第69話 原作の修正力
一年生組の三人が大きな成長を見せた鍛錬の翌日。
スタンフォードは熱を出して寝込んでしまった。
考えられる原因として挙げられるのは昨日のルーファスによる一撃による傷だ。
マーガレットがすぐに治療したとはいえ、放っておけば致命傷になる一撃だったのだ。熱が出てもおかしくはなかった。
「何か申し開きはありますか?」
「俺様もスタ坊もやるべきことを全うした結果だ。一年生達の成長の方が成果としちゃ大きいだろ」
メイドのリオネスからスタンフォードが熱を出したという知らせを聞いたことで、生徒会一行は午前の調査を中止して今後についての話し合いをしていた。
「まあまあ、ポンデローザ先輩。俺もスタンフォードもルーファス様が本気を出してくれたことには感謝していますから」
「いや、何であなたはピンピンしていますの?」
憤懣やるかたない様子でルーファスに詰め寄るポンデローザをブレイブが宥める。
昨日死にかけたとは思えないほどにブレイブは元気だった。
「ブレイブ君は私と同じで体内に光魔法を宿してるから、他の人より体が頑丈なんだと思うよ」
「そういえば、風邪とか引いたことないな……」
「私も引いたことないんだよねぇ」
マーガレットもブレイブも風邪や病気にかかったことはなく、怪我をしても自分ですぐに治せてしまう。
ポンデローザは改めてこの二人が主人公だったということを痛感した。
「スタンフォード君も体は頑丈な方だと聞いてますし、きっと元気になりますよ。あとでお見舞いに行ってあげましょう!」
ステイシーは場の空気が重くならないように努めて明るく振る舞って、スタンフォードの見舞いに行くことを提案する。
「それはご遠慮願います」
しかし、それに待ったをかける者がいた。
「あっ、ごめんなさいリオネスさん。今は大勢で押しかけたら迷惑ですよね。容態が安定してからに――」
「そうではありません」
ステイシーの言葉を遮ると、リオネスは淡々と告げる。
「皆様はこの国の未来を担う存在でございます。スタンフォード様の熱の原因が怪我か病気かわからない今、皆様をスタンフォード様のお部屋へお通しするわけにはいきません」
「お堅いねぇ。そんな大事でもないだろ」
「この国の未来を守るために最善の処置をしているまでです。スタンフォード様のお世話は私一人でさせていただきます」
ルーファス相手にも臆することなく、リオネスははっきりと告げた。
リオネスは先代から王家に仕えている。
そのため、王家に対する忠誠心は人一倍厚い。
取り付く島もなく、リオネスはスタンフォードの寝室へと戻っていった。
そこでルーファスは先程まで自分に食ってかかっていたポンデローザがやけに神妙な表情で考え込んでいることに気がついた。
「ポンデローザ、何か気になることでもあったか?」
「……いえ、何でもありませんわ」
ルーファスに声をかけられたポンデローザは気持ちを切り替えるように笑顔を浮かべる。
「本日は一旦休養日としましょう。みなさん、スタンフォード殿下のことが気がかりで調査や鍛錬に身も入らないでしょうし、ゆっくりと心と体を休めてくださいな」
そう告げてポンデローザも自室へと戻っていった。
自室に戻ると、ポンデローザは険しい表情を浮かべて自身のメイドであるビアンカに声をかけた。
「ビアンカ、お茶を用意してくれる。紅茶じゃなくてハーブティーの方ね」
「かしこまりました。あまりご無理はなさらないでくださいね」
ポンデローザが紅茶ではなくハーブティーを欲しがるときはきまって精神が不安定なときだ。
それを理解していたビアンカは心配そうな表情を浮かべてハーブティーを用意した。
「ありがと」
「いえいえ。何かありましたらまたお呼びください」
ビアンカはハーブティーをポンデローザの前に出すと、すぐに部屋から退出した。
ポンデローザにとってビアンカはこの世界における数少ない信頼できる人間だ。
何せ彼女は原作に登場することはない。
原作の本筋にも一切関わってくることもなければ、自分の素を知っている。
その上、原作に振り回されて傍から見れば奇行を繰り返しているようにしか見えないポンデローザを根気よく支えてくれたのだ。
こうして考え事に集中したいときは自然と一人にしてくれる。
改めて自分のメイドの気遣いに感謝しながらも、ポンデローザは原作についてまとめたノートを開いた。
「スタンの発熱は休暇中のランダムイベントと見て間違いないわね……」
BESTIA HEARTの方の恋愛イベントにはランダム発生イベントというものが存在する。
これはストーリー本編に関わらないイベントであり、単に選択肢によって好感度が稼げるイベントだった。
スタンフォードの隠しルートに入ると、スタンフォードのランダムイベントも発生するようになり、熱を出したスタンフォードを看病するイベントが休暇中のみ発生するようになる。
今回のスタンフォードの発熱も原作による修正力の結果だとポンデローザは思っていた。
「でも、どうしてルドエ領で看病イベントが?」
しかし、今回のイベント発生には不自然な点があった。
それはイベント発生場所である。
原作において看病イベントは休暇中のみ発生する。場所は寮内だ。
それがこうして遠征中に発生した。
「学園に通っている最中には一切風邪を引かないスタンフォードが熱を出した。ルーファスの攻撃による怪我が原因かと思ったけど、マーガレットの治癒魔法で傷はすぐに塞いだのに、どうして?」
世界の修正力によってスタンフォードが熱を出したのだとしても、どうしても拭えない違和感がある。
そもそも学園内で過ごしていたときは一切熱を出さなかったスタンフォードが、原作で何故熱を出したのか。
ランダムイベントだから深い理由はないと割り切ってしまえば簡単だ。
だが、ルドエ領の存在など、この世界では原作において設定やストーリーの流れを補完するような存在がある。
ランダムイベント一つとっても、無意味なことなど存在しないはずだった。
「そもそも、もしルドエ領に来ていなかったら、スタンはどうやって熱を出していたの?」
マーガレットやブレイブはほどでないにしろ、そもそも魔道士は魔力を持たない人間に比べて肉体が頑丈に出来ている。
熱を出して倒れたとなれば、魔法の副作用を心配されるか、周囲から貧弱だと笑われるかのどちらかである。
事実、スタンフォードはライザルク戦で死の淵を彷徨う大怪我を負ったときも、特に後遺症などもなく復活した。
「何かが、おかしい……」
思考が堂々巡りになりかけたそのとき、ポンデローザは違和感の正体に気がついた。
「待って、風邪や病気に治癒魔法は効かないのにどうして原作だと治癒魔法で熱が収まったの?」
治癒魔法で治せるのは怪我などの外傷だけだ。
それを原作の看病イベントでは治癒魔法で治していた。
「まさか……」
パズルのピースが塡まっていく。
ある可能性に行き着いたポンデローザはため息をついて、天井を仰いだ。
「やっぱり、どうあがいたところで原作通りの流れに押し戻そうとする存在はいるみたいね……スタンルートを目指して正解だったわ」
力なく笑うと、ポンデローザは白紙のページに〝スタンルートほぼ確定〟と記載してノートを閉じた。
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