわね」

とカロッサが挙手する、久居はカロッサにつまみとおかわりを要求され、調理場に引き返した。


久居が盆を手に戻ったときには、話は済んでいたようで、

「もうこれ以上は話せないからね?」

というカロッサに

「お前らはいっつも隠し事ばっかだよなぁ」

とクザンがため息をついていた。


久居は小屋の様子をちらと伺う。

もし起きていたとしても、レイのいる小屋からはこの会話は聞こえないだろう。

聴力という点では天使は人間と同程度だった。


「まあ家族はその義兄だけみたいだし、しばらく我慢してもらおうと思うのよ」


「ふーん。まあ事情は分かった。お前ら、せめて捕まえてる分くらいは可愛がってやれよ?」


「はーい」

と素直に返事するリルは、少し眠そうな顔になっている。そろそろ寝る支度をさせようと久居が思う。

「ちゃーんと可愛がってるわよ?」

というカロッサは、おそらく可愛がるとからかうが同義だと思っているに違いない。

「はい」

と答えた久居に至っては、そもそも可愛がる必要があるのだろうか、と思っていた。


クザンが三人の反応を見ながら「本当に大丈夫かよ」と呟きつつ、首を捻る。

「しっかし、カロッサはすっかりこっちに居ついて、じーさんとこ顔出さねぇでいいのか? 寂しがってんだろ」


クザンの言葉に、場が凍った。

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