第5話 相楽 瑠美

「え??」


高杉、田中、工藤、木本の4人は俺が碧海 海里あおみ かいりだとは全く気付いていなかったというのに・・・


「どしたの?ウミウミ?」


ペタンと地面に座っている相良 瑠美は前と変わらず俺を『ウミウミ』と呼び、ゆるふわな茶色い髪を指先で弄りながらコテッと首を傾げこちらの顔を覗き込んでくる。


「な、何言ってんだよ、瑠美。そいつがあの陰キャなわけないだろ?」


「そ、そうよ。ごめんなさい。この子ちょっと・・・アレなんです。」


「ムー、カナッち『アレ』ってどういう意味??」


「ちょっと瑠美は黙ってて!」


俺を『ウミウミ』と呼ぶ相良に木本が半笑いでツッコミを入れ、田中が俺に頭を下げた。よいしょと立ち上がった相良は面白くなさそうに頬を膨らませている。


「どうしてそう思った?」


「ホントどうしたの??あ!ワカッタ♪イメチェンしたんだ!話し方まで変えて徹底してんね♪うんうん!髪も切っていい感じだし、やっぱウミウミは眼鏡ない方がイケててカッコいいよ♥」


相良に『どうして?』という問い掛けは意味が無かった。俺が碧海 海里だと完全に分かっている彼女にどうしてもこうしても無いようだ。


自信たっぷりに腰に手を当て『にひっ♪』と笑う相楽 瑠美の笑顔を久しぶりに目にした俺は、コイツの笑顔が苦手で・・・それでいて勝てない事を思い出した。


「ったく・・さっきまでゾンビに襲われてたヤツがする表情かおかよ。」



**


俺からしたら転移する5年前の6月だったか??相楽 瑠美からすれば2か月ほど前か。


「キャッ!?」


「うあっ!?」


ベッタベタな展開だが、前を見ず走って来た相楽と廊下の曲がり角で俺はぶつかり派手に転んだことがあった。あの頃は瘦せ細ってたから相楽を庇う余裕なんてなかったな・・いや、むしろ相楽より吹っ飛んでいたような・・・ま、まぁいい。


「イッターーー・・。」


「ご、ごめんなさい。あれ?」


自分が悪いわけじゃ無いのに気が弱かった俺は、慌ててぶつかった相手に謝罪の言葉を口にした・・・が、ぶつかった拍子にメガネを落としたらしくぼやけて相手の顔が良く分からなかった。


「こっちこそゴメンね。ちゃんと前見てなかったわ。って、ウミウミ?」


「あ・・その声・・・相楽さん?」


「そだよ♪って声??」


「ご、ごめん。あれ??どこいった?」


「どしたの?」


「いや、眼鏡が・・・。」


「あ!そっか。えーっと・・・あったよ!」


「え?あ、ありがとう。」


「ええ!?ちょっと待って!」


視野がぼやけて手こずっていたが、相楽(さん)が代わりに見つけてくれた・・・のだか、何故か彼女が急に顔を近づてきて俺は驚き戸惑った。


「え???・・あ、あの、相良さん??」


「ウミウミってメガネかけなきゃ結構イケてんじゃん♪」


「は?い、いや、それより眼鏡を・・。」


「え~~。そのままでいなよ~♪絶対こっちの方がイイって♪♪」


「ダ、ダメだよ。眼鏡が無いと視界がぼんやりして・・ちゃんと見えないんだ。あの、だから返してくれませんか?」


「そっかー・・・ザンネン・・・ほい。」


「あ、ありがとう。」


手元に戻った眼鏡をかけて安堵した俺はあらためて拾ってくれた礼を相良(さん

)に伝えたのだが・・・彼女の表情は眉を下げてあからさまにガッカリしていた。


「あ~あ・・いつものウミウミに戻っちゃった。」


「いや、戻るって。」


「ううん!ウミウミはメガネ無いほうがカッコいいよ!絶対♪♪」


『揶揄うのもいい加減にしてくれ。』・・・確かそんな事を言い掛けていたはずだったが、そう言ってにへらと笑った彼女の笑顔に・・・俺は結局何も言えなかった。


**


確かに眼鏡を外した俺の顔を見た事があるのは相良だけだったな。それもまじまじと・・。


「まったく・・・お前には敵わないな。」


「むーー・・ウミウミ!『お前』って呼び方はヒドくない?」


「くく・・。」


「あーー!なんで笑うの!!」


「いや、悪い。思い出したんだよ。俺を『ウミウミ』って呼び始めたのは相楽だったなって。」


「ヒドッ!アタシが名付け親だってこと忘れてたの??」


「ハハハ!名付け親って。」


ああ、そうだったな。確か2年になって・・隣の席になった時だったか・・・


**


「オモシロ♪海って字が並んでるんだね!これから『ウミウミ』って呼ぶね!」


「え?やめてよ。」


「なんでよ!アタシは友達から『ルミルミ』って呼ばれてるんだよ♪可愛いくない?『ウミウミ』♥あ!なんか『ルミルミ』と似てるね♪」


「いや、それはただ母音が・・「え!?何いきなりボインって・・ウミウミってエッチな人?」


実り多き胸を両腕で覆うようにする相良だったが、むしろ寄せてる感じになって・・・って


「いやそうじゃなくて・・・母音ってのは・・はぁ・・もういいよ。」


「え?違った??ごめ~ん。」


「もういいから。」


「ごめんって♪ウミウミ~。えへへ。」


**


なんてやり取りだったな。くくく・・まったく馬鹿馬鹿しいやり取りだったな。


ん??そういや俺を虐めてた中に相良はいなかったな。


コイツは本当の意味で俺をイジるというか揶揄って来ることはあっても・・・あ~・・なんか5年の歳月で記憶が曖昧になってたようだ。普通5年で曖昧になるような事じゃないのかもしれないが・・・アルトシアでの5年は濃過ぎたからなぁ。


まぁ、でもゾンビの血が目に入った相良を見て『相良助けなきゃ。』って、咄嗟に思ったのはそういう事かもな。


うーーん・・・今思えば俺が虐められ始めたのってそっからだったか?


『瑠美に相手して貰ったからって調子乗んなよ!陰キャ!!!』


って・・・


「な・・なにやってんだよ。瑠美!そいつから早く離れろ!」


そうそう!!コイツだ。木本 武弘きもと たけひろ。コイツが急にって・・・・・ああ、コイツは相良の事が好きだったな。


確か66kg級??だったかな?中学の時に県選抜に選ばれたんだって相良にアピールしてたが・・・まったく・・顔もそこそこ悪くないんだから昔の事を自慢したり、因縁つけて俺を虐める前にもっとやる事があるだろう?


はぁ・・・俺への嫉妬とか・・・何だか急にどうでも良くなってきた。


「はぁ・・。」


「て、てめぇ!!!」


一瞥してため息を吐いた事が気に入らなかったのだろうが、木本おまえに睨まれたって怖くも何ともないぞ?アルトシアあっちのゴブリンの方がまだ迫力がある。


「久しぶりだな。木本、高杉。」


「なっ!?」


「は???な・・なんで名前・・・ほ、本当に・・??」


「ああ。相良が正解だ。俺は碧海 海里だ。」


____________________________________


※ちなみに今後も話や会話には出てこないので補足ですが、『主人公が通っている高校に水泳の授業が無い。』という設定なので彼が学校で眼鏡を外すことはほとんどありませんでした。


お読みいただきありがとうございますm(*_ _)m


2021.12.14 一部『相楽』が『相良』になっていたので訂正しました。

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