第134話 世界樹ユグドラシル


 痕跡を辿り、到着した場所は弦が巻き付いた古い遺跡だった。


「ここは何の遺跡なんだ?」

「さあ、あたしも初めて見るわ」


 ポンデローザも知らないということは原作にも登場しない施設であることは間違いない。

 ヒカリエからそう遠く離れていない場所にある森の中にある遺跡。

 コメリナの探知の正確性から場所はここで間違いないのだが、突然現れた知らない場所に二人は困惑するしかなかった。


「……ここだ、間違いない」


 しかし、そんな中どこかボーッとした様子でマーガレットは遺跡へと向かっていく。

 スタンフォード達は慌ててマーガレットの後を追い掛ける。

 マーガレットは入り口の前で足を止めると、おもむろに壁の一部に手を当てた。


 すると、壁に刻まれた桜の花びらのような紋章が輝き出し、光が収まると壁が消失する。

 まるで導かれるように歩みを進めるマーガレットはそこから中へ入り込み、スタンフォードもそれに続いて内部に入る。


「ここは……」


 遺跡内部は外の劣化状態が嘘のように整備された空間だった。

 まるでどこぞの研究施設のように透明な液体が詰まったガラスの入れ物が立ち並び、地面は自分達の姿が反射するほどの光沢を持っている。


「とても現代の魔法技術で再現できるような代物ではないわね」

「優秀な魔導士の工房、それも歴史上でも類を見ないレベル」


 マーガレット以外の者達は遺跡に詰まった技術に圧倒されているが、そんなことはお構いなしにマーガレットはどんどん奥へと進んでいく。


「ラクーナ先輩! 待ってください、せめて説明を!」


 スタンフォードは呼びかけるが、マーガレットは反応せずそのまま歩き続けた。


「…………ここだ」

「どうしたのよ、急に立ち止まって」


 ポンデローザの呼びかけにも答えず、マーガレットは床に刻まれた魔法陣へと手を伸ばす。


「原初の炎。万物を焼き尽くし、破壊をもたらさん」

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ、あんた何を言って……」


 ポンデローザが制止しようとするが、それよりも早くマーガレットの身体が光に包まれていく。


「古代魔法史、原初魔法論の一説」


 魔法史に詳しいコメリナが、その辺に疎いポンデローザに説明する。


「全文は消失、あるのは四大属性の箇所まで」


 四元素、火・水・風・土からなるこの世界における基本要素である。

 魔法の属性はこれに加えて光属性、雷属性、そして歴史の影に葬られたとされる闇魔法。

 それぞれが魔力に固有の性質を持っていると古代魔法史では言い伝えられているのだ。


「でも、どうしてラクーナ先輩がそれを唱え始めているんだ?」


 マーガレットから溢れる光は床の魔法陣を伝っていく。

 すると、魔法陣の内側が今度は赤く輝き出した。


「原初の水。万物を潤し、再生をもたらさん」


 水属性の一説を唱えると、今度は魔法陣が青く輝き出す。


「原初の風。万物に自由を与え、変化をもたらさん」


 風属性の一節を唱えた瞬間、今度は魔法陣全体が緑色に輝き出す。


「原初の地。万物の根源にして、全てを結びつけるもの」


 四元素の最後に唱えられた大地属性の一言によって、全ての光が一つに集まり始める。

 教科書に載っているのはここまで。


 しかし、マーガレットは止まることなく歴史に消えたその先を紡ぎ始めた。


「四元素全てが結びつき、神の怒号が轟かん。聖なる光の代わりとなる稲妻、降り注がん」


 誰も知らないはずの一説を唱えると、魔法陣からバチバチと電光が溢れ出す。


「全ては聖なる光より生まれ、新たなる生命を創造せん」


 眩しい閃光と共に、魔法陣が一際強い光を放つ。

 あまりの眩しさに全員が目を瞑った次の瞬間、遺跡の内部が幻想的な光に包まれていた。


「まさか、こんなことが……」


 呆然と呟いたスタンフォードの言葉は全員の総意であっただろう。

 やがて、ゆっくりと目を開いたスタンフォード達の前には信じられない光景が広がっていた。

 遺跡内部には見たこともない植物や鉱物が生えており、所々には魔法陣の刻まれた水晶や結晶体が見受けられる。


 そして、何よりもスタンフォード達を驚かせたのは遺跡の中心部に聳え立つ巨大な樹の根だった。


「世界樹、ユグドラシル……」


 幾重にも広がる根の一部だけでもこの大きさなのだ。


「でも、どうしてこんな場所に世界樹があるの?」

「たぶん厳重な封印あった。世界樹の結界、封じ込めるためのもの」


 コメリナの分析通り、この場所はただの遺跡ではなく世界樹の力を封じるためだけに作られた場所なのだ。


 しかし、そうなると疑問が残る。


 何故、マーガレットは封印を解くことができたのかという点だ。


「まだぼんやりしてるけど、昔のこと思い出したよ」


 マーガレットは表情を強張らせながら告げる。

 正気に戻ったマーガレットの瞳には強い光が宿っていた。

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