第86話 心折れし悪役令嬢

 ポンデローザは一人学園内を巡回していた。

 凜とした佇まいで学園内を歩く彼女の姿に誰も振り返る。


「ポンデローザ様よ!」

「今日もお美しいわ……」

「ふむ、あれがヴォルペ公爵家令嬢か」

「さすが貴族令嬢の鑑だな。歩く姿にも気品が漂っている」


 周囲の人間の賞賛の声。

 それがポンデローザに届くことはない。

 人前だから気を張っているだけで、彼女の心中は今までにないほどに曇っていた。


『滅竜魔闘で優勝したら僕の勝ちだ』


「無理よ……」


 スタンフォードが真っ直ぐな瞳で語った運命を覆す覚悟。

 それをポンデローザは信じられずにいた。

 原作において、スタンフォードはどうあがいても優勝することはできない。

 何故なら、原作のどのルートにおいても彼が優勝するルートは存在しないからだ。

 存在しない道の上を進むことはできない。

 この世界で何度運命を変えようとしても阻まれた末に、ポンデローザはそう結論づけた。


 ポンデローザは全てを諦めていた。

 自分を含めた全ての生死ももはやどうだっていい。

 ただ何も考えたくなかった。

 どうせブレイブやマーガレットが覚醒すれば全部丸く収まるだけだ。


 自分は所詮脇役だ。

 何をやったところで既に定められた運命は変わることはない。

 このあと行われる女子の部だって、原作通りセタリアが優勝して終わる、

 わかりきった結果に興味など微塵も沸かない。


「はぁ……バカみたい」


 ため息をつくと、ポンデローザは学園祭ではしゃぐ生徒達をつまらなそうに眺めた。

 去年の滅竜祭は楽しかった。

 あの頃はまだ何とかなると信じて自分もはしゃいでいた。

 出店の食べ物を片っ端から買い込んで生徒会室で隠れて頬張っていたことは記憶に新しい。


 何も知らなければ、きっと今も去年と同じように楽しめていたのだろうか。


 ついそんなことを考えてしまう。

 前世で大好きだったゲーム。

 何度も各攻略のルートを周回した。

 失敗しても、何度だってやり直すことができた。


 だが、現実にはリトライは存在しない。

 この世界に転生してきてポンデローザはそれを嫌というほどに思い知った。

 思い出のたくさん詰まった大好きなゲームだった。

 友人とはリアルイベントに赴き、声優のラジオだって聞いていた。


「……こんなことになるならプレイしてなけりゃ良かった」


 そんな大好きなゲームをポンデローザは嫌いになってしまった。

 もう苦しい思いはしたくない。早く楽になりたい。

 心は完全に折れた。

 だというのに、スタンフォードはそんな自分を見て奮起している。

 その姿にポンデローザの胸は締め付けられる。


 お願いだからこれ以上頑張らないで。

 あたしのためにこれ以上傷つかないで。


 自分はただ生きたいがためにスタンフォードを利用していただけなのだ。

 スタンフォードを王家の面汚しと嘲笑う人間はまだ大勢いた。

 それでも必死に足掻いて信頼を勝ち取り、彼の周りには少しずつ味方も増えてはいる。

 マーガレット、ルーファス、ブレイブ、セタリア、ステイシー、ジャッチ、コメリナ。

 原作では彼に見向きもしなかった者達が彼の味方になっていく。その姿には希望だってあったはずだった。


 それでも結果だけは覆らない。

 過程が変わったところで、肝心な結果だけは変わらない。

 その絶望はわずかな希望を塗り潰していった。


「あっ、ポンちゃーーデローザ様!」

「メグ……」


 どんよりした心中を表に出さずに学園内を巡回していると、廊下で巡回中のマーガレットと鉢合わせる。


「良かったら一緒に巡回しませんか?」


 人前だからと、一応気を遣ってマーガレットは丁寧な口調でポンデローザに話しかける。


「あなたはもうすぐ医療班の仕事があるでしょう? 早く滅竜魔闘の会場に向かいなさいな」

「そうなんですけど……何か放っておけなくて」


 マーガレットは心配そうにポンデローザの顔を覗き込む。

 それに対してポンデローザはポーカーフェイスを崩すことなく続ける。


「わたくしは大丈夫ですわ。それよりも、滅竜魔闘では多くの怪我人が出ます。特に今年はアロエラさんのような規格外の破壊魔法を使う魔導士も出場しましてよ。治癒魔法をかけるのにも苦労することは確実。人よりもご自身の心配をしなさいな」

「わかりました……」


 取り付く島もない様子のポンデローザに、マーガレットは痛ましげな表情を浮かべると引き下がる。


「でも、これだけは言わせてーーどうかスタンフォード君のことを信じてあげて」

「え?」

「それでは、私は医療班に合流しますね!」


 告げられた言葉にポンデローザが呆けている間に、マーガレットは足早にその場から去っていく。


「……無理よ、あたしは悪役令嬢。何をしたって変わりやしないんだから」


 親友からの言葉は届くことなく霧散する。

 今の彼女を救えるとしたら、確かな結果。それだけだった。

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