第103話 普通の文化祭を楽しむ機会

 滅竜祭二日目。

 一日目の盛り上がりはまるで衰えを見せることなく、学生達も来賓達も大いに盛り上がっていた。


 そんな中、スタンフォードは自分達のクラスの出し物に参加していた。

 スタンフォードは生徒会の仕事があるため、準備にもほとんど参加できなかったこともあり、少しでもクラスメイトと打ち解けるために空いた時間でクラスの出し物を手伝うことにしたのだ。


「えっと……何か手伝うことはないかい?」

「あっ、いえ、特にはないので……」

「いや、ほら、荷物運びとか」

「そんな雑用を殿下にさせるわけにはいかないので……」


 その結果がこの地獄である。

 スタンフォードは準備に参加していないため、出し物の詳細を知らない。

 クラスメイト達は下手に機嫌を損ねたくないため、雑用の類は任せようとしない。


 そもそも、このクラスでは教室の中で自分達の好きなことをするという形式を取っている。

 縁日の屋台も既に関係性が決まっており、わざわざスタンフォードという地雷を輪に入れようとする者はいなかったのだ。


「殿下、どうしたの?」


 手持無沙汰なままおろおろとしていると、休憩を終えて戻ってきたコメリナが声をかけてくる。そんな彼女が今のスタンフォードにとっては救いの女神に見えた。


「いや、クラス手伝いをしようと思っても手伝えることがなくてね」

「だったら、血液占い手伝って」

「でも、占いってコメリナ一人で出来るんじゃないのかい?」


 仕事があることは嬉しいことだが、コメリナの行っている血液占いには特に手伝えるようなことは見当たらない。


「殿下、サクラやってほしい」

「サクラって……」


 コメリナはスタンフォードに客の振りをして、血液占いを盛り上げてもらおうと画策していた。


「ていうか、この世界にも〝サクラ〟って表現あるんだな……」

「ん?」

「いや、何でもないよ」


 首を傾げるコメリナにスタンフォードは誤魔化すように笑う。

 サクラとは、その場限りの盛り上がりを桜が咲いて散ることにかけたものといわれている。

 しかし、スタンフォードはこの世界に生まれてこの方、桜を一度も見たことがなかった。

 とはいえ、ルドエ領の例もあるため、何かしらの形で補完されているのだろうと、スタンフォードは一人で納得する。


「それじゃ、僕は服とか着替えた方がいいのかな?」

「ふふん、実は用意してある」


 コメリナは得意気に用意していた衣装を取り出した。


「眼鏡にかつら、それに執事服?」


 コメリナが取り出したのは執事の衣装だった。

 日本で見かけたようなコスプレ衣装とは違い、これはコメリナが実家に頼んで持ってきてもらったものだった。


「二年生、出し物執事喫茶。これ着れば二年生のフリできる」

「用意周到なことで……」


 休憩中の上級生のフリをすればサクラとは思われない。

 そんな用意をしていた次点でコメリナは初めからスタンフォードに手伝いを頼む気があったことは明白だった。


「それじゃ、ちょっと着替えてくる」


 スタンフォードもようやく文化祭らしいことができると内心ワクワクしながらも、執事服に着替えるのであった。

 更衣室から教室に戻る途中、スタンフォードはふと思いにふける。


「文化祭なんて何年振りかな……」


 前世での学生時代は文化祭自体自由参加だったため、スタンフォードは朝一に来て出席だけを取ってすぐに帰宅していた。

 大学生のときは、出席を取る必要すらもなかったためそもそも家でオンラインゲームに興じていた。

 もったいないことをしたと後悔することになったのは社会人になってからだった。


 斜に構えてても碌なことはない。失った時間は戻ってこない。


 ただ両親の言うままに良い大学に入るために勉強し、卒業後も両親の望む大企業に入社した。

 職場環境もホワイトだったというのに、スタンフォードの行きついた先は長年のニート生活だった。

 順風満帆な人生だと信じて疑わなかった彼は、親の言うままに生きてきた弊害で自分のやりたいことも意思も何もなかった。


 だが、今は違う。


 スタンフォードは自分を省みて成長し、今はしっかりと自分の意思で望んだ道を歩もうとしている。

 滅竜魔闘だけではなく、スタンフォードにとってこの文化祭を友人達と共に成功させることもまた重要なことだった。

 せっかく与えられた二度目の青春の機会を無駄にするという選択肢はスタンフォードに存在していなかった。


「お待たせ」

「うん、よく似合ってる」


 執事姿で戻ってきたスタンフォードを見たコメリナは満足気に頷く。

 それから血液占いの準備を整えたスタンフォードは客を装って大きな声で告げる。


「おや、ここが噂の血液占いか」

「いらっしゃいませ」

「何でも昨日はフォルニア王女も占ってもらったそうじゃないか。しかも、魔法の適性がないと思われていた彼女が魔法を使えるようになったと聞いたよ! どれ、僕も占ってくれないかい?」


 大仰な身振り手振りだが、教室にいた外部の客達は一斉にスタンフォードに注目し、興味深そうな表情を浮かべている。

 スタンフォードの所作は大袈裟に見えて、王族育ちのためか意外と自然体だった。

 何だかんだでスタンフォードはサクラとしての役割を十分に果たしていた。

 スタンフォードの場合、本当に占うとすぐに正体がバレてしまうため、適当な結果をコメリナが告げてスタンフォードが大仰な反応をするというやり取りで血液占いを盛り上げていた。


 すっかりギャラリーが集まったタイミングでスタンフォードは席を離れて着替えに戻り、またしばらくしたらサクラをしに戻ってくる。その予定だった。


「ほほう、何やら面白そうな出し物だな。どれ、私も占ってくれないか」


 何故か国王であるオクスフォード、つまりスタンフォードの父親がコメリナの前に立っていた。

 その瞬間、スタンフォードは悟る。


 やっぱり普通の文化祭を楽しむ余裕はなさそうだ、と。

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