20話 食事(後編)

雲のない星空を、月明かりに照らされて駆ける空色の竜。

今回は長距離移動ではないからか、馬より一回りほど大きいサイズになった空竜に、二人が跨っている。

「こちら側はここまでのようですね。空竜さん、すみませんが今度はあちらの山まで、海沿いをぐるっと回っていただけますか?」

久居が手描きの地図に印をつけながら、行先を指差した。

「村、たくさんあるねぇ……」

「そうですね。もう少し絞れると助かるのですが」

呟くリルの声が少しトロンとしている。どうやら眠くなってきたようだ。

久居は持参した巾着から、替えの首巻を取り出す。

リルが眠くなってきたら、これで背負おうと持ってきたものだった。

「リル、これをーー」

言いかけて、久居は、わずかに熱気を感じた。

日が暮れて、少しずつぬるい風が冷やされてきた今。

その熱気は不自然だった。

「空竜さん! 海に向かってください!」

急に近付くのはまずい。敵が今まさに居るかも知れない。

空竜がグンと進路を変更すると、リルが遠心力に引かれて空に飛び出しそうになる。

久居は、それをぐいと抱き寄せて、熱気が伝わってきた方向に目を向ける。

そこにはちょうど、四十軒ほどの建物の集まりがあった。

「あそこですね……」

少し遅れて事態に気付いたリルが叫ぶ。

「はやく! 助けないと!」

しかし、ここまで届くほどの熱気。おそらく村は既に熱に包まれた後だろう。

もしかしたら、あの村も夜のうちにやられたのだろうか。

久居が考える間に、リルが声をあげる。

「くーちゃん! あの村に向かって!」

久居と逆方向を示すリルに、空竜が戸惑う。

「リル、熱は上に昇るものです。上空へ回れば空竜さんが危険です」

「……っ、でも……!! じゃあボクがくーちゃんを炎で包んーー」

「リル!」

厳しい声に、村だけを見つめていたリルが振り返り、久居を見上げる。

「落ち着いてください、近くに降りて、すぐに向かいますから」

真っ黒な瞳の奥に、ほんの少しの赤い色。

久居が、リルの肩を支えたまま、まっすぐリルを見ている。

「あ…………、ごめん……なさい……」

リルが、一瞬視線を落とすも、すぐにまた村を見る。

「私も、早く駆け付けたい気持ちは同じです」

そう言う久居が、空竜に着地点を提案する。

空竜は一鳴き応えると、海岸にほど近い高台に着陸した。


二人が駆け足で村に向かう。

程なく周囲は息もできないほどの温度になった。

久居は、水筒の水で首巻を濡らして巻いていたが、それももうすぐで乾いてしまいそうだ。


「……っ」

苦しさに、久居が一瞬息を詰まらせる。

久居の隣から、薄い炎に包まれたリルが、心配そうに手を差し出した。


久居はその手を見て、そこから辿るようにリルの顔を見た。

リルは薄茶色の瞳で、ただ心配そうに久居を見つめている。


久居の脳裏に先ほどの燃え尽きる枯れ葉が過ぎる。

この手を取ったが最後、離した瞬間に自分は死ぬかも知れない。

しかし、このまま向かっても、熱に焦がされ死ぬしかないだろう。

出直したとて、環を取り戻すためには、結局鬼と戦う事になる。


久居は迷いを振り払うと、覚悟とともにその手を取った。


自分の手ですっぽりと包み込める、まだ幼い手。

久居は、いつ寝てしまうかも分からない、この小さな少年に、命を託した。


手を繋いだ先から、見えないほどの炎の膜が薄く久居の体を包み込み、熱さが遠のいて呼吸が楽になる。

「ありがとう、久居……。ボクの事、信じてくれて……」

久居が安堵したのも束の間、リルは今にも泣き出しそうな顔だ。

ここでリルに心を乱されてはたまらない。

久居は、リルの気持ちを村に向けさせようと声を発した。

「リル、間も無く到着ですよ」

息が楽にできるのだから、おそらく声を出しても致命傷にはならないだろうと踏んでの発言だったが、予想通りの結果に久居は肩に入っていた力をそっと抜く。

「あっ、そうだね!」

リルが、前を向いて駆け出す。

その手を離さないよう、久居も続いた。


気温に左右されないこの状態で、体力を温存しておく事ができるなら。いざという時は、村を少々破壊してでも、地に穴を開けて潜るなり、爆風で熱気を飛ばすなり出来るだろう。

久居は、非常時の動きを頭の中で確認しながら、村へと足を踏み入れた。

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