第126話 兄達の作戦会議
生徒会室では、二人の生徒が黙々と作業を続けていた。
魔物が竜化した異形種の活性化、蔓延るミドガルズの手の者。
王立魔法学園だけではなく、国が内部から段々と蝕まれている。
「まったく、国の調査部隊にもしっかり働いてほしいものだ」
本来、国が総出で動いて調査しなければならないのだが、それでもミドガルズの手の者に手を焼いている状態だ。
レベリオン王国は魔法という他国にない独自の戦力を保有する王国ということもあり、国民だけではなく国の上層部すら平和ボケしている者が多い。
ここ最近の騒動には国も対応が遅れ、国でもトップクラスの魔導士が集結している学園の手を借りなければいけない状況になっていたのだ。
「珍しいですね。会長が愚痴を零すなんて」
「今、生徒会室には俺とセルドだけだ。愚痴の一つも零したくなるというものだ」
「以前のあなたならたとえ僕一人しかいなくても愚痴は零さなかったでしょうね」
ハルバードのことをよく知るセルドは態度が軟化したハルバードに苦笑する。
王族として絶対的な存在であろうと努力をして気を張っていた彼が、自分に気を許してくれたことが嬉しかったのだ。
「それにしても、ミドガルズと竜に国が手を焼いているこの状況ポンデローザの言う通りになりましたね」
「……俺達は国の危機を訴えていたポンデローザを蔑ろにしていたのだな」
「未来を知っているなど、到底信じられる話ではありません。仕方のないことでした」
ポンデローザは幼い頃、原作の攻略対象である者達に未来に起こることと、それぞれが抱える悩みを知っていた。
当然、幼い頃のハルバード達はポンデローザの言葉を信じなかった。
「しかし、事実ポンデローザの知識は有用だった。それを切り捨てた結果がこれだ」
ハルバードは自嘲気味に呟く。
「スタンフォードやあいつの周囲の者達が出してきた休学届。学園側は許可しているが、俺が却下しておいた」
「何故ですか? ポンデローザが関わっているのならば、重要なことなのでは……」
「だからだ。敵はおそらく学園内部にも複数名潜り込んでいる。動きが筒抜けになるのはまずい」
リオネスという王家に対して人一倍忠誠心が高かった使用人が敵の手の者だったのだ。
遥か昔から虎視眈々と時を窺っていたミドガルズの手の者が他にいないと考える方が不自然である。
「王家では昔から才ある者ほど腐っていき、俺や父上のような魔導士としての才にあまり恵まれなかった者が周囲から時期国王として期待されていく。何故だかわかるか?」
「まさか……!」
「ああ、リオネス以外にも国の上層部にミドガルズの者がいると見て間違いないだろう。だからこそ、スタンフォードやポンデローザは容易に動かせない」
「なら、どうするつもりですか?」
想像以上にまずい状況に、セルドはハルバードがどうするつもりなのかを尋ねる。
すると、ハルバードは口角を上げて言った。
「ルーファスならば、理由もなく自由に動かせるだろう?」
「確かに、あいつは大した理由もなく授業や生徒会業務をサボっていても違和感はありませんね」
常にルーファスの軽薄な態度に苦言を呈していたセルドも、この時ばかりはハルバードに同意した。
「ルーファスが主であるにスタンフォードに女遊びを教えようとして学園から連れ出す。これならば、いつもの愚行と思われるだろう」
そう言ってハルバードは立ち上がり、窓の外を見つめた。
視線の先には放課後を楽しむ生徒達で賑わっている学園街があった。
「しばらく経っても帰ってこない二人を心配して、何名かを向かわせればスタンフォード達の望む調査もできるだろう」
「重要なのはこちらにとっても予定外のことが起きたという風に思わせること、というわけですね」
セルドはハルバードの意図を理解し、納得したように頷くと、ハルバードと同じように窓から外の景色を見る。
そこには楽しげな様子の生徒達が行き交っており、その中には妹であるアロエラの姿もあった。
ずっと魔法を制御できない妹を心配していたセルドが晴れやかな表情を浮かべていることに気がついたハルバードはセルドへと問いかける。
「アロエラ嬢は優秀な魔導士だな。滅竜魔闘でも見事な戦いだった」
「ええ、自慢の妹です」
そんなセルドの様子を見て、ハルバードは思わず笑みが溢れてしまった。
「どうかしましたか?」
「いや、何、兄弟への接し方というのは難しいと思ってな」
ハルバードは王族としての立場を優先し、スタンフォードには碌に兄らしいこともできず、堕落したスタンフォードに対して勝手に失望していた。
「違いありませんね」
セルドはハルバードの零した本音に苦笑しながら同意する。
セルドもまた腹違いの妹でありながら、自身より遥かに優秀な魔導士の才能を持って生まれたアロエラに対して兄らしいことがあまりできずに歯がゆい思いをしていた。
サングリエ家の分家であるボーア家の養子となって離れ離れになり、学園で再会した後など、もはや他人としてしか接することができなかったのだ。
「スタンフォード殿下の元で成長できるのならば、アロエラにとっても幸せなことでしょう」
セルドは今頃、スタンフォードから魔法について学び、頭から煙を出しているであろう妹のことを思い浮かべながら楽し気に呟いたのだった。
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