第76話 滅竜祭に向けて

 ポンデローザが騒いでいる者達を注意したことで、生徒会室には再び静寂が訪れる。

 一同が静かになったことを確認すると、ハルバードは口を開く。


「さて、異形種のことについては以上だが、これから君達にはもう一働きしてもらう必要がある」


 異形種調査という王国の行く末にも関わる調査を終えたこともあり、その場にいた全員に緊張が走る。


「滅竜祭の開催が迫っている。各クラスから実行員を募って運営を行うといっても、生徒会役員の君達にも積極的に動いてもらう必要がある」

「何だ、学園祭かぁ」


 再びミドガルズ絡みの案件だと身構えていたブレイブは、ハルバードの言葉に安堵したように胸を撫で下ろした。


「学園祭といっても、滅竜祭は我が校にとっては重要なイベントだ。何せ滅竜祭には多くの国の重鎮達が参加する。そして、来年の新入生もだ。些細なトラブルでも起こっては大問題だ」


 気が緩んだブレイブに対して、ハルバードは釘を刺すように告げる。


「それに今年の滅竜魔闘は荒れるだろうからな」

「滅竜魔闘?」

「ああ、学園で魔法を学んだ者達がしのぎを削り、己の優秀さを示す場だ」


 滅竜魔闘とは、滅竜祭で行われる一大イベントだ。

 参加者の魔導士は一対一の戦いを勝ち上がり、己の魔道士としての実力を示す。

 元々貴族には、闘技場で剣闘士の戦いを眺めるという娯楽があり、これはその風習を擬えて出来たイベントだった。


「今年の一年生は君達を含め、魔導士として優秀な者が多い。外部から治癒魔導士を毎年募っているが、今年は去年とは比べものにならないほどに重傷者が出る危険性がある」


 この滅竜魔闘では毎年怪我人が続出している。

 それでも中止にならないのは、王立魔法学園の滅竜魔闘を楽しみにしている有力貴族がいることと、治癒魔導士を完備しているからだ。

 それだけこのイベントは多くの人間にとって人気のイベントとなっていた。


「マーガレット、コメリナ、君達には治癒魔導士としての活躍を期待している」

「わかりました。怪我はしないのが一番ですけど、頑張りますね!」

「戦えない、残念……」


 マーガレットは待っていましたとばかりに張り切り、コメリナは治癒班に配属されるために出場できないことを残念がっていた。


「で、今年の優勝は誰だと思う?」

「出場者が決まっていないのに、優勝予想も何もないだろうに……」


 魔導士がしのぎを削る戦いという血気盛んなイベントに、ルーファスは声を弾ませる。

 それに対して、セルドはメガネを直すと呆れたようにため息をついた。


「ルーファス様が出るなら優勝は確定ですけど……」

「そんなつまんねーことしねぇよ。たぶんな」


 いつも通りの退屈そうな言葉。

 スタンフォードはその裏に、どこかいつもと違う強い決意のようなものを感じた。

 生徒会に所属する上級生は誰もが魔導士としては優秀だ。

 ふと、生徒会からの出場者が気になったスタンフォードは他の者にも声をかける。


「兄上やセルド様はどうされるんですか?」

「俺は来賓の方への対応がある。父上も来られるからな」

「僕もハルバード殿下と共に来賓の方への対応があるから不参加だ」


 ハルバードもセルドも生徒会役員としての仕事があるため、滅竜魔闘には不参加の予定だった。

 国王を含め国の重鎮達も、滅竜魔闘を見に来る以上、自分達ばかり参加側に回れないのだ。


 そこで、ハルバードは一年生達を見回して尋ねる。


「君達はどうする? 生徒会役員だからといって参加できないわけではないぞ」

「俺は参加します!」

「アタシも!」

「私も参加させていただこうと思っています」

「わ、私も参加します!」


 ブレイブ、アロエラ、セタリア、ステイシーは意気揚々と参加を表明する。

 男女で部門は分かれているが、彼らはこの中から優勝者が出てもおかしくないほどの実力者だ。


「スタンフォード、お前はどうする?」


 一人だけ考え込むように俯いたスタンフォードに対して、ハルバードは問いかける。


「僕も出ようと思います」


 顔を上げて真っ直ぐにハルバードを見据えてスタンフォードは答える。


「そうか」


 それを見たハルバードはどこか満足げな表情を浮かべると、短くそう告げた。


「あれ、ポンデローザ様は出ないのですか?」


 そこで先程からハルバードの後ろに控えて何も言わないポンデローザに、ステイシーは思い出したように尋ねた。


「わたくしは別件で忙しいので不参加ですわ」

「別件?」

「今回に関しては私用ですわ」


 ポンデローザの言葉に、スタンフォードは滅竜祭でも何かあると感じてポンデローザの方へと視線を向ける。

 スタンフォードと目が合ったポンデローザは、いつものようにアイコンタクトで返事をするでもなく、どこか悲しげに目を伏せた。

 そのまま生徒会室での会議が終わるまで、ポンデローザは表情に影が差したままだった。


 そんなポンデローザの様子が気がかりだったスタンフォードは、会議が終わって生徒会室を足早に去るポンデローザを追いかけるのであった。

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