29話 特別(後編)

空竜がカロッサの自宅跡へ着くまでに、確認しておきたい事はまだいくつもある。

地下室には何があるのか、ヨロリは今どうなっているのか、この二つは地下室に行けば分かるのだろう。

久居が持っている四環はどうするのか、これはカロッサの対応待ちだが、レイに既に二度も問われているのに返事をしないところを見ると、まだカロッサも悩んでいるのかも知れない。

久居としては、レイと菰野に関する相談もしたかったが、それは順番としては最後だ。

「まず先に決めておきたいのは、あの鬼がまた来た場合、どう対応するか。です」

そう言うと、久居は全員の顔を見回した。

「そこなのよね……」

カロッサが大きく溜息をつく。

「とりあえず、あの城にいたカエンとその母親だけは、殺さないようにしないとマズいわ」

カロッサの言葉に、驚いた顔をしたのはレイだけだった。

「いきなり拐われたり、襲わたりしたのはこちらですよ!?」

「それは、……そうなんだけどね……相手が悪いわ……」

カロッサがもう一つ溜息をついた。


久居は、あの時判断を間違わずに良かったと、そっと胸を撫で下ろす。

相手はクザンとリルの出自を知っていた。

それは、ともすれば、クザンと血の繋がりがある可能性があった。

そこへ『直系』という言葉。

クザンやリルは、おそらく名のある血筋の生まれなのだろう。

リル自身は知らないのかも知れないけれど。

そこまで考えて、久居はリルを見る。

リルは久居の横でキョトンとしていた。

リルには元から、敵対する相手の命を奪うという選択肢がなかったのだろう。

その頭を帽子の上から軽く撫でると、リルは嬉しそうに久居に体を預けた。


「殺しさえしなければ、大丈夫ですか?」

久居が、静かに確認する。

久居は『何をしても』とまでは言わなかったが、レイとカロッサにはそんな風に聞こえた。

「え、あ、うん……。まあ、うん……」

カロッサが動揺を抑えながら返事をする。

思わず『お手柔らかにね』と言いたくなるのをグッと堪える。

相手はこらちより断然格上なのだ。それなのに、殺さず撃退するようになんて無茶を言っているのだから、ここは久居君達に任せる他ないだろう。


「相手も、リルを殺す気はなさそうでした。天界と敵対する気も無いようでしたし、そこをうまく利用できると良いのですが……」

思案する久居の言葉に、レイとカロッサがうーん。と難しそうな顔をする。

「結局、あの鬼の狙いは何なんだ?」

尋ねるレイと目が合った久居が、カロッサに視線を送る。

「ああ、カエンは四環を狙ってるのよ。今回の危機は巨大台風だって言ったけど、それを作るためには、この四環が四つ揃わないといけないの」

カロッサがさらりと答える。

そこに悩む様子は無かった。

「だから、それを回避する為に、なんとしても四環が揃わないようにしないとね」

カロッサが、華奢な腕でグッと握り拳を作る。

それを受けて、レイが提案する。

「あの鬼が、危機を起こす犯人だって事なら、天界から正式に……」

「それは違うわ。カエンはまた別の目的で動いてるみたい。その目的まではわからないけど……」

カロッサの言葉が小さくなる。

「けれど、彼が環を持っていると、その危機に繋がる。という事なのですね」

久居がそれに対して確認を取る。カロッサの頷きを得て、久居は気になっていた事を尋ねた。

「四環とは、誰でもが使って良い物なのですか?」

「いいえ……本来は四環の守護者が代々守り継いできて、その訓練された使い手のみが使う事を許されている代物なんだけど……」

と、そこでカロッサが久居とリルを見る。

尋ねるようなその視線に、久居が答える。

「……それぞれで、守護者以外の者が使うのを目にしました」

クリスだけは正規の守護者のようだったが、その歳や状況からして、逃げ延びてきた、まさに生き残りという様相だった。

「まあ、それでも制約はあって、四環は神が『人』に与えた神器っていう言い伝えの通り、人間にしか使えないのよ」

「そういう事だったのですね……」

久居が深く頷く。

確かに今まで、鬼達は一度も環を使ってこなかった。


「つまり、久居は四環の守護者じゃないんだな」

レイがここまで答えのもらえなかった質問に、自分で答えを出している。


カロッサが久居を見据えて言う。

「今、雪と陽は久居君が持ってるのよね?」

「やっぱりそうなのか!?」

「レイ君、この話も天界には内緒よ、天啓だからね!?」

ぐっとカロッサに顔を近づけられて、レイが真っ赤になるのを横目に、久居が正直に答えた。

「はい、身に付けています。いざとなれば使うつもりでした」

「うん、使っちゃっていいわよ。せっかくだもの、持ってる時にはね」

とカロッサが笑うので、久居は安堵する。

「ただ、力が強すぎて、制御がとても難しいらしいから……って言っても久居君なら大丈夫かな」

そう言って微笑むカロッサの信頼に、

「はい、十分気を付けます」

と、久居は胸に拳を当てて熱誠に答えた。


「その腕輪も、本来の持ち主に返せれば良かったんだけどね……」

遠く、空の彼方を見るようなカロッサに、

「どこにいるか分からないの?」とリルが聞く。

「返すべき人は、もう居ないわ」

カロッサが静かに答えた。

「どういうこと?」

リルの声に不安が混ざる。

「雪と陽を守護していた一族は、もう、一人残らず……」

カロッサははっきり言わなかったが、リルにも分かったらしく

「そう、なんだ……」

と俯いた。


しばらく俯いたままのリルを、泣いているのだろうか、と久居が心配そうに覗き込む。

リルは、やはり瞳を潤ませていたが、久居が思っていたような悲しみに暮れる顔ではなく、考え込むような、真剣な顔をしていた。

「ねえ、久居。ボク達が行かなかったら、クリスはどうなってたのかな」

「それは……」

久居が沈黙する。

彼女は、あの歳にしては風の腕輪の力をかなり正確に扱えていた。けれど、あのまま鬼と直接対決になっていたら、風では炎を抑えることはできなかっただろう。

水を操る雲の環を手にした今なら、もう少し抵抗はできるだろうが、それでも、勝てるかと言われれば難しい。


「クリスと牛乳、元気にしてるかな……」

リルは、クリスの旅立った方角へ遠く視線を投げる。


「聞いてもいいか?」

レイの声に、久居がクリスの事を説明する。

四環守護者の、最後の一人かも知れない十七歳の少女。

どこかから逃げてきてそのままだったのか、着の身着のままといった風で荷物もなく、動きにくそうな木靴で走り回っていた。

牛乳と名付けた白い猫を連れていて、現在風と雲の環を持っている。

名前は略称か、偽名である可能性もあった。


その時戦った相手は、それなりに統率のとれた人の群れと、少年程の背格好をした鬼だったが、あの鬼は、去り際に久居に言葉を残した。

「四環はしばらく預けておくが、また取りに行く、と言っていました」


はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。

と、カロッサが身体中の生気を絞り出すかのような盛大なため息をつく。

「そっちがねぇ……。まだ諦めてないわよね……」


「その小鬼は、倒しても大丈夫なやつなのか?」


レイの確認に、カロッサがギシッと完全に固まった。

そのまま、ぎこちない動きでたっぷり長考した後。

「……あ、あなた達の命を優先した結果なら、それは……仕方ないわ……」

と絞り出すようにして答えた。


リルはまだじっと遠くを眺めていたが、久居とレイは視線を交わし、小鬼は出来る限り殺さないようにしよう。とお互いに意思を確認した。

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