ミント

春嵐

第1話 直後の夜

 誰かを傷つけたり、泣かせたことはなかった。だからといって、喧嘩しなかったわけでもないし、絡まれればそこそこ暴れる。

 気持ちのぶつけどころがなかった。彼女にだけ、それを要求していたような気もする。なのに、彼女の気持ちそのものに、応えるすべを持たなかった。無防備で、ただ拒否するしかない、あわれでようちな自分。

 夜。

 夜だということしか、わからなかった。街にいる。散歩している。その程度しか、頭がはたらかない。

 誰でもいい。

 誰か。

 気持ちをぶつけられるような。


「おっ、いたいた」


 向こうから声。

 この前絡んできたやつら。スーツ。


「今日も夜中に散歩ですか?」


 5、6人。この前叩きのめしたやつもいる。

 憂さ晴らしにちょうどよかった。


「なあ、話だけでも聞いてくれよ、なあ」


 とびかかる。

 いちばん近いやつに突っ込んで、脇腹を蹴る。顔をつかんで、地面に叩きつける。暴れるといっても、なんと原始的なことか。本当に、暴れているだけ。気の向くまま身体の動くままに、腕を突き出して殴り、脚を伸ばして蹴り飛ばす。

 立っているのが、自分ひとりだけになった。

 ネオンの灯りと、星空が見える。

 見上げていても、それだけ。

 自分ひとりだけ、立っている。自分の気持ちをどうすることもできずに。

 自分には、何もないのだと、思った。

 しにたい。

 理由があるわけでもない。

 ただただ、消えてなくなってしまいたい。

 自分がいたという理由を。意味を。すべてを、きれいさっぱり拭いさってしまいたい。そうすれば、こうやって、ひとりで夜を見上げなくて済む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る